日本明慧
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自分を大切に

---精進していない同修と共に励む


文/慧慧

(明慧日本)法を正す時期は今まさに終盤を迎えています。圓満前の試練はすでに始まっているかもしれません。「佛」になるのか、「人間」になるのかを選ぶ大事な時期に差し掛かっているのに、まだ精進しない同修達はどのように対応するつもりなのでしょうか?佛法は得るに難く、千年の輪廻はすべて今生に法を得るためのものだという道理を誰もが知っているはずなのに、実際行動を起こすとなると自分が修煉者であることを忘れてしまうのです。時には大喜びをし、また時には激しく落ち込み、 常人の心を捨て去ることができません。大法と出会ったにもかかわらず、この世の幻を追求してしまえば、私達にどのような結末が待っているのか想像することができるでしょうか?私達は師父の慈悲なる済度に答えることができるでしょうか?自己の大穹の衆生の期待に応えることができるのでしょうか?私自身も精進していなかったのですが、慈悲なる師父がいろいろな出来事によって悟らせてくださいました。そこで、以下に私の身近なところで起きた二つの出来事について例を挙げます。そして、同修と共に三つのことについて精進していきたいと思います。

 同修甲は掃除をすることにこだわりを持つ人でした。 家をいつもとてもきれいにしていましたが、学法する時間は少ないようでした。後に、彼女に常人が言う骨腫瘍のような病状が現れ、彼女は大変な苦痛を味わいました。この時、彼女は大法のことを思い出し、同修を招いて一緒に学法し、発正念をしました。驚くことに彼女は治療なしに、病状が奇跡的に消えてしまったのです。しかし、彼女はそれから同修を家に招かなくなり、学法を疎かにしました。また掃除ばかりするようになり、常人の生活に逆戻りしてしまったのです。

 そんな彼女に同修が三つのことを行う大切さを教え、真相を伝えに行くことに彼女を誘い、一緒に活動しました。しかし、彼女の体に起きた奇跡を話題にしても、彼女は一言も語りません。同修の真相を伝えに行こうという誘いも断っているのです。そのうち、彼女の病は再発し、彼女はまた以前のように同修に助けを求めました。そして、調子が良くなったら、また常人の生活に戻る、この繰り返しでした。

 彼女は寿命を終える日にやっと目が覚めました。亡くなる前に、彼女は何度も「あなた達には付いて行かない!師父に付いて行く!」と叫びました。同修に「師父は私のような精進しない弟子がいることを嘆いておられました」とも言いました。しかし、もう間に合いません。彼女はこの世を去り、その後、あとを追うように彼女の息子も交通事故で亡くなりました。

 同修乙は私の大学の同級生です。彼女は2004年頃に初めて大法に出会いました。法を得るのは比較的遅かったのです。卒業後、私達はそれぞれ自分の田舎に帰りました。そこでは、彼女の周囲に同修が一人もいないばかりか、親までも反対していました。しかし、彼女は修煉を諦めませんでした。ところが、去年、彼女が就職して、状況が一変しました。仕事が忙しいので彼女は三つのことを疎かにするようになったのです。彼女を強制した度重なる仕事、時には無用な仕事までもが彼女を完全に拘束しました。この邪悪の仕業を彼女はずっと乗り越えられないでいました。

 ある日、彼女は夢を見ました。全世界の大法弟子が二グループに分けられているのです。第一グループは正法の時期の大法弟子、第二グループは法が世界を正す時期の大法弟子に分けられている夢でした。彼女は第二グループに入ろうとしましたが、師父が彼女をそこから連れ出し「あなたは第一グループです」とおっしゃったのです。彼女はそれから反省しましたが、状況はなかなか好転せず、今でも常人の忙しい生活に縛られています。

 同修の体験を悲しく思う一方、私は師父の「オーストラリア学習者への説法」を思い出しました。私達が世俗に酔い痺れている様子に師父がどれほど心を痛めているのでしょうか。「弟子の皆さんの苦痛はわたしには全てわかっています。実は、皆さん自身よりも、わたしは皆さんのことを大切にしているのです!」(『精進要旨二』「最後の執着を取り除こう」)師父のこの言葉を噛み締めることにより、少し心得た気がしました。

 師父の慈悲深さ、偉大さは全宇宙の生命が知っています。しかし、私達は自分を大切にせず、師父の慈悲なる済度に背いてしまいました。精進の足りない同修達よ、これを読んだ瞬間から、自分を大切にして下さい。師父の偉大なる慈悲に答えられるよう、この機縁を失わないよう、願っています。

 私の次元には限りがあるので、慈悲を持ってご指摘くださいますようお願いします。

 2009年3月28日

(中国語:http://search.minghui.org/mh/articles/2009/3/7/196697.html