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遼寧省:楊貴全さんが迫害され死亡した状況(写真)

(明慧日本)法輪功修煉者・楊貴全さん(45才男性)は、遼寧阜新市栄興塑料有限会社に勤務し、阜新市細河区新市北新村煤海小区一号楼604室に住んでいた。

  「楊さんが迫害され死亡」という明慧ネットに掲載された文章を見て、息が詰まり失神しそうだった。彼は優しくて正直で良い人なのに、突然亡くなったことにショックを受けた。きっと私だけでなく、彼の知り合いも心が痛むに違いない。
楊貴全さん

 2009年6月20日夜6時、楊貴全さんは遼寧阜新市商貿城で法輪功迫害の真相を伝えていた時、人の通報で駆け付けた阜新市海州区公安分局政保科の警官・伍忠啓らに乱暴されて連行された。伍忠啓らは焦って連夜休まずに楊さんを拷問した後、阜新市公安局の新地拘留場に不法に拘禁をした。

  新地拘留場では、楊さんは残虐な拷問を受けながら、「真、善、忍」の信念を守り、断食で抗議した。海州区公安分局政保科の伍忠啓らは新地拘留場の警官と監獄の医者を率いて、楊さんに強制的に灌食を行い、7月5日に彼を危篤状態に陥らせた。楊さんの不法な拘禁の間に、80歳余りの母親が警官の伍忠啓らに土下座をしても、面会されず。楊さんの職場の上司も海州区公安分局政保科に釈放を求め続けたが、全く無視だった。

  拷問され死亡

  状況を知る人によると、楊さんは死亡する数時間前に、一度公安病院へ運ばれ、また拘留場へ戻って数時間を経て、最後に阜鉱集団総病院へ送られた。そこでの死亡判定は「病院に着いた時、彼はすでに呼吸も心臓も止まっていた」とコメントあり、診断書に「死亡確定」と書かれていた。遺体には背中と後頭部に鬱血があり、太腿に傷跡とその内側と他の所にスタンガンを撃った火傷があった。

  楊さんは7月5日午後3時に死亡した。しかし、海州区公安分局政保科と新地拘留場の死亡届は夜8時に、彼の家族の元に届いたという。明らかに責任追及を逃れるために5時間も確保し、証拠隠滅を図ったものだ。

  彼の死後、家族も厳密に監視の対象になった。家の周りに保安局の人を配置し、家族は外部との連絡も封鎖された。さらに、友人らが葬儀社で彼の最後の顔を見たくても、そこにいる保安局の人が「遺体はどれでも見せるが、ただ9号の楊貴全だけは見てはいけない」と脅された。その友人らは弁護士を通して法律の力で犯人を追及しようとしたが、地元の弁護士に依頼をしても誰も引き受けてくれなかった。彼らは「遼寧省司法庁の最近の公告により、弁護士は法輪功のために弁護を受けてはならない」とびくびくしながら言った。

  葬儀社周辺は戒厳令

 7月19日は楊さんの遺体を火葬する日だった。同日9時頃、阜新葬儀社の近くに約10台のパトカーと1台装甲車が止まった。ほかに、約100人の公安、刑事、暴動防止の警官が立っていた。

 遺体が火葬された後、遺族は床に身を伏せて「罪のない人を生きたまま死なせるなんて、もともと生きていた命なのよ」と悲鳴を上げた。楊さんの死後、時間が過ぎても海州公安分局政保科と拘留場はずっと合理的な死亡原因を証明できなかった。犯人に、どんな責任を持たせるかといった連絡も全くなかった。事件の事情を知る人によると、楊さんは警察に殴られて殺害されたという。

 (注:法輪功修煉者を迫害する主な責任者の情報、中国語ページを参照)

 2009年8月23日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/8/15/206521.html

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