二〇一〇年ニューヨーク法会での説法
 

(李洪志、二〇一〇年九月五日、マンハッタン)

 

(全員起立し、長時間の熱烈な拍手)

 皆さん、こんにちは!(大法弟子の皆さん:師父、こんにちは! 熱烈な拍手) 皆さんお疲れ様でした!(弟子の皆さん:師父、お疲れ様でした!) これはなかなか貴重な大規模な交流会です。今回、参加する学習者も多く、二つの会場は全部満員だと聞いています。瞬く間に十年間が過ぎました。どのように迫害しても、大法弟子を成熟するまで鍛えただけに過ぎません。大法弟子は今回の邪悪で厳しいいわゆる試練を経験し、乗り越えてきました。迫害がいくら邪悪でも、皆さんは変わらず真相を伝え、衆生を救い、法を実証し、自分が行おうとすることについて明確に認識しています。大法弟子は常人の政治に参与しておらず、私たちは政権に興味がなく、修煉している人々なのです。しかし、迫害をする者は法輪功を迫害するため、「真善忍」を修煉する善良な人々を迫害するため、人類の道徳を壊滅させることも惜しまず、虚言や悪、暴力、色情など人類社会の最も悪いものを宣伝し、法輪功に対抗しようとしています。つまり、私たちは政治に興味がなく、人間の手中にある権力も欲さず、修煉できる環境、大法を信仰する自由だけを求めており、これで十分ですが、迫害をする者も完全に理性を失って迫害しているのではなく、これらの人たちが良い人になりたいとはっきりと分かっているのです。中共邪党の政権は人に良い人になってほしくありません。政権を樹立したその日から、ならず者が立ち上げた政権で、その後もずっと虚言、偽りをもって民衆を騙し、暴力で独裁を推し進め、このように作り上げた政権です。ずっと偽りと暴力による弾圧で政権を維持しており、ほとんどの宣伝と弾圧はうそ偽りなのです。その業績、宣伝した英雄人物、批判した悪人、宣伝した敵対勢力、立てた英雄人物、体裁の良い外見はいずれもうそ偽りなのです。世の人々、特に中国人はますますその本当の有様を認識できるようになりました。

 つまり、法輪功を迫害する期間中、法輪功の人々を迫害し、法輪功を打倒するためにそれらの邪悪なもの、良くない行為を放任し、それをもって「真善忍」という世の普遍的価値と対抗しようとしています。その結果、社会でこれらの良くないものが公然と氾濫し、ますます収拾がつかなくなりました。これらの良くないものは社会で勢いを形成し、逆にそれら自身の政権をも脅かすようになり、今この局面を収拾しようとしても、すでにできなくなりました。言い換えれば、法輪功への迫害は結局、自分自身を倒してしまい、現在はこの過程の終盤に入っています。当初から言っていましたが、邪党の不面目な終末はほかの人によって打倒されたのではなく、悪を働いたことの報いであり、自業自得なのです。大法弟子として、皆さんも自分が何を行なっているのかを非常にはっきりと、明確に認識する必要があります。ここまで歩んできましたが、私は修煉者の原則を変えたことがないため、一部の学習者は愚かになってはならず、人心であれこれを考えないでください。

 三界全体の構成、創世の当初はいずれも最後のこのことのためにあります。人類では、良い人が世の人を救い済度し、社会を良い方向へ導き、この世界と人類を救っていることとして現れていますが、宇宙では、実は法を正しており、計り知れないほどの衆生と巨大な宇宙、無量の天体と関係し、人類のわずかばかりの利益、政治などちっぽけなものとは比べようもありません。しかし、大法弟子は常人の中でこのことを行なっており、大法を頼りに是非を見分けるしかありません。俗世に入ると、迷いに入ってしまったため、誰も真相を見ることができず、この法をもって皆さんの行動を指導するしかありません。数年来の実践も証明しましたが、大法弟子は法をしっかり勉強していれば、方向を見失うことがありません。この社会がどのように複雑であっても、表面の現象がいくら変化しても、さらに各種の人心、各種の人間の考え、各種の人間の執着を刺激するものと誘惑、すべての表象はいずれも修煉者を妨害していますが、本当にこの法に従って修めることができれば、虚像に惑わされることはありません。

 大法弟子は、数年来歩んできた道を本当に冷静に振り返る必要があります。多くのことは秩序がないように見えますが、実はいずれも秩序があり、法を正すために残された最後の歴史の一歩一歩は皆さんのために延ばされています。大法弟子が迫害される前にもここで大規模な法会を開いたと覚えています。当時、多くの学習者が参加しましたが、今皆さんはまたやって来たのではありませんか? 邪悪はますます世の人に認識されるようになりました。大法弟子はいったいどうなのか、法輪功はいったいどういうものなのかも、ますます世の人に認識されるようになります。誰が正なのか、誰が邪なのか、誰が良いのか、誰が悪いのか、それらのでっち上げの罪名と誹謗中傷はいずれも世の人に認識されるようになります。邪悪のならず者の政権は打倒したい相手に罪名をでっち上げています。これはその一貫した手口であり、今は暴露されつつあります。中共のこれまでの政治運動にも同様にこの卑怯なやり方が使われていました。まず迫害される者のデマを流し、マスコミは一斉に批判し、国民の感情を煽り、無理やりに国民を迫害に参加させ、そして相手を打倒する、これがいわゆる「国民運動」なのです。今回、このやり方は効かなくなりました。そうですね、宇宙で法を正し、宇宙の神々がみな注目しており、多くの佛道神も参加しているので、悪人の言う通りになるのでしょうか? ただこの狂気じみた邪党を利用して大法弟子に試練を与え、生死の前に大法弟子の執着心を取り除き、それによって大法弟子を円満成就させ、それらの大法弟子になれない人をふるい出しているだけで、この過程に過ぎないのです。しかし、この過程で事の真実をなかなか認識することができず、迷いにいる人、この過程にいる人だけに、その難しさが分かるのです。先ほど話したことはつまり、大法弟子が素晴らしく、迫害を乗り越えてきましたが、一部の人は方向を見失ってはならず、自分が何を行なっているのかを分かるべきだということを皆さんに教えています。

 もう一つのことについて話したいと思います。大法弟子は長年の迫害の中で、迫害を暴露し続けており、世の人々に迫害の中で着せられた濡れ衣を認識してもらい、これは実は世の人を救っており、なぜならば、本当に迫害されているのは大法弟子ではなく、世の人々だからです。以前からもこのことを話していましたが、大法弟子はただこの巨大な圧力の中で、実際の生と死という試練の中で円満成就に向かうための過程にいるに過ぎません。これまでの正教に対する迫害はいずれもこの手口を取っていたのではありませんか? 以前話したことがありますが、人類はいつも正しい教訓ではなく、間違った教訓ばかり覚えています。大法弟子はいくら苦しくても、ずっと世の人を救っており、各プロジェクトで皆さんもこのことを行なっています。衆生を救い済度し、邪悪の迫害を暴露することが有効的に行なわれるため、大法弟子は多くの真相を伝えるプロジェクト、人を救うプロジェクトを立ち上げました。大きいプロジェクトもあれば、小さいプロジェクトもあり、マスコミもあれば、ネット封鎖を突破するプロジェクトもあり、各種の環境で、社会の各階層で様々な形で法を実証し、衆生を救い済度しています。皆さんはとても素晴らしく行なっています。より良い作用を有効に十分に発揮するために、いずれも大法弟子は自発的に集まり、効果的に人を救う幾つかのプロジェクトを立ち上げました。ここで、師父は皆さんを認めます。師父からしっかり行なっていない、あるいは必要がないと言われていない限り、そのプロジェクトを遂行し、しっかり行なってください。人を救うことができれば、行なってください。師父から一々、認めてもらう必要はありません。

 今までの修煉者は、ご存知のように、個人の円満成就を目的としていました。大法が歴史上伝えだされるという大きな出来事の出現は小さなことであり得るのでしょうか? 宇宙の法が人間に伝えだされ、これは普通の人の修煉なのでしょうか? 釈迦牟尼は在世中、羅漢の法を伝えました。大乗佛教は釈迦牟尼が世にいなくなった後にできたもので、厳密に言えばそれは変異したものです。つまり、羅漢までしか成就できません。しかし、大法弟子はいずれも天上から降りて法を正すために師に手伝いにきた王であり、宇宙で法を正すためにこれほど大きな根基を持つ大法弟子が現れたのであって、これが根本的な原因です。救われ済度される世の衆生も普通の者ではなく、普通の生命は宇宙の大法と大法弟子に済度される資格がありません。現在の世の人の多くは天上の生命が世に下り、人間になり、背後には厖大な生命群と繋がっています。これほど大きな事は普通の修行者にやり遂げられず、修煉の果位も普通の修行者が及ぶものではありません。このことは今までの人間が知っているほど簡単なことではありません。

 私は話したことがありますが、今までの宗教にしても、各種の信仰、各種の修煉方式にしても、人類の修煉と各種の神を認識するための文化を築いていただけです。この文化を築いたこれらの人、覚者がいなければ、今の人は修煉とは何か、天上に神がいること、どのような神がいるのかを知ることができません。天上に佛と道がおり、人間が知っているイエス、エホバなどの神もおり、もちろんほかにもたくさんの各種の神が存在し、彼らは人類が神を認識できるようその文化を築き、それによって人間は歴史の過程で神がどういう姿をしているのか、どういう行動をするのか、修煉とは何か、修煉にどういう形式があるのか、どのように修煉するのかを認識できるようになりました。この文化が築かれてから、私の今日の説法はだいぶん簡単になりました。私は神とは何か、修煉とは何か、どのように神の境地に到達するのかについて話す必要がありません。多くの最も表面的なことを私が説明する必要がなくなりました。つまり、人々はみな知っており、分かっていて、この文化はすでに築かれたのです。これは即ち、歴史上覚者がこの世に下りてきた本当の目的です。しかし、今日は違います。今日の大法弟子は宇宙で法を正すことと巡り合い、誰が言ったのかに関係なく、予言にしても、能力のある人が知っている幾らかの現象、分かっている幾らかの状況にしても、つまりこの段階に入り、大法弟子はこの最後の段階のことを行なっています。

 すべての大法弟子は素晴らしいのであって、来た次元はいずれも普通のものではなく、人類史上で人類の文化を切り開いたのです。歴史上多くの有名人はみな大法弟子になりました。覚者だったにしても、有名な文人、歴史の名将または民族の王だったにしても、歴史に名を残した人は素晴らしい人です。多くの素晴らしいと思われた出来事は名と事績が残されておらず、それは神が許してはいないからです。普通の人は名を残す資格がなく、なぜなら、人類の歴史自体も法を正すことと法を実証するために造られたもので、どういう文化と人類の理念を残すのかは由々しき一大事なのです。人類の本当の歴史と目的は簡単なものではなく、大法弟子の修煉と人を救うこと自体は宇宙で法を正すことと関係しています。

 皆さんご存知のように、一九九九年七・二十から現在までの一歩一歩の社会の変化、人心の変化を目にし、同時に人々の大法弟子と中共邪党への認識と態度も目にしました。当時のあの邪悪な情勢を前に、大法弟子は何もしなければ、代りにしてあげる人はいません。なぜなら、人間は大法弟子に救われるのを待っているからです。本当に迫害されているのは皆さんではなく、世の人なのです。人々は法輪功が迫害され、大法弟子が迫害に反対しているのを目にしていますが、実は迫害に反対することは表象であり、人を救うことこそ真相なのです。邪悪を暴露するのも人を救うためであり、中共邪党は神を認めておらず、国民にも神を信じさせないからです。無神論自体は甚大な罪です。神はあなたを造ったのに、あなたは神を認めようとしないのでしょうか? それなら、神によって淘汰されるしかありません。大法弟子は人を救う過程でより効果的に作用を発揮するために、各プロジェクトに多大な精力を注ぎました。これを見て、私はとても嬉しく思います。つまり、この迫害の中で皆、覚者の威徳を築いており、迫害する者は大法弟子が円満成就に向かう過程の邪悪の現れであり、本当に迫害されているのは世の人です。

