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上海:楊曼曄さんに対する迫害の現状

(明慧日本)上海の法輪功修煉者・楊曼曄さん(女性)は、大学を卒業し、普陀区双山路55-12号に在住。楊さんは気さくで、人に接する際、誠実かつ優しく、善良で、人助けを好んでしていた。法輪功を修煉して、「真・善・忍」に従っていつでもどこでも自己を律し、より良い人間を目指している。しかし、このような良い人が、何度も迫害された。

 2001年1月、楊さんは真相資料を配っていた時に共産党当局に不法に連行され、上海普陀区留置場に9カ月拘禁された後、4年の判決を言い渡され、その後また9カ月刑期を延長された。楊さんは上海松江女子刑務所で長期間にわたって奴隷のような強制労働を科されたあげく、体力が落ち、転んで膝を粉砕骨折して、2度手術を受けた。中国共産党が法輪功修煉者を迫害する手口はとても陰険かつ悪辣で、睡眠を禁じ、トイレに行くのを許可せず、シャワーや通常の水を使うことも禁止するのが常套手段である。また、部屋に閉じ込める、鼻から食料を押し込む(灌食)、手足や身体を縛る、刑期を延長するなどである。

 楊さんは不法に判決を言い渡された時35歳であった。上海松江女子刑務所において、楊さんはスタンガンで電撃を加えられ、3平方メートルの大きさの籠に約2カ月間、閉じ込められた。2002年1月、他の法輪功修煉者に経文を渡した時には、4大隊の悪辣な警官3人に同時に3本のスタンガンで電撃を加えられた。電撃ショックを受けた楊さんは大声で経文を暗唱したが、さらに口や顔に長時間電撃を加えられ、結局、顔の皮膚が焦げ、水泡ができた。スタンガン使用中、警官はその電圧が十分強くないと思い、電池を交換した。

 楊さんは釈放後半年も経たない2006年1月、真相を伝えていた時に再び連行され、1年半の労働教養を言い渡された。当時、楊さんは労働教養所の最も邪悪な2監区に拘禁されたが、法輪功に対する信奉を確固として手放さないため、2監区の王明と中隊長・徐宏に後ろ手に手錠をはめられ、禁足室に吊るされた。当時、高温の季節で、39.6度まで発熱した。2007年7月、楊さんは釈放され、家でしばらく煉功すると健康を回復した。

 2009年6月6日、家にいた楊さんは、侵入してきた数十人の不法な警官に連行され、未だに普陀区留置場に拘禁されている。今回の連行に参与したのは、普陀支局の「610弁公室」、甘泉派出所と甘泉住民委員会であった。長年の迫害は楊さんの家族に大きな打撃を与え、80歳近くの祖母は血圧が上がった。

 (注:法輪功修煉者を迫害する主な容疑者らの情報は、中国語ページを参照)

 2009年6月29日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/6/27/203498.html