日本明慧
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法に従って心を修め、着実に実行する(一)


文/四川省の大法弟子

(明慧日本)修煉という神聖なる道において、いい加減に修めてはなりません。あやふやにしてお茶を濁すような真似をしてはいけません。ちょっと気を抜くと、すぐ旧勢力が按排した邪道に落ちてしまいます。自分の一つの考え、一つの念でも法から遠ざかったときに、即ち堕落に向かっていた時だと気づかず、過去の自分より百倍も、千倍も進歩したと勘違いを起こして、浮かれていました。自分の大法の一つの粒子として与えられた、師に手伝って法を正し、衆生を救い済度する神聖な使命を認識できた時に、私の胸が重苦しくなり、私はちゃんと行なっているのか、私と縁のある衆生は、私とすれ違った衆生たちは、救われ得る機縁を逃してしまったのでしょうか。ならばどんな責任を負えばよいのかを自分に問いました。
 
 『明慧週刊』に掲載された、同修たちは師父の要求されたことに従って行ない、三つのことをよくこなしている交流文章を読み、自分の事を非常に恥ずかしく思いました。毎日学法、煉功、発正念を行ない、時には真相を伝え、時には真相の手紙を書き、真相資料を配っていますが、この「時々」は同修との距離の差なのです。このままではいけません。衆生が迷わされ、虚言に害毒され、危険な境地に迫られていることをただ見ているだけで、時間を無駄に費やしてはなりません。
 
 大法に出会えたことは、私の人生の中で、最も幸運な始まりで、私の生命にとって最も重要な保障なのです。大法は私利私欲を貪り、身勝手だった私を、他人を優先に考える修煉者に変えてくれました。
 
 修煉を始める前に、私は全身全霊で学業に没頭していましたが、高校の時に恋に落ちたため、学業が落ちぶれてしまい、その恋に全ての体力と気力を注ぎ込みました。卒業間際に、受験の圧力に耐え切れず、倒れてしまいました。神経衰弱と胃の痛みに苦しめられ、全ての事に興味を失い、元気を失いました。数カ月後に、友人の紹介で、見知らぬ人と結婚しました。結婚後の生活は想像したものと全く違っていました。夫は仕事を除くと麻雀しかしませんでした。自分の描いた未来の家庭図の夢が破滅してしまい、毎日、機械的に嫁、母親、妻の責任を果たしただけでした。
 
 1997年5月のことでした。一人孤独で、無気力に31歳まで歩み、ある日、無意識に家の近くの法輪功の煉功場所を訪ねました。この無計画的な行動が、私の人生を変える起点となりました。
 
 煉功場所の光景は、十数人が各自の座布団の上に座り、手に一冊の本を持って読んでいました。読み終えたら、今度、皆さんは煉功し始めました。動作がカセットデッキから流れてきた和やかな音楽に合わせて動き、とてもゆったりしていました。この光景を目にして、私も習いたくなりました。何人かの人が残って、私に功法を教えてくれました。彼らは優しく、詳しく解説していただきました。親切な話しぶりはとても心地が良く、感銘を受けました。彼らはまた、私に「真に法輪功を学べば、師父が身体を浄化され、薬を飲まなくても、身体は自然に治癒するのです」と教えてくれました。私は心に銘記しました。
 
 (続く) 
 
2010年12月27日

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