【明慧日本】法輪大法の小弟子である香香ちゃん(仮名)は小学校6年生です。1997年の「7・20」以降、香香ちゃんのお母さんは何回も北京へ陳情しに行きました。かつて18日間歩いて北京へ陳情しに行ったこともあるし、警察に6回も非合法に逮捕されたこともあります。香香ちゃんはお母さんと一緒に北京へ行って護法しようとしましたが、お母さんが拘留所に違法で拘留されていたため、自分1人で北京へ行くことを決めました。彼女は天安門広場で法輪功をやった時、逮捕され、学校に送還された後、学校側が彼女を退校させると驚かしましたが、彼女は絶対妥協しなかったので、学校側はしようがなく彼女に在学し続けさせることにしました。お母さんが釈放され、家に帰った後、香香ちゃんはお母さんを助けて法輪功の真相を大量に伝えることをやりました。ある日、真相資料を配った時、悪人に密告され、4、50人の警察が彼女の家を包囲しました。警察がドアをノックした際、お母さんは他の学習者が離れるのをえん護し、香香ちゃんは大法の資料を保護するために2階まで走りました。警察はドアを足でけり開いたとき、彼女は毅然として1400部余りの大法資料を抱いたまま2階から飛び降りました。警察が香香ちゃんに追いつくと、彼女を、さんざん殴って、その資料を彼女から奪おうとしましたが、香香ちゃんは一所懸命にその資料を抱いて、手を放しませんでした。
香香ちゃんとお母さんは逮捕され、地元の拘留所に拘留されてしまいました。お母さんが非常にしっかりしていたので、警察はどうしても彼女の口から資料の出所のことを聞き出せませんでした。すると、香香ちゃんを突破口にしようとして、香香ちゃんに恐れるかどうかを聞きましたが、「警察のおじちゃんは人民のために奉仕する人だと教科書にそう教えてくれましたが、なぜ私は恐れるんですか」と香香ちゃんはそう答えました。彼女の話を聞いて、当時そこにいる警官はみんな呆然となりました。香香ちゃんに口を開けさせるため、邪悪な警官はなんと彼女の髪の毛を捕まえ、さんざん殴りました。しかし、香香ちゃんはお母さんと同じで、心の中でずっと正念を持っており、決して警察に屈服せず、資料の出所のことをちっとも言いませんでした。警察はやむを得ず、彼女を釈放するしかありませんでした。お母さんも1ヶ月後、釈放され、すぐ法を正す奔流の中に入りました。