日本明慧

大法の修煉で得た智をもって、貴重な中国人の救済を可能にする

文/米国学習者

【明慧ネット】中国人に真相を伝えようとすると、多くの質問に遭う。如何に良く質問に答えることが出来るかは、如何に法を理解しているかと直接関係する。ある意味でこれはテストを受けているようなものだ。質問によっては、我々が怠っている部分を直接突く。これらの質問にうまく答えられないと、深い印象を残す。後程「転法輪」を読んでいる時に、突然気が付く。「あれー、私は何てバカなんだろう。全て本に書いてあるじゃないか。どうしてこれを覚えていなかったのだろう。」 これによって良い循環が始まる: 真相をつたえるうちに、我々は自分を高め、より深く法を理解するようになる。そうするうちに法の理解が深まり、それがより良く真相を伝えることを可能にする。時を経ると共に私は、どんな質問にでもはっきりと答えることができると感じ、中国人に真相を伝えたい気持が起きた。

始めは誰かを捕まえるのが好きで、その人が聴きたいかどうか気にしなかった。優しい言葉使いでその人に説教したけれど、しばしばその人が恐れをなして逃げてしまうことになった。今は、「ごきげんよう。私は法輪功学習者です。私達のことをどう思いますか。あなたの考えや意見があれば聴かせて下さい。」 師父や大法さえ攻撃しなければ、どんなに意見が鋭くても構わなかった。私はいつも言った。「私達は良い人間になる為に真、善、忍を修めるのですから、あなたの意見を真剣に考慮しますよ。もしも何か私達が良く行っていないことがあれば、きっと改めるようにしますよ。」 この方法だと人は敵愾心を持ったり、構えたりしないだろう。あなたのことを良心的だと思い、話す気になるだろう。法輪功の理解を邪魔するものや、その人の執着が分かると、それに応じてもっと特定の情報を与える。もしも師父や大法を攻撃するなら、私はすぐに話を止めさせる。「ちょっと待って下さい。あなたは法輪功を理解しているのですか。法輪功の本を読んだことがあるのですか。中国大陸での宣伝は信用できませんよ。」等々。それから私は真相を伝える。気ままに大法を罵ったり攻撃したりする人に出逢うと、その人の傲慢さを減らす方法を考える。もしも答えが激しく嫌味のあるものなら、それを変える方法を考える。そうすることにより、私をもっと尊重する気持を持つようにさせ、法輪功学習者は正義に満ちていると感じさせ、私達に対し不敬な態度をとらず、行儀良くさせる為である。もちろんそれを達成するのは簡単じゃない。しかし私達が法の勉強の為に時間を最大限に有効に使うなら、大法が我々の智慧を開き、どうすればよいか自然に知るようになるだろう。

実践を通して発見したのだが、質問に答える時要点に注意を集中するようにすると、言葉数少なく説明でき、効果は最高となる。長く話し過ぎるとその人を混乱させ、忍耐を失わせる。私が出逢った質問と理解の一部を下記する。

質問: あなた方の先生は高卒なのに、修士や博士号を持つあなたのような人達が、どうして彼の説を信じるのですか。
答: 孔子が高卒だったのか大卒だったのか、あなたは知っているのですか? それでいて儒教は中国で二千年もの間普及したのです。彼の説が善であり正しい限りは、人々は彼の言葉に従おうとするのです。高卒か大卒かなんて誰が気にするもんですか。アメリカの偉大な発明者エディソンは、小学校を出ただけなのですよ。エディソンが電球を発明したのでなければ、人々は未だに蝋燭を灯して明かりにしているのですよ。

この種の質問は直接答えるのは簡単でない。何故なら師父が言うのは宇宙の偉大な法であり、それは人間の知識や学校の教えから来たものではないから。しかしこれを直接説明すると、常人は理解しない。だから私はしばしば比喩を用いて説明する。儒教も人間の知識ではなく、天から来たものである。法を勉強して私は気付いたのだが、師父も度々比喩を使って学習者の質問に答える。

質問: 李先生は法輪功を利用してお金儲けし、富を蓄えているのですか?

答: もしも李先生が富を蓄えたければ、彼の本を全部ウエブから無料でダウンロードできるようにはしなかったでしょう。法輪功学習者は法輪功を学習して恩恵を蒙り、多くの人は末期の病気から快復したのです。李先生が一言「皆一ドルを渡しなさい」と言えば、彼は億万長者になれるのです。一ドルだけでなく百ドル、又は一千ドルでさえ、学習者達は喜んで出すでしょう。それなのに李先生はそういう事をしないのです。それどころか彼は、一セントでさえ学習者から取ったことがないのです。

質問: どうしてあなたたちは中南海を包囲したのですか?