 世の人はどのように迫害されているのでしょうか? 皆楽しく生きており、道徳が滑落した社会で悠々自適に生きているのではありませんか? ご存知のように、この世の人の多くは天上から来た者で、しかも多くは天上から遣わされてきた代表者であり、その天体、その宇宙の衆生を代表しています。目的は最後の時に救われるようにするためです。救われるかどうかは、この世にいたとき大法が伝え出されてからの行動を見るのです。その人の態度は、その背後の代表している宇宙生命の法を正すことに対する態度の表れでもあるからです。人間は神のように行動せず、人間の境地に入ると、次元が低くなり、人間の表現形式で行動するしかありません。今日、師父はここで法を伝えるときも、神のように伝えてはならず、人間の言葉で話し、人間の行動をもって皆さんと一緒にいるのです。ですから、多くの人ははっきりと認識することができません。人々は法輪功が迫害されていると思っていますが、実は世の人々が迫害されています。なぜでしょうか? 今回の迫害の中で、邪悪の虚言を信じてしまい、法輪功を恨んでいますが、法輪功は宇宙大法のこの世での呼び名であり、大法弟子は法を実証し、衆生を救い済度する法の徒であり、重大な使命を背負っているからです。つまり、神の使者なのです。もし、世の人が心に大法と大法弟子に対して良くない念を抱いていれば、または「真善忍」という宇宙の根本的法理を誹謗中傷し、または認めようとせず、特に直接大法弟子への迫害に加担したり、大法の悪口を言ったり、大法に対して良くないことを行なった人は、神に淘汰され、消滅されてしまいます。大法弟子はいくら厳しく迫害されたとしても、神の道を歩んでおり、先に行くにしても後で行くにしても、いずれも円満成就し、位に帰すのです。しかし、本当に迫害されているのは人間ではありませんか?

 宇宙に無量の衆生と数え切れないほどの各種の神がいます。厖大な宇宙はこの上なく神聖であり、釈迦牟尼のような次元の神は天上では数え切れないほどいます。釈迦牟尼佛はかつてガンジス川の砂の数をもってその数の多さを表現したのですが、実は地球のすべての砂を合わせても、この次元の神佛の数の多さを表現することができません。これもある境地での神佛の多さを表現しているだけです。これと比べて、人間は何者なのでしょうか? 取るに足らない微々たるものです。しかし、人間は次元が低いのですが、その背後は高次元の生命と繋がっており、多くの世の人はある天体の生命の代表者です。これらのことは迷いの中にいる人間に分かっておらず、本当の自分が誰なのかをなおさら知らないのですが、その背後の無量の高次元の衆生を代表しています。それなら、これほど大きな法、これほど素晴らしい大法弟子は普通の常人を救いに来たのでしょうか? これはあり得ないことです。現在、この世にいる多くの人は内的な要因を持っています。もし、ある人が巨大な天体の代表者であり、一つの世界またはある次元の宇宙、天体の代表であれば、天体は一つの循環体なので、数多くの宇宙体系がいくら大きくても、各自体系を有しており、さらに高い次元にその体系が存在し、それより高いところにも体系があり、その上にさらに体系があり、上に行けば行くほど、体系が大きくなり、衆生はますます無量になり、神もさらに大きくなり、生命も数え切れないほどいます。全体の宇宙は果てしなく大きいのです。大法弟子は一人の人を救っていますが、単なる一人の人間という概念ではなく、巨大な生命群が救われることになります。逆に言えば、ある人の大法と大法弟子に対する態度はその人の簡単な行動ではありません。もちろん、人間の表面がはっきりと認識できなければ、その人とその人が代表する衆生が救われることの障碍になるので、真相を伝える必要があるのです。

 先ほど、このことは大きな出来事だと話しました。今日たくさんの人が法を聞いており、大法弟子は問題ないのですが、新しい学習者と法輪功の支持者や家族は聞いてよく分からないかもしれません。法会なので、私が大法弟子に説いた法であり、このように話すしかありません。これはなぜ宇宙の大法が人間の世で伝えられているかの理由です。大法弟子がどういう人を救っているのか、こういう人だけが大法弟子に救われる資格を持っており、宇宙大法がこの世に伝えられていることにふさわしいのです。これほど大きな出来事です。人間そのものに関して言えば、人間は低い次元にいながら背後に厖大な生命群と繋がっていますが、この世ではこの境地、この次元にいる普通の人なのです。つまりこういう関係です。あなたは最も低い次元にいますが、もし宇宙の法に罪を犯したら、または宇宙と無量の衆生を造ったこの法を認めず、反対しているのであれば、あなたはどこに行ってしまうのでしょうか? 人間は死んだ後にも行き場があると言っており、宇宙のすべてがこの法に造られていますが、あなたはどこへ行くのでしょうか? 宇宙にある絶対的な死亡物質までこの法によって造られたので、この法に反対していれば、あなたはどこへ行くのでしょうか? 『聖書』でエホバ、イエスも話したことがありますが、聖徒を迫害する犯罪者は永遠に罪を背負い、永遠に刑を受け、尽きることがありません。新しく造られた宇宙になっても、この長い歴史の間で犯罪者は尽きることなく罪に耐えなければなりません。これは本当に恐ろしいことです! それは止まない苦痛であり、宇宙大法に罪を犯したら、それほど大きな罪になります。人間はまだ人間のままですが、上界の衆生の代表でもあります。人間は大法に対して罪を犯したら、背後の代表している生命群は上から下まで天体にいる、無量の神と各種の衆生も含まれますが、漏れることなく消滅されるのです。宇宙で法を正しているため、慈悲は大きな劫難がやってくる前のもので、法を正すことは厳格で無情なのです。

 私の法は常人に説くものではなく、大法弟子に説くためのものです。大法弟子は皆、どういうことなのかを知っています。つまり、本当に迫害されているのは人間であり、根本的に淘汰されるのは人間なのです。実は、迫害が起きた目的の一つは大法弟子に試練を与えるためであり、もう一つは宇宙の旧生命を淘汰するためで、中に人間も含まれています。旧勢力は人間が救われることを完全に阻んでおり、なぜならば、宇宙の旧勢力は宇宙がだめになり、衆生も皆だめになり、全部消滅すべきだと思っているからです。修煉者は厳しい試練を経る必要があり、しっかり修めなかった大法弟子は淘汰されてしまい、世の人とそのほかの衆生も残してはいけません。皆さんが読んだ多くの予言はこのように書いてあるでしょう。一万人、または千人に一人が残ると言っている人もいれば、十世帯に一世帯しか残らないと話す人もいます。いずれにせよ、それらは大量の衆生を消滅しようとしています。しかし、大法がこの世で広く伝えられることと、衆生を救い済度することの根本的な目的はこのすべてを救うためであり、衆生が救われ済度されるようにすることが根本的な目的なのです。そのため、できるだけ多く行ない、できるだけ多く救って下さい。

 宇宙の旧勢力が法を正すことに参与したこと自体は、大法が法を正すことにとって魔となったのです。ご存知のように、人間のいかなることも相生相克であり、正と反が共存しています。人類社会はこのようになっています。人間自体は善もあれば、悪もあるという環境で生きており、人間を構成する物質にも善と悪の二つの物質要素があります。ですから、人間が怒っているとき、理性を失ったとき、凶暴なとき、悪意を持ったとき、恨みの念を抱くとき、正気を失うほど喜んだときはいずれも、魔性です。理性的で、慈悲深く、善良なときは佛性であり、善性なのです。この世には良い人、悪い人、善、悪があり、天上には佛がいます。佛は即ち法王ですが、魔王もいます。もちろん、すべてこのように対応しており、非常に高い次元まで正と負が対応しています。正と負で旧宇宙のすべては均衡を保っています。宇宙の旧勢力は大法が広まり、すべて善であるのを見て、多くの魔と魔難を造ったのです。こうして、それら自体はまさに法を正すことを妨害する魔となり、宇宙大法を妨害する魔となりました。つまりこういう関係です。

 つまり、大法弟子が長年行なったすべてはみな、人を救い、真相を伝えているのです。多くの大法弟子がひどく迫害されていても、いずれも神に向かう道を歩んでおり、先に行っても後で行っても、すべて円満成就します。しかし、常人の場合、この機会はありません。大法弟子の生命はなぜこれほど特殊なのでしょうか? 歴史の久しい昔からこの基礎が築かれ、大法弟子はずっとこのように歩んできたからです。大法弟子の中に当時のイエスの門弟もいれば、釈迦牟尼佛の弟子もおり、もちろん、皆さんが知らない神とその弟子もいましたが、あなたは本当に彼の弟子ではなく、大法弟子であり、今日を待つために彼らの弟子となったのです。つまり、当時、聖者らとともに人類の文化を切り開きましたが、今日この文化を利用して人を救っているのです。

 前回のアメリカ首都ワシントン法会の後、多くの学習者は師父が各プロジェクトの会議に皆さんに会いに行くと聞いて、たくさんの招請がきました。(皆笑って) 各プロジェクトからたくさんの招待状が来て、大きなプロジェクトも小さなプロジェクトも師父を会議に招こうとしているので(皆笑って)、師父はすべて応じるわけにはいきません。先ほど話したことは実は、皆さんが非常に良く行なっており、師父に一々認めてもらう必要はなく、あるいは一人ひとりを認めてもらう必要がないということを皆さんに教えたいのです。今日まで歩むことができ、衆生を救い済度することを行なうことができれば、あなたは即ち、自分の道を切り開き、自分の威徳を樹立し、自分の歴史的使命を果たしているのです。多くのことはまだ迷いの中にあるので、師父が説明しても、はっきりと説明しません(師父が笑って)。ですから、皆さんに言っておきますが、皆さんが私を招きたいと思っていても、本当に行くことができません。(皆笑って) しかし、今日来た以上、皆さんをがっかりさせたくありません。皆さんはいつも師父に何かを話したいと思っています(弟子が拍手)。 人が多いのですが、メモを出して、それに回答します。しかし、個人的な質問、衆生を救い済度すること、大法弟子が必ず行なうべきことと関係ないことについて、質問しないでください。質問が多すぎて、一人ひとり皆質問を出したら、明日のこの時間になっても終りません(皆笑って)。 分会場の人も質問を出していいのです。

 持ってきてください。とりあえず持ってきてください。

 

弟子:『洪吟二』にある「四大はすでに風化した」とはどういう意味でしょうか?

師父:回答してあげてもいいのですが、この質問は現在衆生を救い済度することとあまり関係していないと思います。地、水、火、風はつまり、釈迦牟尼佛が言った四大であり、ある天体の境地ではこれは宇宙が生じる根本的な原因です。はっきり説明しますが、ある境地では宇宙が生じる根本的な原因は四大ですが、これは最後の根本的な原因ではありません。天体の成住壊という特性によって、長い歳月で壊に至り、見た目では風化、解体しています。

弟子:韓国大陸の大法弟子は師父に会いたいと思っています。

師父:ありがとうございました。こういうメモをもう出さないでください。皆師父に会いたいと思っていると私に分かっています。師父も皆さんに会いたいと思っています! (弟子の皆さんの熱烈な拍手)

弟子:北京の大法弟子は最後になればなるほど、師父に会いたいと思っています。

師父:これはもう読み上げません。質問を読み上げましょう。

弟子:北京農業大学、地質大学、航空航天大学、林業大学などなどの大法弟子は師父にご挨拶を申し上げます。

師父:挨拶はもういいでしょう。読み上げるのに、時間がかかるので。ありがとうございます。(弟子が拍手)

弟子:南昌市、広東省、湖南省、西寧市のすべての大法弟子は偉大な師父にご挨拶を申し上げます。

師父:挨拶のメモをもう読みません。まず質問を回答します。まず、質問を読んで回答します。

弟子:タイのすべての学習者は師父にご挨拶を申し上げます。

師父:やはり挨拶です。ありがとうございます。

弟子:四川省資陽市、成都市・・・(皆笑って)

師父:やはり挨拶です。

弟子:どのようにすれば、人間の中で形成された観念と執着を早く取り除くことができるのでしょうか?

