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貴重な記憶:永遠の見証(七)

八、1994年6月、済南にて
 
 鄭州の伝授クラスの後、師父は引き続き1994年6月21日から、済南で授業を始めました。師父ご自身が大法を説法され、約4000人が済南の体育館に集まりました。主催者は、山東省青年科学技術文化サービスセンターでした。地方からの参加者も多くいました。
 
 ある参加者によると、「師父は毎回入場するたび、違う入り口を通り、多くの参加者と握手をしました。あんなに沢山の人のため、師父は本当に大変ですね」と言いました。
 
 1994年6月28日、済南伝授クラスの最終日、師父は再三、参加者に対して「明日、大連に行く参加者は必ず、飛行機に乗らず、列車か船で行くようにして下さい」とおっしゃいました。後になってわかったのですが、飛行機は暴風雨に遭いました。伝授クラスの後、師父は体育館の入り口に立って、修煉者たちを待ち、さらにその日に帰る参加者のために、「もう一度列車で帰るように」と話しました。
 
 6月30日、多くの修煉者はモーターボートで大連に行きました。普通、モーターボートに乗ると、まるで水面を飛ぶ剣のように激しく揺れますが、しかし今回は非常に静かで、安定していました。
 
九、1994年7月、大連にて
 
 1994年7月1日の午前、大連の修煉者は大連港で師父を迎えました。多くの修煉者はそこで待っていました。修煉者たちは師父を迎える横断幕を掲げ、花束を持っている人もいました。昼頃、師父はフェリーで到着しました。修煉者たちは自然と二列になって、師父を挟みながら、拍手を贈りました。師父は微笑んで会釈しました。師父が花束を掲げて挨拶する場面は、本当に感動的でした。港にいた多くの人々が、「こんなに多くの人が集まるなんて、誰を迎えているのでしょうか」と尋ねました。
 
 伝授クラスの参加者は増々多くなりました。そのため、卒業証書を作る仕事も増々大変になりました。私たちは翌日の朝7時に旅順に行く予定だったので夜、徹夜をしなければならなくなりました。部屋の中に食べ物もなく、カップラーメンが1つしかありませんでした。それは師父の朝食です。午前6時過ぎ、師父がカップラーメンを手に持って微笑みながら皆に「一晩寝ていないのですか?」と聞き、ある修煉者が「そうです」と言うと、師父はカップラーメンをテーブルに置いて、「さあ、皆で分けて先に食べましょう」と言って、外に出ていきました。その部屋にいた5人はカップラーメンを分けて、涙を流しながら食べました。一晩の疲れもこのことで一気に消えました。師父はこの日、何も食べていない状態でスタッフたちと一緒に旅順へ向かいました。
 
十、1994年12月、中国本土における最後の伝授クラス
 
 1994年12月21日から29日、広州第五回伝授クラスが広州体育館で行われました。参加者は約6000人です。主催者は広州市人体科学研究会でした。伝授クラスの情報を聞き入れ、多くの縁のある人々が相次いで参加しました。この日は中国本土のみならず、台湾、香港、海外の参加者もおり、国際的な伝授クラスになりました。伝授クラスの初日、ある女性の修煉者が香港から駆けつけ、宿をとることなく荷物を持って伝授クラスに参加しました。また、ある西洋人の参加者は中国語がわからないにもかかわらず、大法のすばらしさを知っていたため、師父の説法を聞きにきました。身長の高いこの西洋人は、説法の時は常に結跏趺坐をしていました。また、彼の妻と二歳の娘もいました。
 
 6000枚のチケットが売り切れた時、まだ数百人の人が入場チケットを買うことが出来ませんでした。広州の修煉者とその他の古い修煉者は、自分が既に購入した合わせて200枚のチケットをそれぞれ、まだ師父の説法を聞いたことのない参加者に譲りました。また、地方からやってきたある修煉者は、他の参加者に便宜を図るため、前もって広州に駆けつけ、色々な方法で10枚のチケットを購入しましたが、全く足りませんでした。その後、広州気功協会が入場できなかった修煉者に高い価格でチケットを販売し始め、修煉者たちは強硬に反対していました。広州の協調人は32枚のチケットを全て新しい参加者に譲りました。
 
 伝授クラスの初日、80人近くのチケットの無い修煉者は会場の外に立って説法を聞きました。5式の功法を教える時、会場の外で教える人もいました。師父が説法を終えた後、外にいた参加者たちに対して「今回の参加者は多く、主催者はまだこの問題を解決しようとしています。まだ中に入ることのできない修煉者は、中の修煉者と同じです。皆さんが得るものは何一つとして変わりはありません」とおっしゃいました。その場にいた修煉者たちは歓喜感激の涙を流しました。師父は何度も主催者側と協調した末、翌日は体育館のホールで分会場を設け、テレビ放送を通して、師父の説法を同時に見ることが出来るようになりました。会場のスタッフは不思議そうに「これまで色々な活動をやって来ましたが、こんなに敬虔で、数千人が説法を聞いているにもかかわらず、まるで針一本でも落ちたら聞き分けられるほど静かでしたね。感動しました」と話しました。数千人による10日間にわたる大規模な活動の中で、争う人もなく、無くなったものは全てステージに届けられました。ここは本当に貧富の区別もなく、本当に浄土そのものです。
(続く)
 

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/5/13/240538.html) (English:http://www.clearwisdom.net/html/articles/2011/5/27/125561.html)


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