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貴陽市:個人経営者の彭錦屏さんは不法に7年間監禁された

(明慧日本)彭錦屏さんは2001年11月に貴陽市旭東路で尾行され、貴陽市公安局一処、云岩区公安局の警官らに不法に連行された。その後、13年の不法判決を言い渡され、貴州省の羊艾女子監獄で迫害を受け続けた。

 1956年に生まれた彭錦屏さんは、服屋を経営していた。法輪大法を修煉する前には肝炎を患っていたが、修煉を開始してから持病が治って体が健康に回復した。ところが、中国共産党の迫害で不法に監獄へ入れられた現在、身長154センチの彼女はひどく痩せて危篤に陥った。長い間、精神的な虐待も加わり、かつて実業家であった活気ある姿はすでに消えた。

 2001年11月、当時連行された7人の法輪功修煉者・趙鄂川さん、魏麗珠さん、梅桂南さん、徐鵬尭さん、莫琪さんは、真相DVDや真相資料などの真相を伝える物を大量に持っていたため、地元の貴州政府にとって最大の事件と見なした。これで不法に起訴された7人の法輪功修煉者に、2002年末からそれぞれ11年〜15年の重刑を言い渡した。

 羊艾監獄の三中隊では、彭錦屏さんが強制労働をさせられたほか、トイレやその他施設を掃除させ、奴隷のように酷使された。同時に、二人の受刑者(うち一人は彭芳芳と言い、非常に悪辣)を監視人として置き、24時間、彭錦屏さんのありとあらゆる生活まで干渉し、コントロールした。その一切の行動は、監視人の許可を得なければならず、少しでも気に入らなかったら、苛めと嫌がらせを加えて許可を与えない。

 2003年、彭錦屏さんが煉功を放棄しないことで、監視人に暴行され、深夜に残虐な殴打で響く悲鳴が上がった。煉功を禁じられた彭錦屏さんが「法輪大法は素晴らしい」と数回声を上げたが、警官は監視人に、彼女の口に大量の接着剤を付けさせ、彼女は呼吸困難になった。その後、監視人は彼女の粘着した口を開けようとする時、わざと後頭部の髪を掴んで強く引っ張った。これらの監視人は警官らが盾になっているため、勝手に人の物を横領したり人の物を支配したりする。彭錦屏さんの家族からのささやかな物でも取られて分配された。ある日、彭錦屏さんが家族から送られてきたおやつを食べる時、それを監視人に分けるのを忘れただけで、食べ物を全部床に散らかして乱暴された。

 法輪大法を放棄しない彭錦屏さんに、警官らはいろいろな拷問の手口を使い尽くした。例えば、トイレに2分しか行かせないから、ちょっと遅れたら、すぐに椅子で頭を打ち叩いたりした。また、警官の白菊は、トイレを掃除し終えたばかりの彼女にすぐ、石を運ぶ重労働をさせ、疲れ切った彼女が倒れても、監視人は彼女を起こし上げて立ちっぱなしにさせた。

 2005年初、彭錦屏さんは4号棟へ移送させられ、その中のある監視部屋に閉じこめられ、飲み食いや大小便をすべて一つの部屋でさせた。その日が当たらない暗室で、監視人の虐待と監視もあり、煉功や法を学ぶことができず、毎日じっとさせられ、話すことは許さない。

 監視人を悪辣に改造するため、警官は彼らに法輪功を誹謗中傷する資料や映像を見させて、法輪功に憎みや恨みを引き起し、敵視心理を作った。警官らは、表では責任回避のため監視人に法輪功修煉者に手を出させないようにする一方、裏では減刑や利益で誘惑し、彼らに法輪功修煉者を迫害させた。

 彭錦屏さんが捕まえられてから、20歳前後の息子は心理的に大きな打撃を負った。一日中、沈黙無口で人との付き合いも困難になった。その家族も同様に、経済面でも精神面でも大変苦しんでいる。

 (注:法輪功修煉者を迫害する主な人物の情報は、中国語ページを参照)

 2009年7月25日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2009/7/24/205201.html