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協調人としての修煉体験(二)


文/中国吉林省の大法弟子

(明慧日本)家に帰った後、まず急いで学法をし、師父の7.20以降の経文を学び、明慧ネットの文章を読みました。正法時期と正法修煉に対してはっきりと認識して理解し、修煉状態を整えました。しかし、修煉の環境は依然としてよくありませんでした。邪悪の妨害は止まらず、出てきて法輪功の真相を伝える人は数えるほどでした。このように邪悪の迫害はいつまで続くのか、中共のデマに染められた世の人はいつになったら目覚め、大法に救い済度されるのかと思うと、背負っている責任がとてつもなく重いと感じました。私は、師父に救い済度された正法時期の大法弟子です。この先どんなに危険なことがあっても、どんな困難が待っていても、以前の同修を探して一緒に学法し、衆生を救い済度します。私たちは必ずすべての正しくないものを正し、かつて修煉していた同修を呼び戻すと決めました。これはすべきことであり、できることでもありました。

 中共が大法弟子を迫害する最もひどい手段の一つは、私たちの集団学法、集団煉功という修煉環境を破壊することです。ですから、迫害の当時から公安局は法輪功修煉者が集まってはならないと決めました。修煉者が3人集まったら不法な活動とされ、留置場に拘禁されるか、労働教養処分を科されます。この邪悪な規定によって、恐れる心が重い多くの同修は出てこられず、これが集団を結成できない一つの原因でした。私たち大法弟子は社会で修煉し、どこにいようとも、どんな仕事をしても、すべて他人を先に思う善良な人たちです。善意をもって人と接し、社会の安定、国家の発展にとって有利なだけなのです。なぜ違法になるのでしょうか? 外出して活動に友人と集まることは合法です。誰にでも分かることだと思いました。私はいろいろなところで出てきていない同修を探して、ほとんどの人を連れ戻しました。執着心が自分を阻んでおり、中共の違法な規定が自分を制限していますが、私たちはもともと高い水準の善良な人です。邪党の「良民」になる事はありません。

 私たちの交流の目的は、皆が法理上で正法修煉の弟子に対する要求を認識し、全体の向上を図ることです。この10年間、協調人として100回以上の交流会(多い時は数十人)を開きましたが、師父のご加護のもとで何の危険もありませんでした。毎回の交流会は皆を向上させることができ、出てきていない同修が出てくるようになり、私たちの大法修煉の集団の中に溶け込みました。

 出てきていない同修を探す過程は、自分の修煉の過程でもあります。理解してくれる人に会うのはいいことですが、理解されず、真相を理解しない同修の家族に会うと、相手の表情、聞き苦しい言葉など、本当に耐えられませんでした。あるときは頭の中に良くない考えが浮かび、あるときは怒ってひそかに泣いてしまいました。それから落ち着いてから考え直し「なぜ苦しく感じるのか、なぜ悲しいのか、すべて自分の執着心が引き起こしたのです」 同修を連れ戻す目的は皆と共に向上することです。自分には名利心、恩返しを求める心、顕示心がありました。人心が現れるときこそ向上する機会ではないでしょうか。なぜ悲しむのでしょうか? 執着心を探し当てて取り除かなければ、まして純粋でない心をもっていては同修と交流し、共に向上することはできません。

  これらの良くない心をもって同修を連れ戻すことは、絶対に効果がよくありません。協調の仕事をしっかりと行うためには、まず法に従い自分を浄化し、正して、しっかりと修煉することです。これこそ本当の法理に遵った上での向上であり、真に自分を修めることができます。大法の中で自分をしっかりと修めることでより多くの同修を導き、大法弟子がすべき三つのことをしっかりとできれば、師父が私たちに託された偉大な使命に背くことはありません。

 (続く)

 (明慧ネット第6回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

  2009年11月28日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2009/11/21/212815.html

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