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吉林省九台労働矯正所による楊立冬氏への迫害

 【明慧ネット】楊立冬氏夫婦は、吉林省松原市寧江区の法輪功修煉者で、2002年旧正月の前日に拉致された。3月15日に九台労働矯正所の教養隊(厳管隊とも言う)に送られた。楊立冬氏は、誓約書(法輪功修煉を放棄する等)を書くことを拒否したため、警察は受刑者を指図し虐待した。

 楊氏を監視した受刑者は、張老七(乾安県出身)、李東紅(四平市出身)、朱永、王忠奎らであった。彼らは、楊氏の両手を手枷で鉄ベッドに掛け、両足を縄で縛った。そして、彼らは殴りながら罵った。楊氏の苦痛に叫ぶ声と他の法輪功修煉者たちの阻止しようとする声が、何度も聞こえたが、警官らは無視した。七、八人の受刑者は、楊氏の口を雑巾で塞いで、各種の刑具で彼を殴ったり、髪の毛を引っ張ったり、木板や歯ブラシで両胸をこすったりしたため、楊氏の体には、多くの出血した腫れ物ができた。楊氏に与えられた食事は、一つの固い饅頭だけであった。

 警察も楊氏をベッドに縛り、同じ姿勢を続けさせた。あるときは、冷たい地面に一晩座られせた。あるときは、ベッドの上に横にされトイレも行かしてもらえず、服は尿にまみれた。他の修煉者が自分の布団と交換してあげたが、劣悪なる受刑者らによって縛られたため、すぐに濡れてしまった。張老七と朱永は、図々しくも「楊立冬は、トイレに行きたいときも声をかけなかった、わざと布団を汚した。饅頭をあげたら食べなかったが、ハムをあげたらどんどん食べた、そうしなければ絶食するといった」とあらぬ嘘をついた。

 半月しか経っていないにもかかわらず、楊氏は半身不随になり、物を持てなくなったが、適当な治療も受けられなかった。

 ある日、高管教と高大隊長が厳管宿舎に行った際、楊氏は「法輪大法は好い」と叫んだため、高管教は狼狽し、楊氏の点滴針を引っ張ってはずし、狂ったように楊氏の体に突き刺した。高大隊長は、楊氏を地面に蹴り倒した上、彼を殴った。

 約一ヶ月後、楊氏は衣類等をしまう小さい倉庫に移された。受刑者である張老七、李東紅が監視役となった。彼らは、劉文利、謝雲普(九台営城出身)、張倉(九台営城出身)、趙利(九台営城出身)などと一緒に、楊氏の筋肉が萎縮したので、回復のためにマッサージをするという名目をつけて、楊氏を苦しめた。楊氏の苦痛に叫び声と警官の笑い声が響いたが、憂慮するような人は誰もいなかった。楊氏は、殴打され続け失禁したにもかかわらず、引きずられ更に酷く殴られた。

楊氏の健康状態は、弱まる一方であるため、長春へ送られ検査を受けたが、医師の「入院治療」の診断は無視された。空腹の楊氏を車内に置き去りにして、警官らは食堂で鯨飲馬食した後、再度彼を九台労働矯正所へ戻した。

楊立冬氏は、すでに一ヶ月半も虐待され続けている。