着実に修めるなかでの体験
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文/台湾の大法弟子

 明慧日本2017年5月5日】私はすでに3年以上法輪大法を修煉しました。ここで最近の修煉体験をみなさんと交流したいと思います。不適切なところ、法に則っていないところについては、慈悲なるご指摘を願います。

 一、適宜に法をもって自分の考えを正す

 最近私達の煉功点の同修が、親戚が切り落とした高大なビンロウジの木に押し倒されました。昏睡状態になり、病院に送られました。鼻柱が割れ、肩甲骨などを骨折しました。その話を聞くと、最初私の頭に浮かんできた一念は、私達大法弟子は、みな法輪が頭上で保護しているのではないか? どうしてぶつかったのか? 師父は『轉法輪』のなかで、「彼は誰かに頭を叩かれたと思い、『誰だ、ぼくを叩くのは?』と言いながら振り返ったところ、頭上に大きな法輪が回転しているのが見えました。鉄パイプも頭から滑り落ちました。滑り落ちてそのまま地面に突き刺さって倒れませんでした。もし、それが人間の身体に突き刺さったら、考えてもごらんなさい、あれだけの重さがあるので、飴玉の串刺しのようにぐさりと突き抜けるにきまっています。なんと危険なことではありませんか!」[1]と説かれたのではないかと思いました。しかし、すぐもう一つの師父の説法、「わたしの本を手にして、街を歩きながら、『李先生が守ってくれているから、車なんか怖くない!』と叫ぶ者もいますが、それは大法を破壊しているので、このような人を守るはずがありません。実際、真に修める弟子はこんなことをするはずもありません」[1]をも思い出しました。師父の説かれたこの二つの説法を比較して、私は本当に冷や汗をかきました。私の最初の念は、まるで街に出て大声で叫ぶ者に等しいのではないでしょうか? 私は真に修める弟子なのでしょうか? それは「大法を破壊」することです! 本当に一つ一つの念が正しいかどうか注意しなければなりません。間違いを発見したので、急いで法に符合しない考えを正そう、と思いました。

 幸いにその同修は数日後退院しました。みなが彼の見舞いに行った時、その同修は楽観的で、正念をもって、「私たちは普段からみな業を返そうと思い、それを分割して少しずつ返します。今回の事件は、他でもなく私に一度に多く返させるためだったのでしょう」と言いました。私は心のなかで、やはり長く修煉した人だ、本当に念が正しく、強い! と思いました。

 二、うちに向けて探し、安逸の心を見つける

 最近、煉功点のある同修が私に「あなたは第二式の頭上抱輪をする時、どうしてもこうなっています(手振りしながら)。頭前抱輪と同じようになっています」と指摘してくれました。それに対して、私は手振りしながら「こうでしょう。正しいでしょうか」と言いました。その同修は「そうです、いまは正しいです。しかし、先程はこうではなかったです」と言いました。私は「あ、そうですか。そうしたら、多分私は寝ていたのでしょう」と答えました。そばにいたもう一人の同修はハッハッと大笑いしながら、「本当にすごい! あなたは立っていながら、眠れますね!」と言ってくれました。私は大笑いしながら、同修らと冗談を言いました。笑いながら過ごしたのですが、振り返ってみると深く探さなければなりません。私には座禅する時、腰を曲げ、背中を曲げ、居眠りをし、掌が倒れるなどの現象がよく現れました。また、大型のグループ学法の時、自分の声がなくなり、ぼんやりしてしまうこともあります。そばにいた同修が私を軽く叩くとそれに気づきました。このような数々の正しくない現象は私に急いで内に向けて探すように促してくれました。特に最近早朝の煉功時間によく雨が振り、私は無意識にアラームを消し、また倒れて引き続き寝ました。しばらくして、目が醒めると煉功時間は半分しか残っていません。遅刻して煉功点に行き、動功だけやるか、自宅で静功をするしかありませんでしたが、一日中、残りの煉功を補う時間がみつかりませんでした。これはどんな状態でしょうか。そうです。安逸の心です。私はただ心地よく過ごそうとしました。この眠ってしまう現象はすべて安逸の心の現れでした。「見つけた」と私は心のなかで大声で叫びました。「私はそれを修めます! それを排除します! この良くない心を排除します!」と叫びました。師父は「人はこの世に生きているからには気持ちよく生活したいと思っています。常人がこのように考えるのは間違いではありません。人はどうしてもよりよい暮らしや楽しくて苦の少ない生活を求めるものです。しかし、修煉者であるあなたに教えますが、ある程度苦を嘗めるのは悪いことではありません」[3]、「しかし、緩和されればされるほど、圧力は軽減しますが、それによって安逸心が生じやすくなり、少し心地よくなりたいとか、少しのんびりしたいとか、ゆっくりしたいとかなどの具合です。実は大法弟子の生活はすでに修煉と一環一環、緊密につながって溶け合っているため、自分を緩めてしまったことは、すなわち修煉を緩めたことになります」[3]と説かれました。そうです。私は必ず直ちにこの安逸の心を修め、それに邪魔されてはならず、自分の精進する意志を引っ張られてはいけません。

