神韻を宣伝する中で自分を修める(二)
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文/アトランタの大法弟子

 【明慧日本2012年10月10日】

 内に向けて探し、心性を修める

 神韻の宣伝をする中で、同修との間に何回も摩擦が起きました。アトランタの神韻公演が始まる前の数週間は、特に心性の難関が多かったのです。

 私と他の同修はアトランタの華人コミュニティで宣伝を始めました。新年の時、私たちはコミュニティのイベントに参加しました。参加しに来た華人の貴い命を救いたいという純粋な一念を抱いたために、宣伝は順調に進み、多くの人は神韻の小冊子を競うように受け取り、即座にチケットを予約する人もいました。

 翌日、私と同修が華人のスーパーに行って神韻を宣伝した時、ある若い華人女性が○○協会の主席だと自称して、「私たち○○協会の夜のイベントに、ブースを借りて宣伝をしませんか」と誘いました。私たちは喜んで口頭で彼女にブースの予約をしました。

 その日の夜の電話会議で、私はこの件をみんなに報告しました。数日後、協調人にこの件の進捗を聞いた時、意外にもブースの契約期間を見逃しており、私たちはイベントに出店できないと教えられました。

 電話を切ってすぐ、どうして皆は協調できなかっのか、どうして皆は華人市場を重視しないのか、と私は心の中で同修たちを責め始めました。でも、このように外に向かって探すのは良くありません。目の前の局面を円融させることこそ、大法弟子の役目だと、すぐ思いつきました。

 私は他の同修に連絡して、出店用テーブルと薄型テレビのことを相談して、それからその○○協会の主席に電話をかけて、私たちの情況を説明したのですが、彼女は「ブースはなくなった」と答えました。仕方なくその結果をすぐ協調人と同修Aさんに知らせると、思いがけずAさんは「ブースを確保できなかったのは、あなたの顕示心、歓喜心が原因かもしれない。今は努力を尽くしてブースの確保を考えましょう」と言ってきました。とても悔しい思いをして、私は古い学習者のBさんに、このことを泣きながら訴えました。

 この件は一段落したかと思いきや、翌日、運転中にAさんはまた電話をかけてきて、「あなた、自分の執着心を探し当てたのですか、特に顕示心と歓喜心ですよ! 正直に言えばあなたにはまだあると思います。それらの執着を放下しないとブースは確保できません。最後まで諦めないで、そのブースは私たちにとってとても重要だから」と言いました。

 私はもう悔しい思いをせずに、落ち着いた心境で電話を聞いていました。ただ、Aさんがどうしてブースのことをこんなに気にかけるのか、またどうして私にこんなひどいことを言うのか、理由が分かりませんでした。この電話のせいで気分が悪くなることはありませんでしたが、その後に発生した事は本当に危険の連続でした。まず、何回も道を間違えて焦ったため、バックする時に車の後部を2回も壁にぶつけ、後部は傷だらけになりました。それからまた、道を間違えて路地に入ってしまい、意外にも交通事故の現場を目撃しました。1台の乗用車が転倒して、四つのタイヤが上を向いて、煙も出ていました。警察は前方の道を封鎖しました。横に座っていたBさんは、「先ほどまであなたが道を間違えたり、車の後部をぶつけたりしたのは、もしかしたら、師父が私たちにこの大きな災難を避けさせるための按排だったのかもしれませんね。私たちは本当に幸運です」と言いました。私たちは合掌して師父にお礼を言いました。

 翌日、つまりそのイベントの前日に、幼稚園から電話がかかってきて、長男の目が腫れたので、早く病院に連れて行って診察してもらい、病院の診断証明を幼稚園に提出するように言われました。仕方なく私は長男を迎えに行く途中にAさんに電話をしましたが、彼はまたブースの確保を強調しました。何と答えれば良いかわかりませんでしたが、その時は、心の中に本当に少しもつらい思いがありませんでした。

 翌日、つまり○○協会のイベントの当日に、幼稚園で次男が熱を出したので、子供を早く迎えに来るようにと先生から電話がありました。本当に師父が『洪吟』の「苦其心志」に言われたとおり「関という関は全て闖えるべし いたる処すべて是魔」のようでした。

 私は急いで神韻宣伝の現場から幼稚園に駆けつけ、次男を家に連れて帰りました。しかし夜に○○協会のイベントに参加しなければならないため、私は思い切って2人の子供を同修の家に預け、目に涙を浮かべて「本当にごめんね、神韻公演が終わったら、ママはきっと毎日あなたたちのそばにいてあげるから」と言い残して、Bさんの家に行き彼女を乗せて、イベント会場に向かいました。