師父:(笑)難や解決できないことに遭うとき、いつも何かの方法がないかと考えています。実は大法に基づいて着実に修煉するしかなく、近道はありません。一人の人が神に向かおうとしていますが、近道を探してみると言うのであれば、(笑)それは着実な修煉による向上なのでしょうか? それではいけません。着実な修煉によってはじめて向上することができます。

弟子:ワシントンDC法会の後、多くの大陸の弟子は大陸でも無条件に協調人に協力すべきだと思い、昔の責任者を探しだして総協調人にしています。しかし、昔の責任者の多くは長い間、本当の意味で表に出ていません。

師父:昔の大陸にあった大法弟子の煉功点の責任者は、修煉が良くできているから責任者になったのではなく、仕事をする能力と意欲があるから、責任者にしたのです。修煉者のことは修煉者によって行なわれるべきです。仕事の能力だけを見てはならず、この人が修煉できるかどうかをも見るべきです。これは永遠に変えてはいけないことです。

 前回の説法の時、わざわざ「大陸以外の国際社会の大法弟子」という言葉を付け加えました。中国大陸はこういう状況ではないので、彼らに対して説いたのではありません。

弟子:大陸の精進している学習者は真相を伝え人を救うことに忙しくしているため、法の勉強と煉功の時間が十分ではなく、迫害されてしまいました。一方、一部の学習者は法の勉強と煉功に大量の時間を使い、めったに真相を伝えません。このような学習者はたくさんいます。この状況下でいつになったら、充分な人を救うことができるのでしょうか?

師父:真相を伝えていますが法を勉強していない人と、法を勉強していますが真相を伝えていない人がいるということですね。(皆笑って) これは旧勢力が大法弟子を迫害する口実でもあります。このことを本当に正しく扱うべきであり、人を救うことは常人にはできないことで、必ず修煉者が行なうべきなので、あなたは法を勉強し修煉し、修煉者になる必要があります。常人が行なっても認められず、常人にこの威徳もありません。修煉者がこのことを行なわず、法だけを勉強していますが、なぜ法を勉強するのかを知っていますか? つまり自分自身を成就させ、衆生をも救い済度するためです。法を勉強すれば、あなた自身は法を得たのですが、得ること、大法からメリットを得ることばかり考えているのでしょうか? 言い換えれば、大法弟子が迫害され、大法が汚されているのに、あなたは立ち上がって何も言わないのであれば、法を得る資格があるのでしょうか? つまりこういう意味です。

弟子:北欧の一部の西洋人学習者は日付によってランダムに『転法輪』を読む形を取っていますが・・・。

師父:この言い方とやり方はありません。皆さんはできれば、法を勉強する時間を固定したほうがいいのです。集まって法を勉強するやり方は私が皆さんに残した形です。しかし、精進して法を勉強すべきであり、いつも勉強しているので、方向を見失わず、自分の道を正しく歩み、行なうべきことをしっかり行うことができます。法を勉強する状態を変えないでください。ほかでもなく通して読むのであり、新奇をてらい、特別な何かをしないでください。法を選んで勉強したり、何かの形で勉強したりするのは、人心によるものだと思います。

弟子:わが地区のある神韻の協調人は様々な理由で今、出てこなくなり、意気消沈しています。お話をいただけないでしょうか?

師父:私はその人に対して結論を出してはいけません。(皆笑って) このことが終わらない限り、大法弟子は修煉の中にいて、関に遭うことがあり、できるかどうかを見ています。私は彼の道を塞いではいけません。すべての人は悟っており、修煉しています。彼が出てきていないように見えますが、本人はつらくて、関の中にいます。関に遭っている人は皆このようになります。自らをどのように対処するかが最も肝心なのです。

弟子:第一責任者を信じないことはつまり、師父を信じないことだと言っている学習者がいますが、これは正しいのでしょうか?

師父:このことを皆さんにもう一回説明する必要があります。私が言ったのは各プロジェクトの主要責任者、あるいは地区の佛学会の主要責任者のことで、この責任者は非常に重要です。それ以下の責任者、ほかの地区の責任者、各部門の責任者はそれほど重要ではありません。しかし、大法弟子として、師父は皆さんに状態を変えるよう要求した以上、このように行ない、管理に服従し、指示に従うべきです。なぜなら、各部門が何かを行なうのも最も主要な責任者が出した指示だからです。この関係についてもう一回言いますが、私が言ったのは主要責任者、大きなプロジェクトの責任者と各佛学会の第一責任者のことです。それ以下の具体的な各部門、佛学会以下の各地区の煉功点、学法チームはこの限りではありません。私はこれについて言っているのではなく、そういう責任者はプロジェクト全体に対して責任を持っていないのです。しかし、多くの地区の責任者、各プロジェクトの部門責任者はプロジェクトの第一責任者から指示されて行動しているので、彼らの指示にも従い、しっかり行なうべきです。本当に深刻な問題がある場合、通常のルートで報告していいのです。ただ、長年ある習慣が形成され、いつも誰それを見下している心がなかなか収まらず、外に向けて探すのが癖になっています。この状態を取ってあげます。私はこのものを取ってあげます。このまま続いてはいけません。この時期はすでに過ぎたのです。

 以前はなぜ言わなかったのでしょうか? 最初からこのようにすると、どういう状態が現れるのでしょうか? 責任者の言うとおりに動いてしまい、皆さんは自分の道を切り開くことができなくなるからです。同時に、責任者が皆さんを間違った道に連れていってしまっても、それに気づかないのです。さらに、責任者自身も関に遭わないと、修めることができません。私の言った意味が分かったでしょうか? これはつまり、数年前に私がなぜこのように行なうように言ったのかの理由であり、このことに触れませんでした。現在、責任者はこの十年来の鍛えと修煉の過程で、すでにたくさんの関を乗り越え、自分の道を切り開き、絶対多数の責任者はすでにどのように行なうべきかを認識したのです。今、この状態を変える必要があります。同時に、習慣的に問題に遭ったら外に向けて見たり、探したり、責任者を見たりする心を取り除くのです。以前、外に向けて見ることに慣れていたので、いつも責任者のことが気に入らないのですが、今でもまだ直っていません。(皆笑って) それではいけません。直す必要があります。しかし、責任者に関して言えば、本当に良くできていない人がいます。良くできてはいませんが、主流が良いので、師父はまだ観察しています。

弟子:ある学習者から、私があるマスコミの仕事に関わりながら、ほかのマスコミの番組制作を引き受けたことは一つのことに打ち込んでいないと指摘されました。

師父:大法弟子は幾つかの仕事を掛けもちして、この仕事もあの仕事もしっかりこなすことができれば、やっていいのです。これも完成させていないのに、ほかの仕事も引き受けたなら、どれもしっかりこなすことができません。ですから、これらのことは自分で正しく対処すべきです。中国東北地方に「トウモロコシを採る熊」という言葉があります。(皆笑って) 熊ですが、どのようにトウモロコシを採っているのでしょうか? 一本を採ったら脇に挟んでおき、もう一本を採ったらまた脇に挟み、さらに採ったらやはり脇に挟んでいます。結局、一本しか採れませんでした。(皆笑って)

弟子:最近、大陸のある地区の良くできている協調人は病業の形でこの世を去り、とても胸が痛いのです。周りの学習者も自分の責任について反省していますが、ほかの原因があるのでしょうか?

師父:これほどたくさんの迫害を経て、たくさんの道を歩んできたので、これらのことがなぜ起きたのかは皆さんが知っています。ほかの学習者に聞けば、分かると思います。

 多くのことに関して、旧勢力はこのように按排したのです。もちろん、按排の時、学習者自身はそれが旧勢力だと分からず、そのとき師父はまだそれが旧勢力だと言いませんでした。その学習者は按排を受け入れ、約束してしまったのです。そのとき、このように行なうべきだと思い、幾つかの約束をしてしまい、時間になったら、それは旧勢力が迫害を加える口実となったのです。ほかの状況もありますが、例えば、多くの人はほかの人がどのように修めているのかを見ており、ほかの人の真似をし、自分の道を歩んでいません。それなら、旧勢力はその人に早くこの世を去ってもらい、その中から皆さんの心がどのように動くのか、修煉を続けるかどうかを見るのです。修煉は必ず心から積極的にしなければならないもので、本当に利益の前で、名と情の心がえぐられる痛みの中で放下できるようになるべきです。ほかの人ができているのを見て自分もできますが、ほかの人がだめだと見て、あなたもだめになり、皆このようにしたなら、その人を危険な境地に立たせてしまうのです。人心はその人を早く行かせてしまいました。旧勢力は口実を掴んで、彼を生かさないのです。なぜなら、旧勢力は彼のせいで、たくさんの人が彼の行動を見ており、着実に修煉していないと思っているからです。これらの人ができるかどうか、修めることができるかどうか、その修煉が本物なのか、それともうそ偽りのものなのかを見るのです。自分で修煉しなければなりません。それらに本当に弱みを掴まれたなら、師父も成す術がありません。なぜなら、それらは理を掴んだからです。それらは、「あれほどたくさんの人がいるのに、誰が真に修煉していますか? その人にこの世を去ってもらう必要があります」と言うのです。ですから、修煉の中で必ず自分の道を歩み、自らを修めるべきです。

 もちろん、この二つの状況だけに限りません。長い間、病に執着している人も危険です。大法を修めたから、病が治り、大法が見守ってくれるし、大法弟子の中にいれば、病にかからないと思い、何も恐れないと思っている人がいるからです。これはなんと強い人心なのでしょうか? 真に着実に修煉しに来たのでしょうか? 大法が守ってくれるものだと思っているのでしょうか? 最初からこのように思っていなくても、これも執着なのです。

 私たちが円満成就するとき、執着が一つも漏れることなく修めるのではありませんか? 人心にいかなる漏れもないということです。どの人心もあってはならず、全部取り除くべきです。このことで一部の学習者がこの世を去ったのです。多くの魔難を経たので、多くの学習者がどういうことなのか分かったと思います。これについて多く説明しません。これらの問題は皆さんがすでに歩んできた道なのです。

弟子:国内の一部の大法弟子は迫害された後、出てこなくなりましたが、遅れを取っている弟子が法を正す進展を長引かせてしまいます。師父にご教示願います。

師父:そういう人で長引くことはありません。時間は人間を待たないからです。師父は再三に機会を与えているだけで、中間の過程では待っていいのですが、本当の最後の時間は延ばしてはいけないのです。

弟子:大陸の大法弟子は現在の法を正す過程でどのようにさらにしっかり行うべきでしょうか? 師父にご挨拶をするようにと頼まれました。

師父:衆生を救い済度し、真相を伝え、大法弟子として行うべきことを行い、自らをしっかり修めます。新奇をてらったり、小道のものをやらないでください。正々堂々と三つのことをしっかり行なってください。皆さんに感謝します。(拍手)

弟子:資金集めに関する法理をもう一度ご説明ください。海外で立ち上げる必要のあるプロジェクトのためにお金を出す学習者もいれば、力を貸す学習者もいますが、これは資金集めなのでしょうか?

