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修煉の道を歩む(一)


文/中国の大法弟子

(明慧日本)私は小児麻痺の後遺症で身体障害者になった修煉者です。私と家族は1995年に法輪大法の修煉を始めました。そして、私は長く苦しんできた神経衰弱、心臓病、婦人病が間もなく治りました。ただ、松葉杖は捨てることができませんでした。師父のご啓示は幾度もありましたが、当時の私は悟ることができませんでした。3年後、私は松葉杖を捨て、師父の写真を拝見したとき、師父は微笑んでくださいました。

  私たち一家3人は修煉しています。そこで、自然と我が家は煉功と学法の場所となりました。同修とよく法を学び、互いに交流し合い、平和に修煉していました。

  ところが1999年7.20に法輪大法は迫害を受け始め、当地の修煉者は何をすればいいのか分からず、意気消沈の状態に陥ったのです。その当時の私は焦るばかりで、どうすれば、偉大なる師父及び大法が誹謗中傷されずにすむのか同修と相談しようとしました。ところが、天気が悪くて寒く、雪が積もって滑るうえ、私は家から一歩も出ることができませんでした。でも同修との連絡をなくしてはいけないと思い、法を学べば師父が必ず啓示してくださると思いました。私は心を静めて法を学びました。そのとき見えた光景は、私は家から出かけ、雪の上を歩いていたのではなく、雪の上を漂っていたのです。私はすぐ悟りました。

  翌日、私は自転車に乗って出かけました。私も正法の道を歩み始めると思うと、嬉しかったのです。道中知人に出会ったとき、下が滑るから大丈夫ですかと声を掛けてくれ、私は大丈夫ですと答えました。知人らは、私が答えた「大丈夫です」という意味に、師父のご加護があるということを知る余地もありません。私は歩きながら、師父がおっしゃった「常人の心を放下し、法を得ればすでに神である」という法理を思い出しました。そこで私は悟りました。法を得ればすでに神であれば、私を制約するものはないのだ! 私にはなんでもできるのだと思いました。

  このように私は正法の道を歩み始め、真相を伝え、大法弟子としてできることを始めました。私は冬の間に一度も滑って転ぶことはなかったのです。 その後、当地の同修は、相次いで正法の道に一歩を踏み出し、特に、我が家の学法グループの同修は落後する人がなく、お互いに励ましあい、共に向上してきました。 

  私は数回強制連行されました。派出所、労働教養所、刑務所の中で正々堂々と真相を伝えました。ある留置場の女性警官は、最初のころはとても邪悪で、大法弟子を罵っていました。私はその女性警官に数回、善を勧める真相を伝える手紙を渡しました。その女性警官は変わりました。受刑者が大法弟子に暴行するときは、その女性警官は止めに入り、留置場の検査があるときは、大法の書籍を隠すよう事前に教えてくれるようになり、身体検査は形だけのものとなりました。私が労働教養所に移送されるとき、その女性警官は「転向に応じてはだめですよ」と励ましてくれました。私は、その女性警官が真相を理解し、素晴らしい未来を選んだことを嬉しく思いました。  

  我が家はメイン通りに面し、正法のいい場所となっています。正月になると玄関に貼り付ける対聯に、正法の標語を書きました。対聯を貼り付けることによって、多くの衆生は真相が分かり、我が家が法輪功を修煉しているということも分かるようになりました。あるとき、ある年配者に真相を伝えました。その年配者は、お宅の玄関にある対聯の言葉はとても素晴らしく、私は暗記したというのです。時にタクシーを利用するのですが、運転手さんは、お客さんの家の対聯はほかの家と違いますね、と言うのです。私はタクシーの運転手に法輪功が受けた迫害を暴露し、真相を伝えました。私は注意深く見ていましたが、我が家の対聯を読んだ人の多くは思わず微笑んでいました。

  私は師と法を強い信念で信じ、家族も、友人も大法を妨害する人はいません。みなが大法の素晴らしさを認め、支持してくれています。『転法輪』を読んだ人もいれば、大法の修煉を始める人もいました。もちろん皆が「三退」したのです。

  そして、私にだんだんと自己を実証する心が生じ始め、この数年来、正法の仕事をたくさんしてきました。私のような身体で健常者よりもよくできていると思い、幼いころから身についた勝ち気な心、争う心、負けず嫌いの心、面子を重んじる心、他人に言われたくない卑屈な心などがいっぺんに現れました。

  師父が私のこれらの執着心を取り除くため、最初に現れたのは同修たちが私を排斥し始めたことでした。私にほかの学法グループに参加してほしくない、その理由は、私を知る人が多すぎて、みなに危険を及ばしてしまうというのです。それが一つの学法グループだけでなく、多くの学法グループの同修に言われました。しかも私が参加したことによって学法グループを解散したところも現れました。なぜ突然こうなったのか悟りませんでした。数日後、解散したグループの同修たちから、学法する場所がないので困っていると聞き、我が家での学法グループに参加してくださいと誘いました。実はその同修たちは私を排斥していることが分かっていました。その同修たちとねじれが生じたことで、結果として誰も来ませんでした。

 (続く)

  2010年5月1日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/4/13/221473.html

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