日本明慧
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ある農村の同修が法輪功の真相を伝える

(明慧日本)壬さんは純朴で温厚な農村の同修で、数年前に一度会いました。当時の壬家は真相資料点であり、コピー機に問題があり、協調人が私に修理に向かわせたので、その時に初めて知りました。

壬さんはコピー用紙を持ち、私を連れて乗車し、また長い小道を歩いて、ようやく壬さんの家に辿り着きました。普段、壬さんは町に出かけ、材料を買い、また原稿を取りに行く時、節約のためいつも徒歩で往復していました。壬さんの足はとても速いと気付きました。コピー機は大した問題はなく、トナーを交換することを知らなかったので、一度も掃除をしたことがなく、機械の中身が真っ黒になり、プリントした資料も真っ黒になっていました。こんな状態で1年間も使い続け、問題があった時には正念を発せば、また使えるようになったと言うのです。しかし今回は本当に使えなくなり、しかたなく同修の技術の応援を求めたのです。

カートリッジを開けて見ると、中には粉がたっぷり積もっていました。こんな状態で使えたなんて、本当に奇跡だと思いました。私が機械を徹底的に掃除する過程を見て、壬さんは感激しながら隣で勉強しました。午後6時、共に正念を発した後、壬さんは泣きながら、「最初に会った時、なんだか非常に懐かしく感じました。正念を発する時、涙が止まりませんでした」と話しました。私もとても感動し、きっとはるか昔から結ばれた縁だと思いました。

その日の夜、壬さんは急用が出来て出かけなくてはならなくなり、しかしその日は週刊と真相資料をプリントする日であり、困っているのを見て、私がすると言いました。コピー機を掃除した後にプリントした資料はとても綺麗でした。すべての資料をプリントアウトし、装丁も終わるともう夜の11時になっており、壬さんの奥さんが部屋を用意してくれたので、休もうかと思った途端、微かに学法しなくてはならないという思いがありましたが、安逸を求める心でその一念はすぐ消えてしまいました。

ちょうどその時、壬さんが帰って来ました。そして私に「いけません。法を学んでから休みなさい。私はどんなに遅くても、法を学んでから寝ます。こうしなければなりません」と強く、しかし、穏やかな顔で言いました。私はすぐ恥ずかしく思い、壬さんの法に対する心を感じ、とても尊敬しました。そして3人で学法をし、12時を過ぎて寝ました。

その後、私は引越して、壬さんと会わなくなり、偶に同修から近況を聞き、協調人になり、各資料点の同修がよく壬さんに機械の問題を訪ねるので、とても忙しくなったそうです。後に壬さんの状態がだんだん悪くなり、昔のような穏やかさが消え、時には焦って、怒り出すようになったと聞きました。さらにその後、不法に連行されたと聞き、今もまだ出られないそうですが、中で信仰を堅く守っていると聞いています。

私たちが労働教養所の同修をできる限り救い、衆生を済度することは大法弟子のやるべきことです。同時に、同修の経験も多く心に刻み、たくさん学法し、心を鎮めて学法すれば、師父が按排された道を正しく歩む事ができます。

2009年3月31日


(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/2/7/195000.html
(英語:http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2009/2/14/104806p.html