日本明慧


湖北獅子山麻薬リハビリセンターと沙洋労働教養所は
大法弟子をひどく踏み躙る

【明慧ネット】2001年、武漢獅子山麻薬リハビリセンターの警察は、大法学習者が大法の経文を持ち込んでくることを防ぐために、学習者の荷物を繰り返し検査したり、服を全部剥がして検査したりする。更に、一ヶ月おきに、百名以上の学習者を集めて、服を全部脱がせて捜査し、学習者の人格を汚辱するのである。 

警察は、大法弟子を麻薬常用者の人の中に入れ、何時でも監視させる。大法学習者たち間の会話を許せないし、お互いに手伝うことも許せない。しかも、お互いに笑顔をつくってもいけない。トイレに行くことすら時間が制限され、付き添っているひとから監視され、用は終わらなくても、学習者をトイレの外に引っ張りながら「お前たちは真善忍を修錬しているじゃないか?辛抱してくれ!」と言う。労働教養所は、軍事訓練という名目を借りて、何でも軍隊化し、時間上で学習者をコントロールし、学習者の精神をいつも緊張な状態にさせている。休憩するときに小さい腰掛けに掛けさせられ、リラックスも許せなく、両足は揃わなければならない。学習者たちが法を暗記することを恐れるため、ぼんやりすることも許されない。昼は、警察にいっぱい安配され、寝るときは、麻薬常用者の犯人に監視される(二つのベッドを一緒に並べて、一人の学習者のそばに一人の麻薬常用者をつける)。 

咸寧の学習者の李紅荷氏は錬功を続けるため、毎日麻薬常用者たちに酷く殴られ、警察から電気ショックを受けられた。そのため、体の傷がいまでも消えられない。麻城の学習者の余愛栄氏は、非法的な監視を拒否するため、二時間ほど電撃された。夜中に時々大法弟子が酷刑されるときに凄まじい叫び声が聞こえる。

2001年6月25日、獅子山麻薬リハビリセンターから四十名の女性学習者が沙洋労働教養所に秘密に送られ、強行に洗脳された。沙洋労働教養所の警察はより一層残虐で、麻薬常用者及びほかの犯罪者を利用し法輪功学習者を迫害している。彼等は、もし一人の学習者を転化することができたら、すぐ刑期を減らすと奨励されるという警察に言われたので、これらの犯人はもっと野蛮的に学習者を監視、残害する。 

2001年の秋、麻薬常用の犯人賀俊燕は警察の唆しを受け、入ったばかりのある女性学習者をひどく殴った。そのため、下腹及び足が大面積に鬱血し、膝がボールのように腫れた。トイレに行くにも不自由なのに、又軍訓に出なければいけなかった。 

学習者の李紅荷氏は、労働教養所の法輪功学習者を迫害する所謂 「所の規定」を暗記しないため、何回も警察に外に引っ張られ酷く殴られた。警察はいろいろ酷刑を利用して、彼女の大法に対する固く守る心を変えようとした。たとえば、電撃、吊り上げて殴る、跪かせて殴ることなどである。それは皆6〜7時間も続けた。毎度李氏は死にそうに殴られ、古い傷はまだ治ってないうちにまた新しい傷が出てきたのである。ある日、李紅荷氏は背中が電気され、その電気した傷の面積は400c㎡あまりに達して、看るにも忍びない。また、その両手、肘、両足はみんな酷刑により皮肉がボロボロになってしまった。 

2001年の夏、沙洋の警察は、強行に四十あまりの大法学習者にいわゆる「腸チフスのワクチン」を注射したが、異常のことに、大法弟子以外の犯人たちはされなかった。 

2001年の秋、警察は肉体から大法学習者を屈服させることが出来ないのを見て、十名の大法を裏切った背信者を呼んで、自分と他人を騙している嘘を宣伝させた。その嘘を受け入れない大法弟子は、軍人の立つ姿勢に罰され、深夜2、3時になっても寝させなかった。昼間は重い肉体の労働をさせ、夜になったら立てさせられる。また、「?高決定」を暗記しなければならなかった、又、ややもすれば、殴られたり罵られたりするのである。 

新しく入った学習者は、寝られなく監禁されるうえ、もっと酷く殴られる。しかも、背信者に囲まれ、酷く迫害されるのである。その虐待と言えば言い切れないものである。