日本明慧

二言三言:「ボトルネック効果と反応」から考え付いた

【明慧】最近同修と全体の問題を切磋した時、私は急に普通の人が話した「ボトルネック効果と反応」の問題に思い至った。それは、「1個の桶は、多くの板を囲って壁になっている。だからその桶に入れられるレベル(水の容量)は、最も高い板壁決めるのではなく、最も低い板壁が決定する」ということである。人々はこの規制要素を「ボトルネック効果と反応」と呼ぶ。桶の板は物事の中の各部分のようであり、物事の各部分全てが短い板となることがあり、私たちはただ「短い板」を絶えず修正することによって物事の全体の水準を高めることができるはずである。桶もそうであり、1個の整体もそうである。

私たち大法弟子は現在は一つの整体であるから、私たちのこの整体の中に「ボトルネック効果と反応」が同様にあるだろうか?多くの大法弟子が書いているように、大法弟子間の差異はすでに非常に大きい。正法の過程は現在では、あれら邪悪はただ「残土風の中はあがる」という状態であり、明慧ネットに掲載される大法弟子の正念正行は本当に私たちを鼓舞し奮起させると感じた。ただし私たちは冷静に見なければいけない。それは、一部分の弟子が今に至ってもまだ完全に歩き出すことができないということである。99年7月20日に歩き出して、後でまた恐れて出てこられない者も含まれる。それから今に至ってもまだよこしまに悟った学習者もいる。これらの学習者は少数ではない。

大法弟子は1個の整体であり、どのように整体の水準を高めるかということを、私たち大法弟子は真剣に考慮するべきである。「ボトルネック効果と反応」というこの問題では、ただ「短い板」の水準を高めることによってのみ桶の容量を高めることができる。もちろん、整体を高めるのはとても複雑な問題であり、上述の例えは適切でないかもしれないが、現在、都合がつけられる同修はこれらまだ完全に出てきていない同修や、今に至ってもよこしまに悟った同修など、様々な原因で落ちてしまった同修を助けるべきである。

私たち大法弟子それぞれは全て自分が当然すべき事をしている。ただし、落伍した弟子を援助することを含めて、必ず整体の立場から問題を考えなければならない。同様に整体の進み具合から考慮することも当然である。