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常人社会の変化をなぜそんなに気にかけるのか


文/中国河北省の大法弟子

(明慧日本)最近パソコンに問題が生じていたため、数日間は明慧ネットを見ることができず、心の中で何かもの足りないような感じがしました。どんなものが自分の心を動かしていたのでしょうか? 内に向けて探しました。それは自分が「六四」に関する活動内容を知りたいことにありました。自分はなぜ「六四」のことをこんなに関心をもつのでしょうか? 中共がオリンピックを開催したときのことを思い返せば、自分はその開催ができるか否かについて注目していたのではありませんか? 動態ネットを開けば、最初に目に飛び込んでくるのは社会の動きを報道するものだったのです。このことについて心の奥底に向けて探した結果、それは時間について執着していて、中共が早く解体され、迫害が早期に停止するのを待ち望み、一方では自分が迫害されるのを恐れていた恐怖心もあることが分かりました。

 師父は私たちに丁寧に教えてくださいました。「これからの道、この情勢はますます速く変化するかもしれません。しかし、以前説法の中ですでにこのことについて皆さんにお話ししました。正しい情勢、また正しくない情勢が社会に現れたとしても、つまり良い情勢が現れたとしても、良くない情勢が現れたとしても、私たち大法弟子にとって、試練であり、楽観視してはいけません。情勢が本当に良くなりましたら、あなたに対する試練はまた違う形になり、油断してはいけません。必ず正念をもって大法弟子が行うべきことを行ってください。」(『シカゴ市法会での説法』)

 師尊のこの説法を改めて学法し直したときは、常人社会の変化に執着してはならず、どんな大きな出来事が起きていようと、修煉者として心が動じてはならないことを認識しました。私たちは師尊の教えに基づいて行動し、言動は法に従って話し、真に自分を修め常人の心を取り除かなければなりません。これまで何とも変わらずに「三つ」のことをこなし、正念をもって衆生を救い済度し、先史の誓いを果たせましよう。このすべてができてからこそ正法時期の大法弟子と称されることができるのです。

 この前、ある同修からグループ学法に参加した時の話を聞きました。学法した後に「三つ」の行いについて交流したのではなく、新唐人テレビが報道したニュースについて交流したそうです。悪党の幹部の誰々かどうなったのか、どこそこで災難が起きていたのか、自分の理解で尾ひれをつけて楽しそうに話していたとのことでした。この話を聞いたときは驚きました。このことを執着していたのは私一人ではなく、他の同修も存在していたということが分かりました。だからこそ、この文書を書いた一つ目の目的は、この執着心が他の空間に存在する良くない物質を解体し、二つ目は同様の執着心のある同修に悟ってほしいからです。

 一部の同修は確かに新唐人テレビを受信できるように工事したのですが、そのテレビを常人に見させるのではなく、その同修は社会の動向を分析する「焦点点撃」という番組を自分の時間を費やして見るのです。そして、その番組の内容に自分の執着心を混ぜ入れ、常人に伝えるのです。同修たちよ! これらの番組は常人に見させるために制作されており、その目的は邪悪な党を暴露し、衆生を救い済度するための番組であり、その内容は正法の進展状況を表しているものではないのです。正法の進展状況は師父が把握している以外は、宇宙のすべての生命が誰一人として見えず、誰一人として知らないのです。

 私たちの修煉は法を師としなければならず、私たちは新唐人のニュースに執着すれば、私たちの修煉に障害をもたらすことになります。今まで私たちが常人社会の変化に執着したことによってもたらされた教訓は、私たちを目覚めさせていませんか? なぜ、新唐人は放送衛星会社との更新契約ができないのでしょうか? 私たちのこの執着心に関わりがないと言えますか?

 同修たちよ! この問題について目覚めましょう! 私たちの心の持ちようはすべて衆生済度に力を入れるべきです。

 以上は自分の認識であり、法に適していないところがあればご指摘してください。

 2009年7月5日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2009/6/19/202977.html