師父:実は資金集めのことについて、私は主に中国大陸に対して話したのです。海外ではあまり見受けられませんが、台湾では大法弟子の隙に乗じる人がいます。しかし、中国大陸にこのような悪い人がたくさんいるので、私は主に中国大陸に対して話しました。ほかの地区ではあまり見受けられません。一部の大法弟子がお金を出し合って何かのプロジェクトを立ち上げるのは資金を集めているとは言えず、ほかの人にお金を要求していないので、資金集めではありません。もちろん、商売をする学習者と経済的に余裕のある学習者がお金を出して大法のプロジェクトを援助するのも資金集めとは違います。これらは積極的に心から行なったことで、何かに影響することもなく、その学習者も経済的に余裕があり、これは資金集めではありません。会員制にしたり、自らあちこちで学習者から資金を集めたりするなどのことをしてはいけません。このようにした人は間違っています。

弟子:最近、一部の地区で学習者に病業の現象が目立っているため、一緒に正念を発し、病業をもたらした生命を善解しようと提案する学習者がいます。「善解」に関するこの理解とやり方は正しいでしょうか?

師父:大法弟子は慈悲深いのであって、師父の法身も皆さんの各種の善縁と悪縁を善解しています。考え方は間違っていませんが、そういう状況なのか、それとも正念が足りないから取った方法なのかを見るべきです。

 病にかかって、大法を修めて治った人がいます。本当に治ったのですが、旧勢力はあなたの心を取り除き、あなたができるかどうかを試したいとき、以前の病気のところがまた痛くなるようにし、または病状が現れ、症状まで同じで、あなたが大法を信じるかどうかを見ています。このとき、どうしたらいいのでしょうか? 人間なのか、神なのか、一念の違いです。正念が生じ、このすべてが虚像で、旧勢力の妨害であり、長年大法を修煉しているので、この状況は起きるはずがないと思い、本当に心からの一念が生じれば、すべてが消えてしまいます。しかし、これは人間が言えばできることではありません。確固たる正念はあなたの内心から来るもので、形式的なものではなく、口で言うものでもありません。例えば、「師父がこのように言うと教えたので、私もこのように言います」という人がいますが、心が安定せず、または師父に見せるために言ったのであって、その境地に達しておらず、その念が生じても妨害を動かすことができず、旧勢力の仕業を撃破することができなければ、それではいけません。それは修煉を通じて生じた正念でなければなりません。

 皆さんがこれらのことに正しく対処できるよう、私は皆さんに真に法を勉強し、着実に修煉するようにと言い続けています。正念が強ければ、本当に神のように山を切り裂くほどの力を持ち、一念で山を切り裂いてしまい、そのとき旧勢力はまだ何ができるのでしょうか? 正念が現れると、何ものにも阻まれることはありません。ですから、最もひどく妨害され、最も深刻に迫害されている人の多くはあまり精進していない学習者であり、あるいはいつも法を勉強していない人、法を勉強するときほかのことを考えている人です。こういう場合が多いのです。本当にしっかり修めている大法弟子は妨害されることがなく、少しも妨害されません。しかも、正念が強く、ほかの人をも助けており、本当に師が法を正すことを手伝っています。

弟子:多くの大陸の学習者は「法輪大法は素晴らしい」のお守りを真相を伝えるときの必需品として、人に会うたびに配っており、真相を深く伝えていません。

師父:これはもちろん、間違っています。何のためのものかも分からないまま、一つあげましょう。(皆笑って) 相手は労働教養所で大法弟子を迫害したばかりの人で、彼に一つをあげて、何の意味があるのでしょうか? 彼の何を守っているのでしょうか?

彼に問題がないように、引き続き大法弟子を迫害することができるように守っているのでしょうか? 相手に真相を伝え、彼が分かるようになり、悪事をしなくなり、本当に相手を救ってからお守りをあげるのです。着実に行なうべきであり、人を救うことはチラシを配ることではなく、一枚配れば一枚の効果があるようにすべきです。

弟子:大陸の学習者は重い病にかかっている親族または友人に、「法輪大法は素晴らしい」と言うように教え、しかも病気がきっと治ると言っています。

師父:現在の大陸の状況から言えば、もしこの人はあの邪悪な環境で本当に言う勇気があり、ひいては声を出して言ったなら、治るのです。(皆、拍手) しかし、平和な環境で言えば、必ず効果があるとは限りません。なぜでしょうか? 大陸に邪悪の圧力があり、立ち上がって大法が素晴らしいと言うことと、アメリカというところで軽々しく言うこととは違います。アメリカの町で「法輪大法は素晴らしい」と大声で言えば、警官も一緒に手を振ってくれます。(皆笑って) 圧力がないのです。しかし、もし心から大法が素晴らしいと言うのであれば、それも作用があります。ですから、効果の有無は心と環境によります。環境が良く、平和的で、圧力がなければ、さらに情況をも見るべきです。これは人心を見ています。

弟子:中国大陸で法輪功を練習したことがない人が海外で滞在資格を申請するため、煉功点に来て、五式の功法を学び、各種の活動のときに写真を撮り、うそを言って政府に難民申請をしました。家族のために証明書を出す大法弟子もいます。これは法理の要求に合っているのでしょうか?

師父:迫害が始まったばかりのとき、大法弟子はこれらのことについて議論したことがあります。どのようにしたらいいのでしょうか? 私は次のように考えています。その人が本当に偽者であれば、これは政府が対処することで、大法弟子がこのことに干渉する行政的権力はありません。その人が学びたいと言い、煉功したいと言っていれば、教えないわけにはいきません。やはり教えてあげるのです。大事なのはこの過程で彼に真相を伝えることであり、彼にわかってもらうことが肝心なのです。

 大法弟子は一般的に優しいので、写真を撮りたいなら撮らせるし、学びたいなら学ばせます。確かにこの情況で、法輪功を理由に政治亡命したなら、その人は法輪功に借りを作ったことになり、今後法輪功に不利なことをしてはいけません。してしまえば、すぐ応報に遭い、この借りを返す必要があります。借りに相応する分を返すのです。中国からアメリカに来られたのは法輪功のおかげなので、それに相応の借りを返すのです。でなければ、いつか法律に違反して中国に強制送還されたり、またはそれに相応するほかの応報に遭うかもしれません。今、難民申請者向けの法輪功講習会を開催する弁護士がおり、受講する人に『転法輪』を学ばせています。その目的はさておいて、この弁護士は法輪功に大きな借りを作ったのです。しかし、ほかの角度から言えば、人に大法を知ってもらうのも悪いことではありません。人間は金儲け、生活のために海外にやってきて、利益を第一にしていますが、どういう情況であれ、この過程できっと法輪功を知るようになるので、これらのことに私たちは通常、あまり干渉しません。なぜなら、干渉するかどうかは政府が判断することで、私たちが判断することではありません。ですから、私たちはできるだけ悪い縁を結ばないようにしましょう。

弟子:師父にお伺いしますが、神韻の宣伝について交流を行なうとき、仕事ばかり議論するのではなく、心性の向上についても交流すべきでしょうか?

師父:そうです。大法弟子は何を行なっても正念が充分であれば、より良く進めることができます。もちろん、急いでやるべき仕事も放っておいて、法の勉強だけをし、勉強が終わったら関係者が帰ってしまい、仕事が進まなくなるのであれば、それもいけません。いかなることに対しても、機械的になってはいけません。法は必ず勉強するものですが、状況と時間をわきまえて、正しく段取りすべきです。

弟子:長期的に形成された思考方式と性格は旧勢力の按排なのでしょうか? 法の勉強に大きな妨害をもたらしたので、どのようにこの妨害を完全に取り除くのでしょうか?

師父:人間の思考方式、考え方、頭の中で形成された各種の観念はいずれも、長期的に社会で各種の出来事と接触する過程で形成されたもので、年が上であればあるほど、多く積まれたのです。中国大陸で良くない現象は今、ますます増えており、目で見たこともますます多くなります。中国大陸の子供は海外の子供と非常に違っていると言われていますが、大陸から出てきた子供は何でも分かっており、ずる賢いのです。そうですね。あの社会でいかなる悪事も現れており、新聞、マスコミ、人間の行為、言ったことなどはすべて最低の基準ラインをも失いました。子供の頭に知ってはいけないことがたくさん注ぎ込まれ、海外の子供より多く注ぎ込まれているので、成熟も早いのです。

 人間の頭に注ぎ込まれたものは、そこに存在するようになります。人間には記憶があるのです。記憶と言っても、観念のようなものだと言われていますが、実は実在する物質です。人が話をするとき、相手があなたに何かの道理を述べているとき、あるいはあなたを説得しようとするとき、話されたことは強い勢いであなたの頭に注ぎ込まれ、本当にあなたに物を投げています。怒って反論し続けている人はつまり、排除し続けています。もちろん、大法弟子は人に有益で、正念に基づいて話しており、言葉とともに口から出てきたのは蓮の花です。しかし、常人が社会で作ったものに良いものがあまりなく、それが人体に入ると、人間を左右してしまいます。人間は目で何を見ても大丈夫で、見たくなければ見なければいいと言っています。違います。目に入ってしまえば、身体に入ってしまいます。いかなるものもほかの空間で身体に入ることができます。長く見れば見るほど、たくさん入ってきます。テレビ、パソコン、どのようなものでも見たら、入ってきます。頭と身体にこれらの良くないものが多く入ってしまえば、あなたの行動はそれに制御されてしまいます。話したこと、思考方式、物事に対する態度は、いずれも影響されます。

 環境は人間を造っています。これは絶対的なことです。修煉界だけではなく、常人の年寄りも以前、分かっています。これらのものは修煉の中で徐々に排除されます。しかし、今日修煉したからといって、一気に全部取れるというわけではありません。通常ではできません。なぜでしょうか。三尺ほど凍った氷は一日にしてならず、というように、形成されたものは一回ではなかなか取れず、充分な熱がなければ、それを溶かすことができず、何回かでやっと溶かせるのです。今日の修煉が少し良くできたので、一部の氷を溶かしますが、明日の修煉が良くできたら、また少し、あさってまた少し溶かし、徐々に本当に正念が充分になり、熱が多くなれば、全部溶かしてしまうのです。

 頭にある悪いものを全部取り除いたのに、なぜまた出てきたのか? しかも、毎日正念を発し、取り除いているのに、なぜまた現れたのかと疑問に思う人がいます。そうですよ。あの悪いものは一日で入ってきたり、(師父が笑って) 一時的に形成されたものではないからです。つまり、こういう関係です。それなら、師父に助けを求めれば、全部取ってくれるのでしょうか? これは師父があなたの代わりに修煉したことになるのではありませんか? 最終的にあなたが修煉したことになりません。つまり、あなたが修煉していないことになり、修煉に漏れがあるということです。天上に戻ったあと、神々はあなたがどのように修めたのかを見るのです。多くの場合は自分で修煉しておらず、威徳がなく、この面の苦しみを味わっておらず、全部師父が取ってあげたので、天上の神々はあなたをそこに留まらせないのです。まだ返していない借りが残ってはいけません。借りたものを返さなければなりません。これは宇宙の理なのです。師父は一部分を肩代わりしてあげてもいいし、考えにある取り除かれるべきものを取り除いてあげてもいいのですが、修煉の中であなたは修煉しなければならない部分を修煉し、耐えなければならない部分を耐える必要があります。あなたにとって危険はありませんが、修煉とは何か、どのように修煉するのかを認識しなければなりません。修煉の中で悟ったものがあり、向上があって、これこそ修煉なのです。

弟子:真善忍美術展の重要性についてお話をいただけないでしょうか?

師父:重要性について、美術展はほかのプロジェクトと同じように、いずれも大法弟子が人を救うために行った真相を伝えるプロジェクトです。こういうことです。ほかのプロジェクトと同じです。

弟子:尊敬たる師父にお伺いしますが、私はマスコミ制作の仕事をしています。設計に関して、例えばテレビの宣伝デザインの多くは伝統的なものではなく、ビジネス化されており、古代になかったものです。大法弟子の道を歩みながら、常人のプロ化に合わせる必要がありますが、どのように対処すべきでしょうか?