答: これは全くの誤解です。1999年4月25日、一万人の法輪功学習者は中南海を包囲したのではなかったのです。彼等は府佑街にある国務院へ行って、留置された天津の学習者達の釈放を要求しようとしたのです。府佑街はたまたま中南海のそばだったのです。それに、もしも彼等が中南海へ行ったのだとしたら、それがどうしたと言うのですか。二万人のアメリカ人が大統領ブッシュの就任式に抗議するために現れた時、米国政府が「包囲」されたと文句を言ったのを聞いたことがありませんよ。

質問: 法輪功学習者達は厳密な組織をもっている。

答: 1999年7月以来江沢民一団は、法輪功の酷い迫害を始めました。全国の殆んど全ての煉功場の責任者は逮捕されました。それでいて多数の法輪功学習者は、天安門広場へ平和な請願に行ったのです。彼等は街でちらしを配り、標語を示し、バナーを掲げたりしたのです。誰が彼等を組織したのですか?

質問: 法輪功学習者が真相を伝えることは中国の安定を崩しています。

答: 法輪功学習者ではなく、功沢民が中国の安定を崩しているのです。何故って? 知っての通り、国が安定する為には人民が幸福な平和な生活ができるようにし、しっかりと安定した、覆ることのない政権をもつようにしなければなりません。それにもかかわらず、経済を築き上げる代りに、横領や汚職を罰する代りに、何百万もの失業者や何億人もの農民に食物を与える代りに、江沢民は平和な法輪功学習者を残忍に迫害する、文化大革命のような動きを起すことに全力を集中して来たのです。年寄りの男女が早朝公園で煉功することが、誰に不便をもたらすと言うのですか。しかし彼等は暗い留置所に監禁され、殴られ、無実を抗弁することも許されず、死に至ることさえあるのです。何という法なのでしょうか? もしも実際に党や国の滅亡の危険があるとすれば、江沢民だけが罪人で、他には誰もいません。

質問: あなたたちは政府を倒すために、政治に関与しているのですか?

答: 中国大陸の多くの学習者は退職した老人で、老後を平和に暮したいと思っているのです。どうして政治に関わることに興味を持つことがあるでしょうか。それにこの人達が政府を倒すことを予測するなんて、冗談じゃないですか。一方、法輪功は決して殺さないと説き、学習者は鶏でさえ殺さないでしょうから、どうやって政府を倒そうと、武器を取り上げることが出来るでしょうか。法輪功学習者は良い人になろうと、楽しく平和に煉功していたのですよ。今は江沢民が彼等を、頼りにする処もない程にまで押し遣ったのです。又多くの人は殴り殺されました。だから学習者達はちらしを配ったり、真相を伝えようと出てくるのです。その目的は出来る限り早く殺人を止めさせようと、法輪功の迫害を止めさせようと、人々に呼び掛ける為なのです。迫害が非常に残酷であったにもかかわらず、彼等は殴られても罵られてもやり返さず、平和な請願を続けたのです。

中国の迫害の凶行者に真相を伝える為に電話をかけた時、法輪功のことだと気付いたとたんに電話を切ってしまう人もあった。だから私は他の件を先に話す。ここに例をあげる。

私: 今日は、XX書記さん。私は中国系アメリカ人です。お時間を二分だけとらせて下さい。とても重要なことをお話したいのです。

彼: 何ですか?

私: 以前経験してこられた事ですが、解放後最高地位にあったリーダーが数知れない運動を始めましたが、それらは全て間違いであったことを歴史が証明しました。これらの運動が、群衆と群衆が戦うよう挑発したのは、政治的動機からでした。特に文化大革命ではそうでした。しかし、文化大革命が終わるやいなや、北京市警察庁長官は、多くの悪行をして、その結果から逃れる事ができないことを知り、自殺しました。その後、悪事を働いた警官のグループが密かに死刑にされました。毛沢東夫人江青でさえ死の判決を受け、執行猶予となり、結局は泰城の刑務所で首吊り自殺しました。

彼: 何を言おうとしているのだ?