 私とBさんは十分な資料を準備していましたが、会場に着いたら、隅々を探しても一つのブースもありませんでした。実はそのイベントにブースは一つもなかったのです。もともとブースのことは一つの虚像で、すべては私の心性を煉るための虚像で、ブースのことに絡んだ多くのトラブルを私が乗り越えられるかどうかの試練だと、私はふと悟りました。

 その夜、私とBさんの協力はとても息が合い、ほとんどすべての参加者に神韻の資料を渡して、とても良い宣伝効果を得ました。

 Bさんを家に送ってから、私は車を飛ばして子供たちを迎えに行きました。私は子供たちを病院に連れて行かず、薬も飲ませずに、ただ師父の経文を読み聞かせて、発正念をしました。寝つく前に長男の目の腫れはだいぶ引いて、次男の熱も下がりました。疲れ果てて私も寝ました。

 後日、Aさんは電話の中で「本当に申し訳ありませんでした。あなたにプレッシャーをかけ過ぎました」と私に謝りました。私は「大丈夫です。もう過ぎたことなので、今は気にしていません」と返事しました。

 翌日早朝、仏学会の協調人が電話をかけてきて、ほとんどの学習者が主流社会への宣伝をやっているため、華人コミュニティへの宣伝をする人がおらず、あなたは華人のスーパーに行って宣伝しないか、と私に聞きました。子供たちの病気が全快していないため、幼稚園にまだ行かせられず、昨夜は子供を同修の家に預けたばかりなので、今日もう一度預けるなんて同修に頼みづらいと説明したら、協調人は焦って「今の時期になって、あなたはよくこんな小さいことを気にかけますね。勝手にしてください」と言って電話を切りました。

 もし修煉をしていなければ、わずか数日にこんなに多くの苦しいことに遭って、私はきっと激怒して、協調人とけんかをしたに違いありません。しかしその時の私はちっとも怒らず、とても穏やかでした。

 ただ協調人の態度と協調の方法は改善すべきところがあると思い、彼のために、彼に教えたほうが良いと思いました。そこで、私は勇気を出して彼に電話して、自分の意見を述べると、彼の態度も変わりました。私はほっとしました。普段、同修の間違ったところを見ても、怒られないように私は自分の意見をいつも控えていました。それはやはり自分を守るための私心で、本当に相手のためであれば言ってあげたほうが良いのです。今日、私はその私心を突破して、一歩前進しました。

 事後、私はその事をBさんに話すと、Bさんは「その時、あなたの心は動じましたか」と聞くので、私は「いいえ、動じていません」と答えると、Bさんは「それならば、あなたは本当に師父の慈愛をいただいたね」と言いました。そうです、それらの魔難は本当に自分に対する師父の慈愛だと私も思いました。

 今回の神韻の宣伝を通じて、多くの魔難と関を乗り越え、私はこう悟りました。『転法輪』の第九講にある苦を嘗める例のように、難や関は突然にやってくるものです。Aさんが一歩一歩迫ってきた時、私は最初の非常につらい心境から、だんだんと落ち着いてまったく心が動じなくなり、その後次から次へ出てくた問題、および協調人の理不尽な態度と方法にも、私は心を動じることなく、心性はその過程の中で徐々に向上してきました。私は大法の不思議な力と大法が弟子に与えた知恵を実感しました。

 私だけが向上したのでなく、今年の神韻公演を家族全員(8人)、知り合いのレストランの店長も観に来て、神韻を絶賛しました。特に頑固な主人は神韻を観てから、法輪功に対する態度が180度変わりました。

 その後、私は師父の説法録音や明慧放送を聞いたり、学法をしたりする時、主人はいつも横で静かに聞いて、以前のようにいらいらしたり怒ったりはしません。私が家で煉功をしても、彼は反対しなくなり、時々、真相を伝えることも手伝ってくれます。私の家庭環境は完全に変わりました。神韻が世間の人を救い済度する不思議な効果を、私は本当に自ら感じました。

 遠い中国にいる両親も、私が修煉してから持病が全部なくなったと聞いて、早く国に帰って彼らにも法輪功を教えるようにと言ってくれたのです! ごく短い間に、私の周囲の環境はこんなに変わりました。師父に対する感謝を、私はどんな言葉を使っても表現しきれません。

 弟子たちが師を助けて法を正すことをしたか否か、よく出来たか否か、心を込めたか否かは、師父はすべて分かっておられ、全宇宙の神々もすべてを見ています。自分を大法弟子として厳しく要求して、魔難の中で心性を修めて向上してこそ、はじめて望んでいる結果を得られるのだ、と私は悟りました。

 師父、ありがとうございます!

 同修の皆さん、ありがとうございます!

 (完)

 (2012年ニューヨーク法輪大法修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/5/22/257834.html)
 
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