師父:常人の仕事は普通にやればいいのです。この社会でこの時代のものが使用されています。古代は現代社会の状態と違うと言って、全部古代のものを作っていれば、誰も買わないでしょう。(皆笑って) そういう環境もないのです。現代社会はこのようになっているので、普通にやればいいのであって、あなたの間違いとは言えません。大法弟子はそれを助長せず、良い作用を多く働けば、それでいいのです。しかし、あなたはいかなる環境でも修煉することができ、修めているのは自分自身なのです。利益の前で、良し悪しの前で、是非の前で、どのようにすべきかどうかの前で、どのように自分に対処するのか、あなたはそれを実践し、修めるべきです。本も読んでいて、法も勉強していて、絶えず修煉して、絶えず法を勉強しているので、社会でどのように自分に対処しているのかを見るのです。

 現代の学校で学んでいるのは全部こういうもので、仕事のときもこういうことをやっていますが、問題ありません。社会全体がこのようになっているので、あなたはできるだけ正しく行なうしかありません。仕事をしなければどのように生計を立てるのでしょうか? 自分の生活も問題になってしまったら、どうしますか? 今、皆古代の服を着て、今から古代の人がすることを行なうなど、(皆笑って) このように皆さんに要求していません。時代はこういう時代になりましたが、将来人類は人類の伝統に回帰するのです。必ずそうなります。絶対そうなります。しかし、今はできません。特に人を救うとき、皆さんは必ず常人社会の状態に合わせて人を救うべきであり、でなければ、人を救うことができません。特別な何かをして、怪しく思われたら、何を言っても理解されないのです。それなら、どのように人を救うのでしょうか?

弟子:どのように主流社会で神韻を宣伝し、より良い効果を得るのでしょうか?

師父:皆さんは実践の中で自分で模索するのです。それぞれの地区の情況が違い、各民族の情況も違います。共産社会を経た社会もあれば、ずっと正常な社会もあります。経済が発展している地区もあれば、経済状況がよくない地区もあり、さらにそれぞれの国民の社会で形成した文化的観念も違うので、各地区の大法弟子は自分で行なうべきです。神韻公演は私がどうしても皆さんに開催してもらわないといけないということではありません。これも人を救うプロジェクトですが、大法弟子の資源が限られているので、行なう以上、必ず成功させる必要があります。でなければ、開催しないほうがいいのです。私は全世界のすべての都市で神韻を開催するようにと言っていません。本当に開催するなら、必ず成功させますが、でなければやらないほうがいいのです。

 今年の神韻が成功し、赤字にならなかったと喜んでいる人がいますが、神韻は赤字になってしまいました。神韻の一年の運営費用は数百万ドルに達していますが、このお金はどこから来るのでしょうか? 神韻に来てもらえば人を救うことができ、開催したほうがいいと大法弟子は皆知っていますが、神韻のために考えないといけません。神韻は各地区の大法弟子のために条件を提供し、衆生を救い済度することを行なっていますが、皆さんも神韻に条件を提供する必要があります。行なう以上、着実に行なってください。特に、師父は直接神韻を率いて行なっているので、各地区の開催情況、問題はすぐに私のところに報告されます。

弟子:現在、多くの大法弟子の子供は常人のものに夢中になっていますが、どうしたらいいのでしょうか?

師父:そうですね。この社会は大きな染物がめです。現在、この社会は大法弟子と人を奪い合っており、甚だしいことに大法弟子の子供もこの環境にいて、良くないものは人間を下へと引っ張っていきます。子供が修煉できず、または良い環境がなければ、本当に抵抗することができません。しかし、大法弟子の責任はこれほど大きなもので、世の人を救い済度するだけでなく、周りの人も救うべきです。

弟子:「希望の声」とその他のマスコミの関係についてお話をいただきたいと思います。

師父:特別な関係はありません。いずれも大法弟子が運営するプロジェクトで、衆生を救うという共通の目的を持っています。全力を挙げて行ない、行なった以上、しっかり行なってください。でなければ行なわないでください。しっかり行なっていなければ、邪悪に笑われてしまい、大法弟子の顔に泥を塗ることになり、良くない影響をもたらします。ですから、何を行なっても、本当にまじめに行なうべきです。

 法を実証する中で歩んできた道、すべてのすべては歴史に記載されています。皆さんが成就したものは神がまとめてあげており、師父の法身がまとめてあげます。最も良い部分を取り出して、それはあなたの道、あなたの威徳であり、あなたが打ち立てた世界のものです。釈迦牟尼は何を証明し悟ったのでしょうか? 「戒、定、慧」です。ご存知のように、これは彼の修煉であり、人間の世で四十九年間法を伝えていたときに得たものも含まれています。すべての神は自分が証明し悟ったものを持っており、それはその神が宇宙大法から証明し悟ったもので、証明し悟った過程で自身を成就させ、自分の世界を開創したのです。それぞれの大法弟子が行なったすべても神が管理しており、まとめています。

弟子:新唐人本部の広告営業担当の人は記者に無料でほかの会社の宣伝ニュースを作るよう要求しています。

師父:無料でニュースを作ります。もし関係を良くするためであれば、またはビジネス的にお互いの利益になるようなことがあれば、やってもいいのです。そうでなければ、無料でやっても意味がありません。このことで真相を伝え相手を救ったなら、私も反対しません。そうでなければ、なぜこのように行なうのでしょうか? メモにこのように書いてあるから、私もこのように回答するしかありません。

弟子:うまく悟れませんが、これは新唐人というブランドに影響してしまうのか、それとも、営業担当の人がこの形で潜在的な顧客と接触できるよう、記者はできるだけ協力すべきなのでしょうか? 営業担当の人はできるだけ営業レベルを上げ、独立して広告営業できるようにすべきでしょうか?

師父:新唐人の多くのことは確かにしっかり行なう必要があります。神韻のやり方を見てください。誰でもやりたい放題ではいけません。会議を開いても実質的な問題を解決できなければ、それもいけません。実はこれらの具体的なことについて、私は関わりたくなく、修煉の中でそれは皆さんがしっかり歩むべき道なのです。しかし、あなたがしっかり行なえなければ、大法弟子が衆生を救い済度することに本当に大きな影響、良くない影響をもたらしてしまいます。

弟子:私たちのプロジェクトは師父に意見を伺ったことがありませんが、今プロジェクトは大事な局面に置かれているにもかかわらず、協調人の間で意見がまとまらず、トラブルが大きくなり、プロジェクトが阻まれています。

師父:それなら、第一責任者の考えに従ってください。以前の多くのことにこの問題があると思います。皆さんはこのように転びながら前へと進んでおり、転び続けています。しかし、転んだら正しい教訓を汲み取り、いつも間違った教訓を汲み取らないようにしてほしいのです。間違った教訓を汲み取るとは、人心で物事を考え、自分をずる賢くし、丸くしてしまえば、悪くなったのです。悪い人とは何かについて話したことがあるでしょう。ずる賢い人は悪い人です。優しくて、複雑な考えのない人が良い人です。正しい角度から物事を考えるべきであり、転んだら「私のどこが間違ったのか」と修煉者の角度から原因を探すべきです。法をもって量ってはじめて、正しい教訓を汲み取ることができ、本当にこのように行なっていれば、きっと良くなります。皆このように行なっていれば、プロジェクトが良くならないはずがありません。つまり、内に向けて見ておらず、正しい角度から教訓を汲み取っておらず、つまり大法弟子のように問題を話し合っていないということです。

弟子:大法のどのプロジェクトに参加するのかを考えるとき、自分が学んだ知識を生かし、自分の向上に最も有利なプロジェクトを選び、各プロジェクトの責任者の説得に応じるのではありません。これは間違いなのでしょうか? 彼らは能力のある弟子にフルタイムで働いてほしいと考えていますが、私はやはり常人社会の仕事に従事したほうが主流社会の影響力のある人と接触することができると思っています。師父にご教示願います。

師父:「大法のどのプロジェクトに参加するのかを考えるとき、自分が学んだ知識を生かせることを考慮しています」、人を救う実際の情況から考えるのは問題ありません。コンピュータの専門家なのに、広告営業をするなら良くありません。もちろん、広告営業の能力もあるなら、問題ありません。学んだ知識が人を救うとき大きな作用を働いていれば、もちろん良いことです。常人の仕事を通じて人を救ったほうが、さらに良い作用を働くことができると考えるのは、もちろん間違いではありません。これらは簡単なことです。決めたように行なえばいいのです。一部のプロジェクトは人手が深刻に不足しているので、無理やり人を誘っています。何の仕事をしているのかを考えずに、来てくれればそれでいい、という情況です。(皆笑って) 道は皆さん自身で歩むもので、転んでも私は何も言いません。本当に自分がどうすべきかが分かったら、良くなります。

弟子:人手が足りないので、各プロジェクトは競争し合って、より良い協調を図るのではなく、限られた人員を奪い合っています。

師父:急いで適切な人を探してもすぐには見つからないので、とりあえず誰かにやってもらいます。これは皆さんの現在の困難であり、これらのトラブルについて私も観察しています。

弟子:師父にお伺いしますが、ベトナムの現在の政治情勢でも、大陸に真相を伝える必要があるのでしょうか?

師父:もし、大法弟子はある特殊な政治環境にいるなら、身辺のことをしっかり行なえばそれでもいいのです。環境と条件が整っていなければ、無理に行なわないでください。もちろん、中国大陸の人の多くは普通の人ではないと私は言いました。なぜなら、各国の歴史上の各時期の王と、天上から降りて縁を結びに来た高次元の者はすべて、中国に転生したからです。現在の中国人は中共邪党によって駄目にされてしまい、人間の行為、思考方式、行動様式はすべてだめになってしまいましたが、その由来は本当に普通なものではなく、皆さんの各民族の王がそこにいるかもしれません。これらのことを大陸の弟子も全力で行なっているので、条件があればあなたは行なってもいいですが、なければやらなくても大丈夫です。全世界の大法弟子、中国大陸の各地区の大法弟子も含めて、皆行なっています。

弟子:アフリカの衆生を救い済度するために、今どのプロジェクトが最適なのでしょうか? 神韻、新唐人、大紀元のどれでしょうか?

師父:(笑)条件の整っているプロジェクトを行なえばいいのです。新唐人を立ち上げる条件が整っていれば新唐人を設立すればいいのです。条件が整っていなければ、まだ無理です。大紀元を立ち上げる条件が整っていれば、大紀元を設立すればいいのです。どのプロジェクトが適切なのかの問題ではなく、まず条件が整っているかどうかを見て、そして大法弟子が衆生のために切実に考えるべきだということです。

弟子:大法の資源が貴重なので、どのようにすれば、すべての大法弟子が大法の資源を大切に扱うようになるのでしょうか?

師父:そうですね。多くの学習者はお金儲けができませんが、お金を使うときに節約しません。(皆笑って) お金がいくらあっても使ってしまい、湯水のように使い、結果を考えておらず、このお金がどこから来たのか、これからどうするのかを考えておらず、責任感がありません。このやり方ですが、神も怒りながら、このような人を見ています。大法弟子の資源を無駄にすることはつまり、大法を妨害し破壊しています。資源は限られていますが、全部あなたに浪費されてしまい、本当に人を救えるプロジェクトはかえってお金がないのです。

弟子:法を正すことはすでに最終段階に入りましたが、東南アジアでまだ神韻を開催することができず、とても焦っています。私たちが最後の希望を捨てないよう、師父にご加持をお願いします。

師父:これは神韻を開催しなければいけないということではありません。大紀元、新唐人などのマスコミがしっかり運営されれば、真相を伝えることにおいて同様に効果があり、しかもほかのプロジェクトの効果も非常に大きいのです。大法弟子が皆すべき作用を働くようになったら、それも皆さんがしっかり行なったことになると思います。神韻を開催することだけが衆生を救い済度しているのではありません。神韻は一つのプロジェクトに過ぎず、専門性が高く、国際的な芸術団が国際の芸術レベルに達する必要があるので、私が見ています。

弟子:大陸の上流階層と下流階層の人は法輪功にある程度の理解がありますが、中流階層の人は避けており、見て見ぬふりをしています。彼らに対してどのように行なえばいいのでしょうか?

