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師父に随って家に戻る 如何なる苦も幸せ


文/農村の大法弟子

(明慧日本)師父、こんにちは! 同修の皆さん、こんにちは!

 私は1999年2月18日に修煉を始めました。この日は私にとって最も忘れられない1日になりました。ある日友達に、師父の講法の録音を聞きにいこうと誘われましたが、私はちょっと迷っていました。それは以前、他の人が私に法輪功を薦めていたのですが、まだ時期が早かったのか、私はあまり気にしていませんでした。しかし、今回は私の心が動いて「聞いてみようかな・・」と答えました。行ってみると部屋の中には30人余りの人達が詰めかけていて、その中に私たち2人も入り込みました。師父の講法の録音が全員の心に届き、部屋の中はとても静かでした。私は聞いているうちに涙が滴り落ちてきました。師父の一つ一つの言葉が私の心の中に入り、全部が真理そのものだと思いました。私はもっと早く学ぶべきだったと後悔し、どうしてこんなに遅れたのだろう? と悔やみました。

  当日、私は『転法輪』を家に持ち帰り一生懸命読みました。心性を高めるところで、私は泣きながら読みました。長年私を困惑させていた答えを見つけることができたのです。私は性格が悪く強がりで、弱い人を虐めたりはしませんが、強い人に対しても全く怖がりません。白黒を付けたがり、不公平や不正なことは絶対許せないタイプの人間なので、心臓病、胆嚢炎、胃の病気などを患っていました。夫や子供たちもみんな私を避けるばかりで、私自身、とても悩んでいました。しかし、私はみんなと一緒に法を勉強し、煉功しているうちに性格もよくなり、病気も治りました。夫は、私が「別人になった」と言って褒めてくれ、家族全員が喜びました。

  1999年「7・20」、江沢民が法輪功への迫害を開始しました。その日、私たちが一緒に法を学んでいた際、警官が一斉に入ってきて、大法の書籍や師父の写真などを奪い去りました。私は書籍を懐に隠したので取られませんでした。すぐに家に戻り、書籍を天井裏に隠し閉じてからやっと安心しました。

  その後、多くの修煉者が北京へ陳情に行き、無理やり連行され、死ぬほど暴行された人もいれば、高額な罰金を科された人もいました。私は焦って心配の余り食事も喉を通らず、北京へ行く決意をしました。夫は小心者で、毎日私を見張っていて、1元も渡してくれませんでした。私は、北京へ行くことができず、悲しくて大泣きをしました。後になって、北京に行けないなら、地元で真相を伝えようと思い付きました。私は大法の素晴らしさを白い紙に書いて、壁や電柱に貼り付け、破られたらまた書いて貼り続けました。

  村には知り合いが多く、この数年間に私は人に会うたびに真相を伝え、脱党を勧めました。常日頃、修煉者の自覚を持って人と接していました。私の変化を見て多くの人が大法の修煉を始め、多くの人が脱党しました。この過程の中で多くの苦しみがありました。ある人は邪党文化に騙され、何を言っても信じようとせず、ひいては私を罵ったり、皮肉なことを言ったりしてあらゆることに遭いました。しかし、師父が法を正されることを助けるために、衆生を救い済度するために、自分の誓約を果たし、師父に随って家を戻るために、いかなる苦しみがきても幸せだ! と思いました。

 次元の限りがあって、小学生レベルの教育しか受けなかったので、良い文章に仕上げることができませんでしたが、同修の慈悲なるご指摘をお願い致します。

  師父からこのような素晴らしい法を頂いたことに感謝致します。

  師父、ありがとうございます! 大法、ありがとうございます!

  修煉を始める前、私は胆嚢炎、気管支炎、婦人科の病気を患っていました。毎年多くの漢方薬や、西洋の薬、多額の医療費を支払いました。2人の子供も学校に通っており、それに年老いた親の世話もしなければならないため、家計はとても苦しく、生活は苦痛そのものでした。修煉した後、師父と大法が見守ってくださり、同修の助けもあって、私はここまで歩んでこられました。今、私は何の病気もなく、畑仕事もできるようになり、夫は私が健康になったのを見て、とても喜んでくれました。時間が経つにつれ、夫は私を責めるどころか、私の法の勉強や煉功を応援するようになり、大法の真相を伝えることさえも助けてくれるようになりました。

  この数年の修煉の中で、私は偉大なる師父が、時々刻々弟子を守ってくださると深く感じており、弟子の一人ひとりのためにどれだけ心血を注ぎ、尽くされたことか計り知れません。2007年秋の、10月1日以降、村の人々はみんなトウモロコシの収穫を急いでいました。当時、私と夫は8歳の孫娘を連れてトウモロコシの収穫をしており、私は弟の馬車を借りてきました。馬車いっぱいにトウモロコシを詰め込み、ブレーキを外した途端、馬が一所懸命走り出し、私は馬車から転落しました。ちょうど畑の溝に落ちて転がったとき、馬車が足の上を通っていきました、もし私がそのとき地面に転がっていなかったら、馬車は私の胸のあたりを通過する所でした。

  本当に危機一髪のところでした。その時、馬車は走って行きましたが、私はゆっくりと立ち上がりながら、師父が見守ってくださったから大丈夫だと思いました。足は少し腫れましたが、あまり痛くありませんでした。畑の端まで歩きながら、私は「今日は私が法輪功を学んだから逃れられたが、そうでなければ、命を落とすところだった」と思いました。命を救ってくださった師父に感謝しなければと思いました。

 私は農村の大法弟子です。家には4つの部屋があり、夫と私は東の部屋に住み、真ん中はリビング、西の部屋には娘が生活しています。私の大法の書籍と、煉功用のテープは戸棚の上に納めています。ある日、私は慌てて孫娘を学校へ迎えに出かけ時、間違ってドアに鍵をかけてしまいました。家に戻ってきたとき、ドアがどうしても開かなくなり、ちょうどその時、夫が帰ってきましたので、ドアが開かないと言うと、夫はペンチやドライバーなどを使って、夕方の7〜8時までやっても開けられませんでした。仕方なく西の部屋で一晩過ごしました。翌朝、私は法の勉強と煉功をしなければならないので、ドアが開かないとそれができなくなると思い、私は心の中で師父に御願いして、再びドアを開けようと試したところ、簡単に開いたのです。私はとても嬉しくて、夫に「ドアが開いた」と教えると、彼は、どういうふうに開けたのか? と聞いたので、私は、師父に助けてくださるように御願いしたと言いました。大法はこんなにも不思議だと教えると、彼も喜び、心から大法を信じるようになりました。

  私は、この数年間の修煉の過程を振り返り、師父に深く感謝し、師父がこのような素晴らしい大法を下さったことに感謝しています。早く常人の良くないもの取り除き、真に神になる状態に達するように頑張ります。

 (明慧ネット第五回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

  2009年6月30日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/12/8/190985.html