大法弟子孔徳易(別名孔暁海)、男、28歳、長林強制労働矯正所にて迫害を受け死亡した。
孔徳易は上京して上申したため、不法に強制労働矯正所に投げ込まれた。孔徳易が監禁されていた間、所長の史昌敬に呼び出され、理由なく小屋に閉じ込められ、座れず、まっすぐ立てず、手を吊られ、その極端な苦痛が丸7日に及んだ。小屋から出たとき、両足は水腫れして、すぐに化膿し、靴も履けなくなって、立つのも、歩くのもままならなくなった。それでも長時間の労働を強制された。
邪悪な迫害が徐々にエスカレートし、2001年5月大法弟子が最基本の人権保障を求めて団体絶食で抗議した。大法弟子絶食の5食目に当たるとき、所長が強制灌食をもって迫害を加えた。所長の史昌敬が自ら監督し、監獄の馬医師が操作手順に沿わず、勝手に力に任せてチューブを挿した。多くのは3回も挿した。大法弟子の一方の鼻からチューブを差し込んで、抜いて、またもう一方の鼻穴から差し込んだ。そのような残酷な手口で大法弟子を迫害した。多くの大法弟子がその後、程度こそ違うが血を吐いた。孔さんがその後、大量に血を吐き、表情は苦痛に満ちて、腹に手を当ててしゃがんでいた。人の助けられて教室に戻ってから、机について苦しんだ。所属する監獄4隊隊長がほったらかして無視した。
孔さんが苦痛な一日半をすごしたとき、監獄でバスケットボール試合を企画した、孔さんが人にかかられてバスケットボール場に来たとき、すでに危険な状態になっていて、病院に送ることになった。その途中に孔さんが逝った。邪悪な所長史昌敬が会議を開き、孔さんを心臓死と決め付けた。ほかの迫害をうけ死んだ大法弟子と同じように、江沢民政治集団の指導の通りすべて自殺と心臓病とうそをついた。もし、強制労働矯正所が野蛮な灌食を行わなかったら、孔さんは死んでいたのだろうか?
我々全体大法弟子はここで全世界の良識ある人が大法弟子に支持を与え、国際人権組織が支持を与え、中国大陸における人権蹂躙、法輪功修煉者虐殺暴行をなるべくはやく解決するよう希望し呼びかける。