師父:現在の中国大陸のいわゆる中流階層は決して中国の主流社会ではなく、一つの利益の階層に過ぎません。法輪功が迫害される前、本当の中流、上流社会の人の半数は法輪功を練習しており、邪党は主流社会の人を反対の立場に立たせ、汚職幹部を社会の中堅にしたのです。ですから、あの社会は挽回できないほど腐敗したのです。もちろん、これらの人を救っていいのですが、大事なのは彼らに真相を聞く勇気があるかどうかのことです。

弟子:台湾の現在の環境は大法弟子の心によってできたのか、それとも旧勢力の按排なのでしょうか?

師父:このように話しましょう。旧勢力はもちろん按排しましたが、大法弟子がしっかり行なうことができなければ、あなた個人にとっての修煉の問題になります。ある地区の大法弟子がしっかり行なわなければ、その地区に人心によってもたらされるトラブルが現れ、学習者の間に人心によってもたらされる問題が現れます。もっと多くの大法弟子が台湾地区である問題を正しく対処できなければ、その地区の環境に影響してしまいます。もちろん、台湾の大法弟子がしっかり行なわなかったと言っているのではなく、一部のことに対して旧勢力が妨害しています。例えば、当初大法弟子に泛緑(はんりょく)陣営と泛藍(はんらん)陣営を区別する人心がなければ、今日の情況はさらに良くなります。最初からこのことを言い続け、私にはこの問題の結果がすでに分かっていましたが、一部の学習者はやはり党派を重く見るという人心を修煉よりも大事にしています。人心はなかなか取り除かれないものです。

弟子:今、マレーシアでは多くの大法の活動が各方面からの妨害を受けています。私たちの修煉に漏れがあって、協調が取れていないからなのか、それともほかの問題があるのでしょうか?

師父:外的な原因と中共のならずものの妨害があり、これは確かにあります。例えば、北米地区の神韻公演はもう妨害できなくなりました。各劇場はお互いに情報を共有し合っています。中共は学習者が真相を伝えに行くのを妨害しようとしましたが、劇場は公演を開催したことのある劇場に電話をして、公演がどうだったのか、演目がいったいどういうものだったのかを聞くのです。開催したことのある劇場はとても良かった、こういう演目があったと教えます。それならなぜ中国領事館から干渉の電話があったのか、他人に成りすましてメールが来たり、匿名の人から電話や手紙があったりするのかとさらに聞くと、公演が開催された劇場は、同じものをもらったことがあると答えるのです。今、劇場の間では中共のスパイと中国領事館が仕出かしたこれらのことを全部知っています。

 ほかの地区の場合、大法弟子は神韻を主催していますが、本当に力を入れて行なったのでしょうか? 特にヨーロッパですが、毎年赤字を出しており、今後開催するかどうかを私は考えています。この状況が続いてはいけません。皆さんは真剣にこのことに対処すべきです。人的、物的と金銭的に大きな投入があったのに、なぜ成功させないのでしょうか? 無理なら開催をやめて、ほかのプロジェクトを行なったほうが楽です。

弟子:神韻公演の後、もっと多くの常人が法輪功を習いたいと言っていますが、室外の煉功と法を広める活動を多く行うべきなのでしょうか?

師父:習いたい人がいるなら、もちろん行います。私たち大法弟子は人を救っているのではありませんか?

弟子:わが地区で、真相を伝える映画が上映された後、ある責任者は箱を持って学習者一人ひとりに寄付を求めました。

師父:「地区の責任者は箱を持って学習者一人ひとりに寄付を求めました」、このようにした人はお金を返してください。

弟子:一部の学習者はこのやり方が師父の資金集めに関する説法に反していると思い、支払いを拒否しましたが、払った学習者もたくさんいました。その場で四千ドルが集まったと聞きました。その後、これに関する議論が多く、結論がなかなか出ませんでした。師父に回答をお願いします。

師父:次のように答えます、集めた人はそのお金を返してください。

弟子:神韻宣伝のため、シドニー佛学会は全国のネット勉強会でトレーニングを行うためにオーストラリアに来る台湾学習者の旅費を出すようにと求めました。これは適切なのでしょうか?

師父:これらのことに関して、師父が行なわないなら、皆さんも行なわないでください。多くのことについて、皆さんは本当に考えるべきです。

弟子:海外の裁判官が正義の判決を出しましたが、邪悪に迫害され、良くない影響がありました。これは弟子の何らかの心と関係しているのでしょうか? どのようにすればさらに良く行うことができるのでしょうか?

師父:大法弟子は行うべきことを行いましたが、旧勢力は影響が大きくなり、邪悪に対する打撃が力関係を壊したのを見て、妨害してくるのです。しかし、多くのこともそれほど簡単ではなく、大法弟子の正念が十分であり、または本当にこのように行うべき時になったら、神も行い、助けてくれます。二つの側面の原因があります。

弟子:学習者の間の隔たりはどのように形成されたのでしょうか? どのように取り除くのでしょうか?

師父:人心がぶつかり合い、内に向けて探さず、双方とも人心をもって問題を考え、お互いに見下していれば、時間がたつと、隔たりができてしまい、合わなくなります。常人と同じです。正念で問題を見て、双方とも自分のどこが良くなかったのかを考え、自分が本当に正しく行うようになれば、相手もあなたの変化に気づき、自分のどこが良くなかったのかを考えるようになり、このようにすれば隔たりが現れることはありません。隔たりを取り除くときも同じであり、同じ法を修めており、同じ縁を持っているのに、放下できないものがあるのでしょうか? 真摯に相手と意見交換し、指摘された不足を受け入れることができれば、問題が解決されるのではありませんか?

弟子:師父にお伺いしますが、新唐人、大紀元などのマスコミを宣伝するとき、法輪功の真相を伝えることとの関係をどのように扱うべきでしょうか?

師父:大紀元、新唐人を宣伝すること自体は真相を伝えており、マスコミを宣伝する過程で接触した人はつまり真相を伝える対象です。人と接触するときに真相を伝えていいのです。具体的な状況をどのように対処するのか、仕事の過程で経験を積んでください。接触した人に応じて伝えればいいのです。

弟子:わが地区に二、三人の学習者しかいません。神韻を開催するかどうかを考えるとき、人手が非常に足りないと思って躊躇していますが、これは正念が足りないのでしょうか?

師父:二、三人の学習者しかいなければ、もちろん人手が足りません。ただ、成せばなる、成さねばならぬ、人数のことは正念の問題ではありません。しかし、二、三人しかいませんが、二千人以上の劇場で二公演を開催し、満席だった地区もあり、こういうことはこの二、三年よくありました。場合によってはあなたのやり方次第です。本当に開催したいなら、真剣にやるべきです。人手が足りないからといって、常人の助けを受けたり、または常人の会社に業務を委託したりすれば良いと言っている人がいます。それではいけません。このようにすれば失敗し、赤字になります。なぜでしょうか? 法を実証し、真相を伝えるのは大法弟子が行うことであり、常人が行うことではなく、常人にその威徳がなく、いくら大きな会社でもだめだからです。業務のことが分からないので、アドバイスを受けたり、あるいは広告を出したりするのは問題ありません。皆さんが主導権を握るべきです。

弟子:正念をあまり発していない学習者または関に遭っている学習者と接触するとき、体が優れないと感じ、時に自分の状態まで悪くなります。

師父:感じたことは本当ではないかもしれません。例えば、修煉が非常に良くできている大法弟子がいるとしますが、いくら修煉が良くできても、やはり人間が修めているのであって、円満成就するまで、その体に人間のものがあり、人体の業力が存在し、どの次元にもそれがあるのです。あなたが彼に会ったとき、その人はちょうど向上の過程の真っ只中にいて、業を滅し、これらのものを滅しているとき、あなたはその人に会って、彼の体から冷たい気、または黒い気が出ているので、彼の修煉があまりにもだめだと言うのです。違います。修煉者が業を滅するときは、業力を転化させているのであって、ほかの人はその場を感じただけで、不利なことはありません。しかも、業を滅している人は向上の過程にいるので、かえって彼の修煉は良くできているのです。

 現在、幾らかの情況が見える人がいますが、見たのはいずれも次元の非常に低い情況であり、誰も真相が見えておらず、修煉して良くできた部分が見えず、まだ法によって正されておらず、修煉が良くできていない部分だけを見ています。先ほど話したように、釈迦牟尼に見えた宇宙の最高形式は地、水、火、風の四大です。四大を構成しているのは何でしょうか? 地、水、火、風を構成する最も根本的なものは何でしょうか? 宇宙までだめになり、腐敗、風化し始めましたが、それは更なる大きな宇宙を構成する最も根本的なものではなく、ある小さな小さな次元にある単一の小宇宙体系の根本なのです。宇宙は巨大無比であり、これほど大きな体系は数え切れないほどあり、最大の宇宙の最後がどういうものであるか知っている人がいるのでしょうか? 大法弟子が行なったこのすべての最後を知っている人がいるのでしょうか? 大法弟子の修煉によってできた、人に見せてはいけない部分の真実を知っている人がいるのでしょうか? 師父が衆生のために業を滅するときも、体がつらくなり、私の体まで非常に悪くなりますが、次元が限られた、真実の情況を知らない人はそのとき、師父を見て、師父もだめだと思っているのでしょうか? しかし、私は衆生のために罪業に耐えており、その中には、天目が見えますが真相が見えない人の罪業も含まれています。

 天目が開いたため、かえって修煉が難しくなった人がいます。旧勢力は天目が開いた状態で難と関を按排するのです。特に、小道に妨害され、自分がえらいと思っている人はなおさらです。あなたは何者でもなく、自分をその中で誤らせつづけ、神がかりなことを言っています。真実の情況は修煉している人に見させないのであって、特に天目が開いた修煉者はなおさらであり、あなたのために按排したあなたが見るべきものを見させており、あなたが見るべきではないものを見させないのです。なぜなら、あなたはまだ修煉しているからです。あなたが修煉をやめてしまえば、また話は違います。

 私は再三に話しましたが、真実の情況は誰にも見えないのです。それは歴史の過程にいた旧宇宙の情況、現れとは違い、今はすでにないからです。ご存知のように、今までの歴史で、宇宙のどの境地で問題が起きたとしても、駄目になったら淘汰され、大きな劫難も小さな劫難もあり、いずれも旧宇宙の過程でのことです。なぜなら、この宇宙を造ったとき、最初から最後まで同時に全部造られ、同時に存在しており、衆生はその中で行動しているだけであって、生命はすでにあった道を最初から最後まで歩いており、脚本がすでにあって、人間は始まりから終わりまで演じているだけだからです。ただ、巨大な天体に異なる時間と異なる空間があり、時間の遅い空間から時間の速い空間にいる生命の一生、一世を一瞬にして見てしまい、ひいてはその宇宙の全過程をも見ることができるのです。なぜなら、同時に存在しているからです。全部同時に存在しており、時間によって異なる時空、異なる時間の環境ができたのです。しかし、今は情況が変わり、宇宙で法が正されるため、宇宙のすべてのすべてが駄目になり、すでにおしまいになり、今までの良いものは同化され、組み立て直されますが、良くないものは解体してしまいます。新しいすべては旧宇宙の生命と絶対に関連がなく、旧宇宙の生命は新宇宙の生命になれなければ、新宇宙の様子を永遠に知ることはできません。つまり、旧宇宙にあなたがいる限り、新宇宙の様子をあなたは永遠に知ることができないということです。今の世界にいるいくら次元の高い神でも、法によって正されていなければ、新宇宙を知らないのです。法を正す者以外、誰もそれを知る資格はありません。特に低い次元で天目が開いたままで修煉している人はこれらのことと比べれば、何者でもなく、人心が作用すると、神がかりなことを言ったりしますが、執着心が強くなると、正気を失ってしまい、自分の身の丈が分からなくなってしまいます。

天国楽団はヨーロッパで重要なのでしょうか?

