放任しないように、鬼を招かないように ◎師父評注
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ー正念をもって時間を大切にして人を救おう


明慧日本2016年5月27日)ここ数年、一部の海外の大法弟子は真相を伝えるために、インターネットで常人向けのウェブサイトと論壇を開設し、または常人社会の形式を利用して幾つかの団体を設立しましたが、当初の目的は常人の形式を利用して真相を伝え、人を救うためでした。しかし、多くの場合、着実に努力して道を切り開き、正しく歩もうとしなかったため、実際の効果は人を救うこととは程遠いものとなりました。言い換えれば、これらの形式は本当に真相を伝えるために利用されていないばかりでなく、一部の学習者(大陸の学習者も海外の学習者もいます)が人心と執着を放任するたまり場となってしまいました。一部の法をしっかり勉強しない学習者、またはどのように修煉するのか分からない学習者、あるいはたくさんの人心を持ちながらそれを掴んで放下しようとしない学習者は、常人のことを行うとき、自分を常人と混同してしまい、名と情を求めているため、自分の修煉を大きく阻んだだけではなく、学習者の修煉をひどく妨害し、新しい学習者と世の人を誤った方向へ導いてしまい、場合によって法を乱す作用さえ働いています。

 ここで一例だけ挙げましょう。未来中国大学論壇(ネット大学と略称する)というものがあって、最初は社会向けのために作られたのですが、結局講義を受ける人の多くは一部の法輪功学習者であり、公然にも法輪功を「法輪心功」と呼んでいます。その法を乱す行為をほかの学習者に指摘された際、かえって「法輪心功が法を乱していると言うなら、法輪功が心性を修める功法だと思っていないのですか? 一体誰が法を乱しているのですか」と言っています。もともとの目的はどういうものなのかにかかわらず、この詭弁は中国大陸の労働教養所、洗脳クラスで洗脳を行ったときの論調とほぼ同じです。話によると、このウェブサイトはネット大学の修煉者、入門したばかりの修煉者と修煉していない常人の民主運動活動家を率いて、常人の哲学と常人の学問を学ぶように、法輪功の原著の一字一句を「議論」しています。また、その際に用いられた喩えは弁舌の才と文才をひけらかしていると同時に、かく乱の作用も働いています。このウェブサイトに入り浸っている人の多くは、自分が法輪功修煉者だと堅く信じていますが、これらのことに対して正念をもって対処せず、多くの問題に対する認識は正しいようですが、実は間違っており、自らを守り、自分の小集団を守るという基点に立っています。 

 これは法を乱し、学習者の修煉をひどく妨害した例です。悲しいことに、法を正す修煉は現在に至ったのですが、このような人と出来事に対して、すでに閉鎖された清心論壇のほか、学習者が設立と運営に関わっている幾つかのウェブサイトは、それを転載したり推薦したりしています。修煉者は本当に自分の好み、人心と魔性を放任してはならず、でなければ、負の作用を果たすだけでなく、真っ黒の場を作ってしまい、卑しい鬼のスパイを招いてしまうのです。

 常人に真相を伝えるためのプロジェクトが大法弟子向けのプロジェクトになってしまい、その原因を探ると、一つは困難を前にして前へと進むのではなく、大法弟子の「行い難いが、行える」という心で「人を救う」という目的に対処していないためです。正念で修煉の中の困難に対処するのではなく、自分が「確立した」形式に執着し、この形式によって自分の執着、顕示心と好む心が見つけた居場所に執着しており、大法弟子が絶えず自らをしっかり修めなければならないことと人を救う責任を少しずつ忘れてしまいました。

 私たちは皆知っていますが、末法時期に人心が堕落し、常人は名利と欲望に迷い、見失っており、真相を伝え人を救い済度することはとても難しいのです。法を正す時期の大法弟子は修煉の過程で絶えず人心を取り除き、慈悲心が生じるように修め、他人の身になって相手のことを考え、常人を阻んでいるものを理解し、それに対して真相を伝えてはじめて、人を惑わすものを取り除き、本当に真相をはっきりと説明し、それによって人を救うことができるのです。人を救う過程は自分自身を修める過程でもあり、人を救う過程に苦もあれば難もあるのです。したがって、私たちは絶えず自らを突破し、自分をしっかり修めてはじめて、智慧が絶えることなく法から湧いてきて、ほかの空間の正しい神が助けてくれるのです。それは常人社会に反映されると、局面が打開され、常人社会で立脚地を獲得することになります。

 反対に、もし仕事が順調に進まないとき、人間の方法で学習者の中で支持を呼びかけたり、または意識的にまたは無意識的に常人向けのプロジェクトを学習者向けのプロジェクトにし、見た目では盛んに行われているように見えますが、実は真相を伝え人を救うという基点から背離し、行うために行っており、自我を満足させるために行っているのです。修煉から言えば、修煉の道にある関と難を避けてしまい、近道を取ったように見えますが、実は向上できず、場合によってさらに執着するようになります。一部の当事者は反省をせず、ひいてはこれを成果だと思い、学習者の時間と労力を浪費したのに、自分が良いことをしていると思い込んでいます。また、幾つかのウェブサイトに似たような執着心を持っている学習者が集まり、集団を形成し、自分の常人としての気持ちを表現する文章を書き、真相を伝え人を救っていると自分が思っていますが、実はお互いに影響し合い、おだて合い、執着を増幅し、自分の人心を満たしています。ウェブサイトが閉鎖されたのに、内に向けて探さず、かえって別れを惜しんで、後ろ髪を引かれる思いになっています。または何とかしてその集団をほかのウェブサイトに移し、また「団欒」しようと思っています。これはすでに、修煉と人を救うことの基点からあまりに遠く離れています。

