日本明慧
■印刷版   

人に指摘されたくない執着を完全に取り除く


文/中国の大法弟子

(明慧日本)『明慧週刊』に、ある同修は三つの事をしっかりやっていたが、人から指摘されたくないという執着が強すぎて亡くなった、という文章がありました。
 
 私たちの地域にも同じような状況があります。人から指摘されたくないという執着を取り除くことは難しいのですが、これを取り除くことはとても重要なことです。このことについて私は、自分の体験を述べたいと思います。
 
 私は2001年に法を得た古い弟子です。私たち夫婦は修煉を始めた頃、お互いに相手からの指摘を受け入れられず、喧嘩が絶えず、時に離婚話が持ち上がることもありました。私達は、落ちついてこの心を取り除こうと決心ましたが、肝心なときになるとまた喧嘩をしてしまいました。その後、私は師父の説法から答えを見つけ出しました。
 
 『転法輪』の中に「人間や動物だけでなく、植物にも生命があり、また他の空間においてはいかなる物質も生命を顕わしてきます」(『転法輪』)とあります。また、師父の各地での説法を学んで分かった事は、人の観念は後天的に形成されたもので、物質であり、生命であり、思想を持っていて、人の身体の中に存在しているということです。もし、誰かがその観念を指摘し、それが取り除かれるとき、その観念は死ななければなりません。そのため、その観念は人に怒るよう指示するのです。
 
 他人から悪口を言われたとき、怒っているのは私ではなく、身体に付着した観念がそうさせているのであって、本当の自分ではありません。「私は修煉者で、悪口を言われるのは良いことです。私を怒らせる観念はいりません」と正念を持って言うと、だんだん、この執着心は弱くなり、今ではもめ事は少なくなりました。
 
 言うのは簡単ですが、実際に修める事は難しいのです。しかし、決心をすれば難しくありません。タバコをやめられないある同修は、目の前で指摘されましたが、長年の喫煙の執着を取り除くことが出来ず、亡くなりました。執着心をいかに重視すべきかお分かりでしょう。師父が説法で何度も、人に言われたくないという執着心について言及されるほど、重要なことなのです。
 
 師父は「形成した習慣を改めなければならず、必ずそうすべきです。くれぐれも気をつけてください。これから、人から言われたくない人は、つまり精進していない人です。人から指摘されたくない人は、その人が表しているのは修煉者の状態ではありません。少なくとも、この点に関してこのように言えます。(拍手) この関をこれから乗り越えられない人がいれば、皆さんに教えますが、それは大変危険なのです! なぜなら、それは修煉者にとって最も根本的な問題で、最も取り除くべきものであり、必ず取り除かなければならないものだからです。取り除かなければ、圓満成就することができません。常人が大法弟子のことを行なっているようなことにならないでください。皆さんは圓満成就するためであり、福報のためではありません」(2006年、『ロサンゼルス市法会での説法』)とおっしゃいました。
 
 師父がこの法理について説かれてから既に5年が経ちました。正法は既に最後の段階になりましたが、皆さんはこの執着心に関しては大丈夫でしょうか? 深く考えるべきです。三つの事をしっかり行うと同時に自分を修めることを忘れないでください。
 
 次元に限りがあり、間違っている所があれば指摘をお願いします 
 
2011年05月23日

■関連文章
修煉の中で感じたこと(二)
内に向けて探すにあたってのいくつかの間違いとアドバイス(二)
「指摘されたくない」心の根源が見つかった
顕示心の源は、常人の中の「名誉」への執着
着実に修め、法を正す道をしっかり歩む(三)
法を守っているのか、自分の観念を守っているのかをはっきりすべき
常人の観念を変えよう
すべての心を放下したのか
内に向けて探すにあたってのいくつかの間違いとアドバイス(一)
自己を突破し、絶えず昇華する