師父:人を救うことに必要であれば、重要であり、必要ではないときは重要ではありません。人を救うために天国楽団に作用を果たしてほしいときは重要になりますが、偏って理解しないでください。師父は天国楽団が人を救うことにおいて重要だと言ったからといって、毎日何もせずトランペットばかり練習し、それではいけません。大法弟子なので、必要なときに行えばいいのですが、必要がなくなったら、ほかのプロジェクトが忙しければ、ほかのプロジェクトを行えばいいのです。こういう関係です。

弟子:神韻公演の前に天国楽団が開催都市に行って演奏を行ない、そこの人に法輪功を知ってもらう必要があるのでしょうか?

師父:西洋社会では必要がありません。私は神韻を一つの独立した、世界一流の芸術団として作り上げたので、くれぐれも市場のようにしてはいけません。先陣を切ってもらう必要はなく、ほかの空間のことは私一人で片付けてしまいます。(拍手)

 もちろん、開催地の市民に法輪功を知ってもらいたいと思っているのであって、考えは良いのですが、このように行わないでください。相手に神韻芸術団が法輪功のものだとわざわざ教える必要もなく、大々的に宣伝する必要はありません。私はこの関係を避けませんが、わざわざこのように行うこともしません。ご存知のように、三十年、五十年前に遡れば、全世界で八十パーセントの人が宗教を信仰しており、芸術団の全員がカトリック教またはキリスト教の信者だという芸術団もあって、どこかで公演する前に、まず「キリスト教が公演を開催しにきた」とか、「カトリック教が公演を開催しにきた」などと言う人はいませんでした。このように言う人がいたのでしょうか? 全世界から魔と公認された邪党の政権の芸術団もまずその党の公演だと言っていないのに、私たちはなぜどうしても言わなければならないのでしょうか? これは差別ではありませんか? 確かに、今は法輪功に対する迫害という問題がありますが、私はこの問題を回避もせず、自ら言うこともしません。旧勢力に制御された人に動かされないでください。私は何かを行うときに皆さんのようにすぐに揺れたりしません。

弟子:三大マスコミと佛学会との関係をいったいどのように対処すべきでしょうか? 仕事の中でどのように関係を正しく扱うのでしょうか?

師父:三大マスコミや、ほかのプロジェクトも含まれますが、あなたはその地区の学習者である以上、佛学会との間に協調の関係があります。佛学会が何かの活動を行なうとき、または集団で法を勉強するとき、参加するようにと声をかけられたら、忙しくなければ参加する必要があります。しかし、どうしても忙しいのであれば、それも理解できるので、問題はありません。学習者として、あなたはその地区の学習者なのです。マスコミは学習者が自発的に立ち上げたもので、どうしても佛学会が管理するようにと私も言えません。なぜなら、佛学会は修煉だけを管理しているからです。個人に関して言えば、あなたは修煉の人であり、必然的に所在地区の佛学会の協調を受けるのです。まさに私と皆さんとの関係と同じように、大法弟子は皆それぞれプロジェクトに参加していますが、そのプロジェクトに参加しているから、師父である私が面倒を見なくてよいと言うのでしょうか? そうではありません。あなたはまだ修煉しており、師父はまだあなたの面倒を見なければなりません。つまりこういう関係です。

弟子:台湾のすべての学習者は集団で法を勉強する会を「読書会」と呼んでいますが、適切なのでしょうか?

師父:あまり適切ではありません。皆さんは厳粛に大法の修煉に対処すべきで、新奇をてらって何かの言葉を作らないでください。私が使わない言葉を皆さんは勝手に法に使わないでください。特に、既存の宗教とその他の常人のもの、あるいはその他の修煉形式も勝手に大法の修煉に使わないでください。中に信息のあるものがあり、良くないものに隙に乗じられかねません。

弟子:師父は協調人に協力すべきだとおっしゃったので、一部の学習者は協調人の按排通りにすれば良いのであって、協調人の按排を待っていれば良いと思っています。何も言われていないとき、積極的に仕事を見つけに行っていません。積極的に衆生を救い済度していません。

師父:協調人の按排は必要なときに按排するのであって、毎日あなたに何かの仕事を按排するわけにはいきません。もちろん、集団活動がないとき、大法弟子は積極的に衆生を救い済度することを行うべきで、これらのことに関して、協調人の按排を待ってはいけません。私は協調人と学習者との関係について話しただけです。

弟子:私はシカゴのチャイナタウンで真相を伝える学習者です。師父にお伺いしますが、真相を伝え、脱党を勧める拠点で大紀元新聞を配るのは適切なのでしょうか?

師父:事あるごとに、法輪功を前面に出すというやり方を好まないマスコミがおり、法輪功大紀元、法輪功新唐人、法輪功なになにという状況です。一部の学習者はどうしてもこのようにしたいと思っています。このようにする必要はありません。実はあなたが言わなくても皆知っています。多くの人は大紀元が法輪功学習者によって運営されていると知っています。しかし、ご存知でしょうか? 法輪功を前面に出さないといけないとあれこれを言っている人がいますが、これは邪党のスパイが人をあおるために言ったことです。なぜいつも話題にしているのでしょうか? 皆さん考えたことがあるのでしょうか? 数十年前に遡れば、多くのマスコミの社長から社員まで全員キリスト教徒で、誰も何かをする前にまず自分がキリスト教徒だとか、カトリック教の信者だとか、何々タイムズとかと言いません。(皆笑って) 彼らはこのようにしたのでしょうか? 可笑しくはありませんか? なぜ可笑しいと思わないのでしょうか。

 もちろん、私は質問を出した学習者のことを言っているのではありません。今、人手が限られており、この新聞もあの新聞も配り、同時に邪党組織からの脱退も薦め、真相をも伝えなければなりません。これは問題であり、私としてはしていいとか、してはいけないとかを言えないので、皆さん自身でそれをより良く行なってください。新聞は通常、スーパーに置きますが、真相資料だけをもって脱退を薦めればいいのです。これは適切なのです。マスコミを運営する学習者は大法弟子が立ち上げたマスコミを社会に立脚させ、常人社会の普通のマスコミになるよう考えたほうがいいのです。大法弟子が運営するマスコミは信憑性が高ければ、真相を伝える力が大きくなるのです。いつも不適切な方法で行なっていれば、人々に正式な新聞ではないという印象を与えてしまいます。新聞そのものは異なった角度から真相を伝えており、直接真相を伝えることとは角度が違いますので、正しく対処すべきです。

弟子:常人の友人から言われたことですが、アメリカに来てから、町で真相を伝える大法弟子と会い、すぐ「天は中共を滅ぼす」と言われ、受け入れられず、かえって反感を抱いてしまい、今後真相を知ることの障碍となりました。方法を変えて、徐々に進め、簡単に行わないほうがいいのではないかと思います。

師父:そうです。大法弟子が真相を伝えるときに確かに方法に気をつけるべきです。どんな思想境地の人もいるからです。特に中国人の場合、中共邪党に党文化式の思考方式、言葉遣い、人間としての行動様式を注ぎ込まれ、いずれも邪党の文化範囲にいます。ひいては邪党を罵るときも邪党の思考方式で罵っており、本当に邪党を認識したのではありません。ですから、皆さんは理性を持って行い、表面だけにとどまらず、人を救いたければ、もっと力を入れて、表面だけのものにならないでくださいと私は言ったのです。

 「天は中共を滅ぼす」とは、修煉者が見た最後の結果であり、それを真相としていきなり切り出さないでください。本当に相手にどういうことなのかを伝えてから、邪党が多くの悪事を働いたため、天は邪党を滅ぼそうとしているなどを話せばよいのです。まだ真相も伝えていないのに、すぐ「天は中共を滅ぼす」と話したら、相手はどういうことなのかが分からず、あなたが「政治に参与している」と思ってしまうのです。

弟子:飛天芸術学院は台湾で分校を設立しましたが、大法弟子の子供を対象にしていると思っている学習者がいます。師父にお伺いしますが、飛天芸術学院が台湾で分校を設立する目的は何でしょうか?

師父:大法弟子を対象にする学校はアメリカにある一校で十分であり、大法弟子を対象にする学校をたくさん作る必要はありません。実は、飛天と呼ばなくても良いのです。すべて大法弟子が運営していますが、なぜ社会に向けて行なわないのでしょうか? 常人の子供を募集し、真相を伝え、彼らを救い、多くの窓口を開き、このようにすれば大法の資源を消耗することはありません。ですから、各地で作った学校はいずれも常人社会に立脚する学校にしてほしいと思っており、常人社会と多く接触し、もっと多くの人を救い済度すべきです。大法弟子向けの学校にしないでください。

弟子:わが地区の学習者の間で神韻のプロ化と正念との関係について、長い間意見がぶつかり合っています。師父からもう一度両者の関係を明確にしていただけないでしょうか?

師父:矛盾していません。修煉者はプロを目指しているのであって、常人が大法弟子のことを行なっているのではありません。大事なのは事を行うときの態度と、何のために行なっているのかのことです。議論するとき、いつも口論になってしまう人、仕事の進展を遅らせた人は問題があります。師父は神韻に関して言っているだけではなく、ほかのことにおいても同じです。口論する必要があるのでしょうか? 実行すればいいのです。着実に行なえばいいのです。大法弟子として、不完全なところを目にしたら、積極的にそれを良くすればいいのです。会議で議論するとき、いつも異論を唱え、意見が万全ではないとか、すべての状況を考慮していないとかを理由に、仕事を台無しにしてしまった人に問題があります。一部のことに関して、完璧になるまで議論する必要はなく、皆さんが実行し、実行の過程でそれをしっかり行なえればいいのです。あなたの意見がとても素晴らしくて、百人を救おうとしていますが、実行しなければ何の役にも立ちません。一人を救えれば、行なった人にとってそれが威徳なのです。

弟子:師父にお伺いしますが、マスコミは現在資金を必要としており、常人に少額の寄付を求め、会社のイベントのスポンサーになってもらってもいいのでしょうか?

師父:マスコミが寄付を求めるのは問題ありません。なぜなら、それは大法弟子または佛学会が募金しているのではなく、修煉のために使うのでもないからです。修煉について皆さんもご存知ですが、お金を必要としません。マスコミの場合、本来常人社会に立脚する会社なのです。皆さんが運営しているマスコミは大法が運営しているマスコミではありません。これは私が以前から皆さんに話したことであり、大法弟子が運営しているマスコミであり、常人社会に立脚しているのです。大法にマスコミがなく、修煉しかないのです。常人社会のマスコミである以上、常人社会の会社と同じ形式を取ることに何の問題があるのでしょうか? ありません。大いに行なってください。常人もスポンサーが必要であり、あなたがなってあげてもいいのです。これは問題ありません。学習者の中で寄付を求めてはいけません。

弟子:神韻はサンフランシスコ・ベイエリアの三つの都市で開催されましたが、サンフランシスコだけが大きな損失を出しました。次回のサンフランシスコ公演は財務上、大きな圧力があります。私たちはまずサンフランシスコを成功させ、周辺都市をとりあえずやらないほうがいいと理解していますが、この理解は正しいのでしょうか?

師父:これらの具体的なことをどのように行うのかを皆さんで考えてください。どこで公演を開催しても師父は反対しませんが、ただ赤字を出してはいけません。主流社会をターゲットにするなら、広告に多くの資金を投入すべきだと言っている人がいます。チケットが高くなったから、広告費用も上がり、大部分を占めるということではなく、そういう概念ではありません。チケットの値段と全収入との割合に応じて、節約せずにお金を使うのではなく、今までのように行なえばいいのです。常人の割合は私たちのところでは通用しません。これは人を救っているのであって、神も行なっており、大法弟子の状態は非常に重要です。公演を主催するのも修煉であり、協調が取れるようにし、接触した人に真相を伝える必要があり、衆生は救い済度されるのを待っています。

弟子:ニューヨーク天国楽団は現在、多くの音楽知識を勉強していて、さらに試験もあります。これは時間を無駄にしているのでしょうか?