 すべての大法弟子は自分の天体と対応しており、いずれも一部の衆生を救い済度する使命を背負っています。人を救う時間は差し迫っており、私たちが行ったすべてのこと、すべてのプロジェクトは着実に人を救うべきであり、本当に人を救う作用を果たさなければなりません。もうこれ以上、自分の執着と人心を放任してはなりません。機縁はいつまでも待っているわけではありません。私たちはできるだけ早く、本当に自分に対して責任を持ち、自分の衆生に対して責任を持ち、法を実証することに対して責任を持つようになるべきです。全体ができるだけ早く向上し、皆心を合わせて協力し合い、着実に人を救い、人を多く救うようにしましょう。(文/北米の大法弟子)

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片付けよ

 注:これらの問題に対して、私はずっと何も言いませんでした。理由は二つあります。一つ目は、学習者に自分で修煉して成熟してほしいのです。成熟まで修煉する過程でこれらの問題に気づき、自分で乗り越えてほしいと思っているからです。二つ目は、それらの組織者がどこまで逸脱するのかを見ます。人心を徹底的に現したときになってはじめて、私は指摘するのです。今、皆さんが問題に気づいたので、それについてお話します。

 一部の学習者が行った活動とプロジェクトは、目的は人を救い、師が法を正すことを手伝うためでしたが、行っているうちにいつも学習者が参加しており、内部の活動になってしまいました。このままではいけません。一つは人を救うことができません。もう一つは学習者の修煉と衆生を救い済度することを妨害しました。少なくとも大量の人的資源を使ってしまいました。大法弟子は師が法を正すことを手伝っているので、この人的資源はあなたたちにこのように使われてはいけません。もう一つは、学習者が開設した一部のウェブサイトが衆生を救い済度することに作用を果たすことができれば、それを健全に続けてください。でなければ、妨害の作用を果たさないでください。特に大量の新しい学習者、法を深く勉強しなかった学習者と人心の強い学習者が誘われ、参加しているウェブサイトは、全部閉鎖するよう提案します。常人のウェブサイト、または大法のために何かを行っている活動、あるいは学習者と自称してインターネットで活動することは、いずれも大法弟子が法を実証することと無関係のことです。特に政治活動ですが、大法弟子はこれから、参加しないください。中共邪党を打倒することは修煉の目的ではなく、大法弟子が修煉して圓満成就することこそ、修煉の最終目的です。迫害を暴露するのは世の人々に邪悪をはっきりと認識してもらうためであり、それによって救われ済度されるのです。中共邪党を解体するのは天が定めたことで、歴史の必然であり、大法弟子がただそのために行うのに値しません。学習者の中で、大法に近づいた初期は常人の幾らかのたわごとを聞いて信じてしまった人がおり、それは神が彼の心を試しているとは知らず、かえって大法弟子の修煉に対して疑問をずっと抱いています。何年も経ちましたが、まだ人心で大法を見るという執着と、政府と未来の権益に対する執着を放下していません。もう長い間あなたたちを待っていました。あなたたちの汚れた人心で大法のことを行わないでください。大法弟子の修煉は厳粛なことです。自分がいくら分かっていると思っていても、実はいずれも当初の求める心があなたたちの心と智慧を迷わせたのです。今日まで歩んできましたが、ずっと神々にあざ笑われています。大法に近づいていますが入ってくることができず、なんと悲しいことでしょう。

 もう一つの問題についてお話します。人心は安定しないものであり、常人に正念があるとは思わないでください。一部の常人は大法の法理を認めていますが、法にのっとって着実に修煉していません。マスコミで大法弟子のために声を上げ、迫害に反対したことがあるため、一部の学習者はその人が素晴らしいと思ってしまい、場合によって大法弟子と同じように対処し、内と外の区別がつかなくなっています。さらに愚かな者はその人が言ったことを法として扱っています。人心が多くの人におだてられて得意となって、自分が誰なのかが分からなくなり、それによってどんな人心も生じ、何でも口にしてしまい、何でも行ってしまい、甚だしい場合、大法弟子の正常な修煉と法を実証することまで妨害してしまいます。実はこの現象は全部常人のせいにしてはいけません。一部の学習者は正念が足りず、理性がなく、法にのっとって仕事をしていないため、これらの大法を同情する常人を悪くしたのです。衆生をあまねく済度するので、どのような考えを持っている人も済度し、それによって学習者の中から様々な人心が現れてくることがあります。これらのことは私が法を伝える前にすでに知っていました。肝心なのは皆さんが法を多く勉強すべきです。法を多く勉強すればおのずと正念が生じ、法を実証する中で自然に法にのっとって仕事を進めるようになり、それによって道を正しく歩むことができるのです。師父は皆さんがいつも間違った道を歩んでほしくはありませんが、さらに皆さんが迫害されることも遭ってほしくないのです。多くの場合、皆さんが嘗めた苦は本当に人心によってもたらされたものです。人心が強いのにまだ悟ろうとせず、旧勢力は邪悪を利用して皆さんを強制労働収容所に入れてしまい、迫害するのです。

 学習者の文章を読んだので、少しお話をし、皆さんのために取り除きます。今後の道をしっかり歩むには、やはり皆さん自身にかかっています。皆さんがみな成熟するようになったら、次の段階が始まります。

                               李洪志

                            二〇〇九年八月六日

 

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/8/6/206011.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/html/articles/2009/8/8/109859.html)
 
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