日本明慧
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タレントへの情熱を無くす


文/中国の大法弟子

(明慧日本)煉功の時にずっと心を静められません。映画のように一つ一つ流れてくるので、苦に耐えられないからか、雑念が多すぎるからか、よく途中でやめてしまいます。自分で駄目だと思うものの、なかなかこの現状を打破することができませんでした。昨日ある若い大法弟子の交流文「7年間のタレントへの執着心を放下する」を読んで、突然自分も同じ執着心を抱えていることが原因だと分かりました。
 
 私は若い修煉者です。パソコンを使い始めた時から、いつも先に芸能ニュースからみるのです。それから大法のウェブサイトを見て、さらに暇な時にまた芸能ニュースを見ていました。いつも、自分は常人のように毎日facebookに入ったり、ドラマばかりを見たりということはしておらず、ただ芸能関係のニュースを読むだけなので、その中に悪党の文化はなく、単なる出来ごとだけで魔性はあまりないし、これはたいしたことではないと思い込んでいました。
 
  「7年間のタレントへの執着心を放下する」の中で、作者は自分自身の夢を語っていました。夢の中のおしゃれな若者が地獄の鬼のように見え、そしてメロディも鬼の叫びと変わらなかったのです。
 
 これで私も自分の経歴を思い出しました。数日前私はニュースを読む時に、偶然にある亡くなった有名人の回顧録を読みました。私が小さい時に、家はあまり豊かな家庭ではなかったためテープをあまり聞いたことがありませんでした。この有名人のことについてあまり知らなかったので、好奇心に駆られてこの人の経歴などを検索してすぐに好きになり、歌も自分で歌ってみたりして、現在の歌手と比べて、皆駄目だと思ったりします。さらに自分が音楽の修業をして歌手になればどれだけの人に好まれるかと妄想しました。しかし、この歌手のビデオを見た時になんとなく陰気が充満していると感じました。そして旧勢力がさんざん私の執着を拡大して、私は数日間学法も煉功もろくに出来なくなったのです。
 
 以前はあまりテレビを見なかったのですが、最近偶然にある番組の中で数年前に好きだった子役の女の子が、最近またテレビに出始めていることに気づきました。そして彼女のこれまでの関連ビデオを見て、彼女の成長につれて自分が激怒したりして、彼女の成功を祈ったりしました。たまに魔性もあると感じましたが、自分を慰めて、彼女は清純なので魔性ではないと思い込みました。
 
 いつも自分はもうドラマに対する執着心を放下したと思いきや、番組の紹介を見てすぐに興味を持って、インターネットで一気に見てしまい、長い時間をつぶしてしまいました。
 
 このようにしてドラマの中に溺れると、とても退屈になり、やはり修煉は大事だと思って修煉をします。こうして、繰り返しているうちに自分の執着心が分からなくなりました。
 
 同修の文章を読んでからやっと目が覚めました。これは情に対する人心、タレントへの執着心、彼女達がきれい、おしゃれ、多彩なことに注目して、羨ましいと思うのです。実は大法弟子こそ人間の主役で、佛法の修煉の中に表れたことこそ一番輝かしいのです。人間の華やかな一瞬は長くなく、しかもいまの変異した文化の中の番組が人の心に悪い影響を与えています。大法弟子にとって、このタレントへの心を無くさず、この情を抱えているならば、旧勢力にきっと常人の中に抑えられ、学法や煉功ができなくなり、さらに常人の中に溺れてしまいます。
 
 最後に、同修の皆さんと約束します。この執着心、この情を無くして、黒い手および卑しい鬼にチャンスを与えないようにし、この非常に貴重な現在において、精進し、修煉して師について法を正し、衆生を済度したいと思います。
 
2010年09月04日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/8/26/228783p.html

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