師父:多くの音楽知識を勉強していますか? そうではないでしょう? 今はプロ化にすることができず、法を実証するために多くのことを行なわなければならないので、分かればいいのであって、プロの天国楽団のメンバーになってほしいとも要求していません。大法弟子はいくつかの仕事を掛け持ちしています。どの仕事も良く行ないたいと皆さんは思っており、これは理解できますが、必ず優先順位をよく考えるべきです。

弟子:法会とミーティングを録音してはいけないのに、シドニーの神韻プロジェクトの学習者はやはり録音して、学習者の中で回しています。

師父:私が参加する会議で、録音を誰かに頼んでいなければ、録音した人は法を乱すことをしています。なぜこのようにするのでしょうか? 以前からこのことを言っているのではありませんか? このように行なった人は無断で録音・録画した資料を現地の佛学会に渡してください。

弟子:インドネシアの大法弟子は協調が取れていません。ご教示願います。

師父:多くのことは良く行なっていると思います。協調が取れていないことに関して、修煉の中で徐々に協調が取れるようになると私は思います。

弟子:師父にお伺いしますが、常人のニュースを作っているため、毎日汚染されており、毎日意念で汚染を排出する必要があるのでしょうか? 汚染を最小限にすることができるのでしょうか?

師父:必要はありません。皆さんは何を見ていても、汚染されており、法を多く勉強すればよいのです。そのうえ、毎日正常に煉功し、法を勉強するとき頭が必ず集中していなければならず、本当に着実に修煉すればどんな問題も解決されます。

弟子:メンツを気にして適当に大法弟子の勧めを受け入れて、邪党組織から脱退しましたが、本当に邪党の本質を認識したのではない人がいます。こういう人も救い済度されたのでしょうか?

師父:心から生じた一念であれば、その人が救われ済度されるのです。メンツを気にして適当に言ったのであれば、情況によります。口で言えたのは大法に対して悪い念がなく、脱退できたのは悪党に好感がないからです。もちろん、口で言ったのですが、頭の中で逆の考えを持っていれば、話は別です。神にはすべてが見えるのです。実は大法弟子として、皆さんは事を行うときにしっかり行うべきであり、うわべだけのことをしないでください。相手が断れなくなって脱退を表明したというやり方はいけません。しかし、絶対多数の人はメンツを気にしているわけではないと私に分かっています。しかも、現在の法を正す形勢と人類の変化から見れば、変化が非常に大きいのです。中国大陸の人は大陸以外の中国人よりも変化しており、海外の中国人はかえって領事館を恐れ、本当にちっぽけなスパイらに気圧(けお)されてしまいました。国内の人は大々的に中共邪党を罵っても、恐れていません。国内にいる中国人は邪党に制御されて恐れていますが、あなたは邪党の制御の外にいるにもかかわらず恐れているなんて、なぜまったく気骨がないのでしょうか? こういう人の心理状態はおかしくありませんか?

弟子:師父は最近、常人の管理と経営の経験を見習うようにと要求されています。今、管理部門もいくらかの管理方法を実行しようとしていますが、一部の学習者はそれに応じたくなく、「無為で管理するのが最高の境地だ」と言っています。(皆笑って)

師父:どんな口実もよく言えたものですね。(皆笑って) どの会社が無為で管理していますか? 大法弟子が運営する会社はほかの会社と違って、無為で管理できるとあなたは言っていますが、私は信じていません。人心がなければあなたは神になります。あなたは人間として修煉しているのではありませんか? 人間が修煉している以上、修煉してまだできていない人間の部分はやはり常人と同じではありませんか? あなたにまだ取り除かれていない心がありますが、ただ修煉者は良い人で、高い境地にいるだけです。もしあなたは管理に抵抗せず、これらの負けず嫌いの心、互いに協力し合わない現象がなく、本当に全員が内に向けて見たり、探したりすることができれば、確かに常人のマスコミより管理しやすく、しかも効率が非常に高くなります。しかし、現在はまだこれができません。ほかでもなくこれらの人心によるもので、かえって効率が悪いのです。

弟子:中国大陸と海外各地の大法弟子、海外で真相を伝える各プロジェクトの大法弟子は法会に際して、慈悲深くて偉大な師父にご挨拶を申し上げます。

師父:ありがとうございます。(拍手) 先ほどのたくさんの師父に挨拶をするメモを読みませんでした。事務局はさらに多くの挨拶をするメモを省きました。いずれにせよ、師父は皆さんの気持ちを分かっており、師父も中国大陸の大法弟子と全世界各地区の大法弟子に会いたいと思っています。(弟子の皆さんが拍手) 法を正すことは必ず成功し、これはすでに争う余地のない事実です。(弟子の皆さんが拍手) 私がこのことを行なった当初、あなたが行なったことは将来の人間が目にするのだと神々から言われました。どのように目にするのかと聞いたら、人間は天上の星が解体することと、天体の変化を目にし、これらのことがあなたと関係していることを目にするのだと彼らは言いました。この一歩一歩はますます近づいてきます。以前、天体にこれほど大きな変化が現れませんでしたが、今はますます迫ってきており、普通の望遠鏡でも天体の変化を観察することができるのです。人類の形勢も変化しており、大法に対する認識も急に分かったかのように徐々に変化し、まさに溶けている氷のように変化しています。近い将来、人々は本当に法輪功と大法弟子をかつ目するようになり、事実と真相も人々の前に現れます。そのとき、人々が大法弟子こそ彼らが救われ済度される唯一の希望だと分かるので、大法弟子は必ずしっかり行なうべきであり、皆さんは本当に使命を背負っており、皆さんに本当にこれほど大きな歴史的責任があるので、必ずしっかり行うべきです。

 ご存知のように、迫害が始まって以降、なぜ新しい大法弟子が少ないのでしょうか? 旧勢力が止めているので、特別な状況、私の特別な需要がない限り、入ってくることができません。旧勢力は試練がすでに最後まで進み、最も厳しい時期がすでに過ぎ去り、迫害の後期になって最も厳しい試練の環境はすでに終わってしまい、按排された悪人の多くはすでに死亡し、そういう環境はもうなくなり、後になって入ってくる人はなかなか大法弟子として持つべき威徳を樹立することができなくなったことを理由に、必死に止めています。ご存知のように、以前迫害が厳しいため、人々は迫害を恐れて、または大法を理解できないので、入ってこられませんでした。今は迫害を暴露する真相は大いに知られ、環境も緩和されたにもかかわらず、なぜやはり入ってくることができないのか、これがすなわちその理由です。

 衆生を救うことは皆さんが行わなければならず、行うだけでなく、必ずしっかり行うべきです。師父のために行うのではありません。衆生を救い済度すると言っていますが、全部衆生のために行うのではなく、皆さん自身のために行なっているのです。あなたが救い済度したそれらの衆生、真相を伝えてあげたそれらの人も含めて、これらの生命は将来、あなたの巨大な宇宙のある部分の衆生になるかもしれません。あなたは自分自身を円満させており、自分自身を成就させています。これらのことがなければ、あなたは王になれず、自分の使命を果たすこともできず、これほど偉大な威徳も樹立することができません。つまり、こういう関係であり、だから皆さんは必ずしっかり行うべきです。お互いに議論し合うという状態にこれ以上留まらないで、足を地に着けて着実に大法弟子らしく自分が行なうべきことを完成させてください。どのプロジェクト、どのことも、行わなければそれでいいのですが、行なった以上、しっかり行うべきであり、最後までやり遂げなければなりません。でなければ、歴史であなたが浪費したこれらの時間をどのように記載すればよいのでしょうか? 成功できなかった事はすなわち失敗なのです。どうしてもあなたの考えで行い、成功したら、あなたはやっと威徳を樹立するのではなく、あなたは協調するときにどういう念を動かしたのか、協調の中でどのように行なったのか、それこそ修煉の過程です。仕事の中で念が正しく、自分が修煉者であること、自分の使命と責任を忘れず、自分が完成させるべき部分を完成させることができれば、これはあなたが威徳を樹立する過程で、あなたの修煉の過程で、大法弟子が歴史の使命を果たす過程なのです。多くの仕事は大法弟子が協調しながら完成させたのであり、多くの仕事は大法弟子が独立で完成させたのです。皆さんが出会うすべてのことも偶然ではなく、それぞれ歴史上でそのように按排されたのかもしれないので、皆さんが行なっていることを軽視しないでください。どのことも常人のことのように見え、たいしたことがないように見えますが、ほかの空間で巨大な変化が起きています。

 迷いの中にあるので、皆さんに真相を見させず、自分が行なったことの神聖さが見えないようにしています。皆さんは人間としての一面があり、なかなか正念を樹立することができないため、高揚感を得られませんが、厳しさの中でしっかり行い、乗り越えられればそれこそ素晴らしいのです。誰もが自分の行なっていることが偉大で、素晴らしいと分かったら、誰もが行なうようになります。誰もが神が本当に目の前に現れたのを見たら、何も欲さず、すべてを捨ててまで神の言うとおりにし、誰もがこのようにするのです。これでは威徳がなく、修煉ではなく、迷いも明かされたため、何もなりません。迷いの環境の中で、真相が見えず、それでもあなたが修煉するかどうか、最後まで歩むことができるかどうか、修煉が成功するかどうかを見ているのです。この世の人が神になるのはこれほど難しく、この世の人が天に上るのはこれほど難しいのです。

 歴史上、多くの人は修煉しましたが、実は誰も成功したことがありません。以前皆さんに話したことがありますが、いずれも副元神で、本当の主元神はまだこの世で輪廻しています。釈迦無尼の人体そのもの、老子、イエスそのものも大法弟子の中にいます。歴史上で積んだ威徳は十分、彼らを円満成就させることができ、ほかの大法弟子も同様で、十分皆さんを円満成就させることができます。ですから、私はいつも皆さんの円満成就は問題ではなく、衆生を救い済度するという重大な使命こそ最大の問題だと言っています。この使命を果たせるかどうかが肝心で、自分自身を成就させるのは問題ではありません。以前すでにその威徳を樹立したから、大法弟子になる資格があるのです。

 師父は多く話したくはありません。問題について話したとき、師父の口調は厳しかったのですが、皆さんに認識してほしかったからです。口調は厳しかったのですが、皆さんは大法を得たばかりのときのように初歩的ではないと思い、厳しく言ったほうが実際の問題を解決するのに役立つと思います。もちろん、多くの問題について皆さんはまだ提起しておらず、たくさんの人がいるので、なかなかたくさんのメモを出せないため、機会があれば師父はまた話しましょう。このくらいにしましょう。(弟子の皆さんは熱烈な拍手)

 今日はこのくらいにしましょう。皆さんがどのくらい分かったのか分かりません。多くのことについて完全に説明していないかもしれません。大法弟子の交流会に参加した人の多くは修煉が良くできた人で、皆さんは実際にほかの人がどのように修煉しているのか、自分がどのように差を見出すのかを考え、今回の大会を通じて自身の向上を促し、それを原動力にしましょう。法会の開催が無駄になってはならず、ご存知のように、多くの大法弟子は世界各地から駆けつけ、チケット代だけで数千万ドルに達します。私たちは思うままに浪費できるほどの資金はなく、必ず法会から収穫を得られなければなりません。皆さんは着実に修煉に力を入れて、うわべだけのものにせず、人心を少なくしましょう。師父には皆さんの一念、一挙一動からあなたの心が分かるのです。私は口ばかり達者で実際に行動しない人を好まず、ずる賢い人も好きではありません。私は純朴で足が地に着いた人が好きです。皆さんに長年の修煉を通じて、正しい面で知恵を増やしてほしいのですが、処世術、人となることに関して多く収穫してほしくありません。

 皆さんありがとうございました。これくらいにしましょう。(弟子の皆さんが熱烈に拍手)

 

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/9/15/229695.html)