私: 私が言おうとしているのは、聡明な人は間違いを犯した時の為に、常に余地を残しておくということです。 権力者に騙されて、最後まで彼等と共に道を歩んではいけません。法輪功の迫害も又政治的動きです。現在公正を維持するために国際的に悪人のリストがあり、彼等の犯罪が記録されています。一旦真実が自然に暴かれると、これらの人は良い結末にはならないでしょう。法輪功を迫害して後悔する警察や政府の役人の数は計り知れません・・・

以下は私が邪悪に走った中国大陸の人に電話した時に出逢った質問です。

質問: 何故修煉するのですか? 圓満成就の為じゃないんですか? じゃぁ圓満成就は何の為ですか?

答: それは何の為でもありません。人間は高い空間にあるすばらしい世界から堕ちて来たのです。だから私達は元へ帰るのが当然なのです。人の生命は人間である為にあるのではないのです。それは返本帰真の為にあるのです。それはまるで人がトイレに落ちたみたいなものです。たった一つ考えられる事はどうやってそこから抜け出すかということです。あなたはその人に何故そこから抜け出したいのかと聞きますか?

質問: あなた達が修煉で成したことは全て、自分の圓満成就が目的ではないですか? 雷鋒は圓満成就のことなんか考えず、心から人に尽すことだけをやったのですよ。彼こそ真に私心がなかったのです。

答: 雷鋒は良い人でした。しかし、私達修煉者は更に高い基準に到達するべきなのです。師父は、「敵を愛すことが出来なければ、圓満成就に達することが出来ない」と言いました。雷鋒は敵を愛しましたか? いいえ、彼は自分の同志や兄弟にだけ春のように暖かかっただけです。彼は敵に対しては、冷たい冬のように残酷で無情でした。圓満成就とは真に私心のない境界なのです; それは安楽や欲望を追求することではないのです。私心のない状態に達していない人は、圓満成就について話す資格がありません。神や佛の圓満な境界を常人の私利と同等に扱うのは、神や佛に対する最大の冒涜です。もちろん私心の無い境界に達した人は、生命の昇華に到り報いを受けます。それは宇宙の法理の体現です。宇宙の法理に従うと、悪行はどんな報いを受けるのでしょうか? 修煉することにより私心の無いすばらしい境地に到ることは、全ての生命にとって真の家へ帰ることで、それが私達がこの世界に居る理由でもあるのです。

質問: 神通力第一であった目ケン蓮は帰宅途中で、群衆に石を投げられた結果死亡しました。何故ですか? 釈迦牟尼は、神通力は業力を負かすことが出来ないと言いました。だからZhao Xinが殴られて死に至ったのは、彼女自身の業力によるものでした。

答: 釈迦牟尼がその当時何と言ったかは、確認する方法がありません。イエスは何故十字架につけられたのですか? それは旧勢力の迫害でした。旧勢力が宇宙の大法から逸脱した為でした。従って、Zhao Xinやその他の大法弟子の被害も又、旧勢力の迫害によるものでした。彼等に自分の業力があったとしても、師父は彼等にこの様な返済の仕方を按配しませんでした。

質問: あなたは師父に対する執着を放下するべきです。師父が居なくてもあなたは修煉し、心性を向上させることが出来、圓満成就に到ることが出来ます。

答: 修煉界には、天機があります。それは、「修は己にありて、功は師にあり」というのです。師父無しに、誰があなたを守ってくれるのですか? 誰が功を演化してくれるのですか? 誰があなたの身体を浄化し、業を滅してくれるのですか? 圓満成就に達した後、何処へ行くのですか? どの法門で修煉するかは重要ではありませんが、師父の按配無しにはあなたは行く処が無く、このごみ捨て場に留まるしかないのですよ。

この会話を通して私は又「師父」の特別な意味を理解するに到った。中国語では「師父」は二語から成る。最初の語「先生」は、法を教える先生である。二番目の語「父」は、私達に生命を与える「父」又は「母」と言える。大法が私達を創造したという事実は説かないでおこう。師父がここへ法を正しにやって来たのでなければ、私達は皆ここに留まり、永遠に元の処へ帰ることが出来ないだろう。常人はこのことを知らないが、私達大法弟子は知っている: 師父は数知れない困難を私達の為に耐え忍んでくれた。師父が新しい生命を与えてくれた他に、私達は法を正す時期の大法弟子となり、比類なく幸運である。時間を大切にし、法を正すことで師父を助けることをしない理由があろうか。もしも私達が「時を失せず救済しよう、早く伝えよう」をしないなら、いつ次の機会があろうか?

2002年9月17日