 三、法を暗唱するなかでの悟り

 最近、協調人の同修は何回も私に、私の学法の量が足りないから、邪魔が多く、正念が足りない状態に陥っていると指摘してくれました。私もお昼の時間に、真相を伝えるプラットフォーム(パソコンのコミュニケーションツール)に入って『轉法輪』を以前より一講多く学びましたが、常に形式に留まっていると感じました。そして、途中でやめました。詳しくチェックしてみたら、朝に『轉法輪』を読むときも完全に心に入れることができず、常に口を閉じて、席を離れ、雑事をやっていました。幸いに同修が指摘してくれたので、すぐこの状態を改善しました。また、多くの同修が法を暗唱している部屋がありましたが、私は『轉法輪』を一講読んでから、そのまま部屋に残り、5分にしろ、10分にしろ、残りの短い時間で『轉法輪』を一段落暗唱することにしました。2、3人が一緒に暗唱していました。約10日後、私たちはすでに7、8段落を暗唱しました。その時、すでに心が落ち着き、はじめて暗唱できた部分の法には更に深い、以前読んでもわからなかった内涵があることに気づきました。そして、私はまた煉功場の責任者と、毎日煉功が終わったら残って、一緒に『洪吟』を暗唱することを約束しました。毎日約3~5分の時間を利用して、『洪吟』の詩を一首暗唱しました。その結果、煉功後に残って一緒に暗証する同修が4人に増えました。私たちはみな法の暗唱は本当に非常にすばらしいと気づきました。同時に師父の法は着実に私達の修煉を指導して、私達が真相を伝える正念を強化し、それが全世界救援プラットフォームにしろ、観光地での真相伝えにしろ、いずれも十分な正念をもって、自信をもって行うことができるように加持してくださいました。師父の説かれた「法は一切の執着を打破することができ、一切の邪悪を打破することができ、一切の虚言を排除することができ、法は正念を固めることができるのです」[4]を思い出しました。私は、実際法を暗唱するなかで、師父の法を原文通り暗唱すれば、私達の修煉を強化することができ、私達の正念も更に強くなることを体験しました。

 四、「人を救う事を急ぐ」という念を心に持つ

 私は最近の修煉体験をいくつか書いて、同修と交流しようと思いました。しかし、書き始めたら、「プロジェクトアクション」(救援事件が発生し、電話の開始)の通知を受け取りました。このプロジェクトを始めたら、交流原稿を書く時間と精力がなくなるだろうと思いました。そして、プロジェクトが始まった初日の朝、電話番号を受け取りに行きませんでした。心のなかで、急いで交流原稿を書こう、少なくともまず半分を書こうと思いました。その結果、朝の時間に、他人の交流文章を読んだり、師父の関連する説法をたくさん読んだりしましたが、最終的に原稿は一字も書けませんでした。私は心のなかで、焦っても仕方ないと思いました。その時、私は警戒しました。私はいま何をやっているのか? これは「私心」ではないか! 私は人を救うことではなく、交流文章を書くことを最優先にしました。これを悟った後、私は午後急いで電話番号を受け取りに行き、法輪功の真相を伝える電話をかけました。夜の交流と学法も普段通りにやりました。翌日以降、私はいずれも朝に真相の電話番号を受け取り、電話をかけました。心のなかで「人を救うことを急ぐ」という念をもち、「電話をかけて真相を伝え、人を救う」ことを最優先すべきです。師父は「真相を伝え、衆生を救い、これはすなわちあなたが行うべきことです。これ以外に、あなたが行うべきことはなく、この世界であなたが行うべきことはありません」[5]と説かれました。

 また、私は常人の楽団の活動に参加していまして、8、9年間ほとんど欠席したことがなく、出席率は非常によかったのです。私達の中区付近では、大法の楽団がなく、ずっとこの活動に参加していました。少なくとも楽団のみなをつれて神韻を鑑賞したのでよかったと思いました。ある日、夜練習があり、私は団員のため、練習に使用する楽譜を準備しました。夕飯を早く食べたため、まだ少し時間があったので、少し休もうと横たわったところ、なんと寝てしまい、練習がちょうど終わる時間に目覚めました。団員が私にかけてきた電話の鳴る音も聞こえませんでした。しかし、目覚めたら、ちょうど力がいっぱいで、この交流原稿を書くことができました。師父は私に常人の活動は最後にするように按排してくださったと悟りました。本当に慈悲なる師父に感謝します!

 以上は個人の体験で、交流のために書きました。不適切なところについては、ご指摘をお願いします。

 師父、ありがとうございます!
 同修のみなさん、ありがとうございます!
 合掌

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の著作:『ヒューストン法会での説法』
 [3] 李洪志師父の著作:『各地での説法九』「二〇〇九年大ニューヨーク国際法会での説法」
 [4] 李洪志師父の著作:『精進要旨二』「妨害を排除せよ」
 [5] 李洪志師父の経文:『二〇一五年ニューヨーク法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/4/25/346070.html)
 
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