イギリスの修煉者が2010年に帰国した際、北京の国安安全局に脅迫された経験
■ 印刷版
 

 【明慧日本2013年11月11日】私は2010年7月28日、北京へ親族訪問のために帰り、北京国際空港で税関を出る時、私服警官に追跡されました。続いて1カ月の中で、私の父は何度も国安に連れられて談話を強いられ、私は3回国安に連れていかれて、不法に7時間連続の尋問を受け、最後は本心に背いて「もう海外のイベントに参与しない」という保証書を書きました。イギリスに帰った後、私は国安から連絡の維持を求めるメールを受け取りました。

 家族は国安に脅され恐喝された

 税関職員が2013年7月28日、私の旅券とコンピュータの情報を照合した時、変な表情で私の名前を読み上げて、そして彼は後ろにいたもう一人の従業員とひそひそ話をしました。その人は電話を動かし始め、約1分後、私は“通行を許可”されました。

 続いて、私は男性1人と女性1人(彼らはすべて黒色のTシャツを着ている)に追跡されていると気付き、駐車場に着いた後、私は後方100メートル程にいた女性の私服警官を注視すると、彼女は空港に曲がって入っていきました。

 翌日、地方の父(父が退職する前は部隊の指導者でした)は、国家安全局から電話を受け、私が帰って来た事を知っているかどうかと聞かれて、そして彼を帰って来させるように言いました。8月3日、父は安全局の魏という32歳ぐらい職員と40歳くらいの呉主任に呼ばれて談話をしに行きました。

 8月4日朝10時過ぎごろ、私は国安によって首都空港からとても近い「天竺路」という6層の居住ビルの中まで連れて行かれ、2人は私に順番に質問をしました。海外でどれくらいのイベントに参加したのか? 煉功点はどこなのか? 学法点はどこなのか? 天国楽団の成員を知っているか? その他の国家に行ってイベントに参加したのか? 海外の同修の電話番号と法輪大法学会の成員は誰なのかなど。

 私は家が遠いため、イベントに参加することは滅多になく、はっきり分からないですと言いました。彼らは何人かの海外の修煉者の名前(すべて北京です)に言及して、私に知っているかどうかを聞きました。私は1、2回会ったことがあるだけで、知らないですと言いました。彼らは私に、どのように活動の時間と場所を知るのかと聞き、私は法輪功の宣伝チラシ上に書かれた担当者から知ったと言いました。また私に中国国内の法輪功修煉者を知っているかを聞いて、帰ってから誰かと会ったことがあるか、現在の状況を海外の法輪功修煉者に報告したかどうか、イギリス国籍を取得しているるかどうかなども聞かれました。

 “談話”は約7時間続き、彼らは私の家を見てみる(捜査する)と言い出し、前もって私の父の同意を得たと言いました。私が宿泊所(私の部屋ではない)に着くと、彼らは私が妹と同居することを予測していなかったため、彼らは直接部屋に入りました。彼らは私の妹に制止され、私の妹は私の家であり、勝手にひっくり返すことはできないと言いました。最終的に彼らはパソコンが動いていなかったのでその場を離れました。

 心ならずも保証を書いた

 8月9日、私は飛行機で成都に行き(父の両親を見に行くため)、8月15日、私は父から帰ってくるよう促す電話を受け取りました。父は「安全局の人から電話があって、必ず19日に急いで引き返さなければならない。しかもすでに召喚して審問するという命令が出されており、もしその時に帰らなければ、成都方面の人が私を連れ戻す」と言いました。仕方がなく,私は飛行機に乗って19日に急いで引き返すことしかできませんでした。

 午前10時ごろ、私は父に連れられて彼らに会いました。今度は、以前のあの人以外、50代の李局長と女性の私服警官が増えていて、女性の私服警官は私に目を(私が路線を覚えることを恐れて)閉じさせて、私は再度前回のあの部屋の中に入れられました。また、別の部屋の取り調べ室で、私は小さな腰掛けの上に座ることを求められて、対面には彼ら3人が坐っていました。

 李局長は私がまだ話をする前から、私に対して大声でほえ始めて、私の国外での情況を極めて明白に知っていると言いました。彼はまた、自分から国外でした事を言い出すようにと言い、これは態度の問題で、もし言わずに、彼らが知っている(私の)いわゆる事情を彼らの口から言い出すまで待っているなら、性質は変わると言いました(以前、私がもし協力しなければ、労働教養所に私を拘禁したり、公安局に引き渡したりすると聞いたことがありました)。私の内心で非常に恐れ、彼らは交替で私を不法に尋問しました。

 私は午後まで彼らと相対峙して譲らず、何も言いませんでした。午後になると、私はだんだん正念を失って、国外で参加したいくつかの公開イベントを言い出して、「国内、国外で法輪功のイベントに参加せず、国家の法律に背くことをせず、国家安全局が私と談話したことについて公開したり悪意的な宣伝をせず、もし背くことがあれば、すべての結果に対して自ら責任を取る」という保証書を心ならずも書きました。

 彼らは依然として私を見逃さず、私がイギリスへ戻る前に、もう一度私と話さなければならないと言いました。私を引き続き拘留して、国外で誰と知り合い誰と連絡しているのかについて情報を得るためでした。

 24日の午後、私は彼らに北京市西城区の官園橋近くの団地に連れて行かれました。そこはあまり高くないオフィス・ビルで、住所はおおよそ桃園(甲)の2番だと覚えています。私は廊下に貼ってあった、大法を中傷する宣伝ビラとスローガンを見て、これが専門的に法輪功を迫害する機関だと予想しました。

 今度、私は何人か、もう帰国することはない海外の同修の名前を言い出しました。また、しかたなく海外の身内の携帯電話号と自分のメールアドレスを言いました。彼らは私に、今後また帰国するかと聞いて、私は彼らを騙してまた帰ると言った。彼らは帰る時、また話しましょうと言いました。私は心の中で、どうして彼らは私が出入国することを簡単に許すのか、よくわかっていました。法輪功の情報を得るため私をスパイとして利用するためです。

 8月28日、私はイギリスに戻りました。何日か後、オーストラリアのある友達から電話があって、携帯電話に嫌がらせのショートメッセージを受け取ったことを聞きました。それから、もう一人の同修は国外事務所から出張で帰国した時、国安に保証書を書くことを強制されました(私はやっと分かりました。国安の職員は私のパスワードを解除して、私のメールボックスに入りました。彼らは通信の内容を調べました)。国安はまた私の原籍を調査しました。私の元の勤め先まで調査しに行きました。私の弟も国安に探され、談話を強いられました。

 10月8日、私は国安からメールを受け取りました。私を脅すもので、もし私が承諾を守るならば、つまり法輪功のイベントに参加しなければ、彼らも承諾を守り、中国への出入国は永遠に私に開け放すと言い、また私との連絡を維持すると言いました。2011年の中国の新年の時、彼らはまた私の父に電話をかけました。具体的に何を言ったのかは、分かりません。私の海外の家族の人が帰国して親族訪問する時、国安に談話をするために探し出されて、国安は彼に私達のイギリスの住所を言うよう強要しました。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/10/29/281907.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2013/11/1/142982.html)
 
関連文章