娘婿を殺され 山東省老婦人元凶の江沢民を告発
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 【明慧日本2016年3月3日】今年83歳の汪春珍は山東省莱西市院上町孙贾城村の村民である。彼女の娘婿の史洪傑さんは法輪功を修煉したことで、刑務所の中で拷問されて死んだ。汪さんは2015年8月12日に最高検察庁へ元凶の江沢民を告発した。世の中の人々に真相を見せることと、江沢民の犯した罪を公表することおよび江沢民を法に基づき裁くことを要求した。

 以下の内容は汪さんが『刑事告発状』で述べた迫害の事実である。

 「私は汪春珍と申します。今年83歳です。私は法輪功を修煉する前は、高血圧や心臓病にかかり、足にも病気がありました。歩けないし、身体全体が健康なところがないぐらいでした。いくら薬を飲んでも治りませんでした。法輪功を修煉してから、これらの病状は全てなくなりました。ずっと薬を飲んでいたのに治らなかったのが、すっかり健康になりました。

 1999年7月から、江沢民は権力を乱用して法輪功学習者を迫害し始めました。我々に学法煉功のすべてをやめさせました。我々が善良な人になろうとしても、彼は許しませんでした。彼は、我々法輪功の学習者が修煉で健康になったことを無視し、書籍を引き渡すことと、これから煉功しないという保証書を書くことを強要しました。修煉を諦めない学習者に対しては、逮捕して、労働教養での拷問で苦痛を与えました。その迫害で、ある人は身体障碍者になったり、ある人は死んだり、ある人は家族と離散したりしました。娘の家族が離散した一つの例です。

史洪杰年轻时照片
史洪傑さんの若い頃の写真

 私の娘婿の史洪傑さんは44歳で、莱西市孙贾城村の人でした。2002年の秋、史洪傑さんは莱西市政治保衛部門の警官沈濤と、院上の派出所の警官に連行され、家財まで奪われました。鉄のケージに一日中入れられてから、莱西市留置場に拘留されました。真相資料の状況を知りたかった「610弁公室」の頭目を自任している於瑞珍と政治保衛部門の科長沈濤が拘留中の犯罪者を使って、史洪傑さんに様々な拷問を行いました。史さんをさんざん痛いめに遭わせました。

酷刑演示:铁笼子
拷問の演示 鉄のケージ

 史さんが息も絶え絶えになるほど迫害されていた最中、警官の沈濤に会って「場所を変えてくれませんか。このままだと、彼らに殺されますから」と頼んだことがあります。沈は「私は構ってやらないよ」と言いました。更に裏で犯罪者を使って拷問を加えさせました。数日後の2002年10月18日の朝、史さんは拷問で殺されました。見るに耐えないほど悲惨でした。身体全体は傷だらけでした。顔にも大量の砂がついていて、こめかみが黒くて、10本の指も黒くて、足はまめだらけで、胸に長い傷跡がありました。

 死体検査のレポートに「史洪傑は殴られたため、頭に凝固した血の塊があり、手の指1本、足の指1本と肋骨が4本骨折し、身体全体が傷だらけだった。死亡原因は、内臓が出血し、肝臓と胃が萎縮した(肺は折れた肋骨に刺さったから)ことだ」と記述されていました。

 ある犯罪者は事後に「当時、私は史洪傑さんの隣の部屋にいました。史さんが屋外に出て運動できるところは、高さ2メートルぐらいの壁があり、上は露天ですが鉄の棒がありました。中は見えないのですが、音は聞こえました。その日、元々史さんは悪人に歩けないぐらい殴られましたが、ずっと座禅を堅持していました。すると暴行者は彼を外の鉄のケージへ引っ張って行って、身体を横にさせました。彼らは飛び上がって上の鉄棒につかまってから、また史さんの体に飛び降りました。このせいで、史さんの肋骨が折れて肺に刺さり、亡くなりました。病院に運ばれる随分前に、死亡しました」と話しました

 娘婿が死んだ後、私は2人の未成年の孫と哀れな娘を見て、悲しくて悲しくて泣いてばかりでした。終日恐怖で、修煉し続ける勇気もなくなりました。法輪功の修煉をやめた後、修煉前の病状がまた出てきました。現在足が痛くて歩けないし、腰も痛くて長く立てないし、料理を作ることもできなくなりました。江沢民が法輪功を迫害してさえいなかったら、私はこのようにはなりませんでした。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/2/22/324457.html)
 
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