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河北省寧晋県の大法弟子陶善根さんが県の看守所で迫害され死亡した(写真)

2003年3月18日

【明慧ネット】大法弟子の陶善根、男、1938年1月4日生まれ、河北省寧晋県東汪郷鋪興村の農民。2002年10月陶善根は寧晋の公安に拉致された。2003年2月、寧晋県看守所に不法に拘留される間に、悪警察が犯人をそそのかして彼を酷く殴り重傷させた。釈放され家に帰った後三日間で、重傷のためこの世を去ってしまった。

陶善根は1997年の春から法輪大法を修煉しはじめた。2001年北京で法を正し、寧晋県公安局に連れ帰られ、悪警察が彼の息子、娘から6000元を騙し取ってから陶さんを釈放した。

2002年10月24日の深夜、十数名の悪警察が彼の家にこそこそ侵入し、不法に家宅捜査するとき、彼が印刷した大法資料と印刷機を見つけた。陶善根はただちに悪警官に連れ去られ、不法に県の看守所に拘留された。彼は看守所の中で「真・善・忍」に対する信仰と追求を堅く信じ、絶対に「保証書」を書かなかった。

2003年2月陶善根は不法拘留に抗議し、断食し始めた。寧晋公安と看守所の悪警察は釈放しないばかりか、さらに看守所の中の犯人に命じて、陶善根を酷く殴った。陶善根を気息奄奄となるまで殴り、寧晋公安と看守所の悪警官は死亡という結果の責任を取るのを恐れ、慌てて家族に知らせ、強制労働の判決をした。彼らはまた急いで陶善根を邯鄲強制労働所に送り、迫害によってわずかに息だけをしている陶善根を邯鄲強制労働所に押し付けたが、邯鄲強制労働所は陶善根が危篤であるのを見て受け入れるのを拒否した。仕方なく、寧晋公安局の悪警察は陶善根を寧晋公安局に連れ帰ると同時に、無条件で連れ帰るよう、陶善根の家族に知らせた。死にそうな陶善根を慌てて家族に転嫁して、彼らは人命を軽視した罪を逃れようとしていた。

陶善根が家に着いて後、彼の顔にはまだ邪悪な者に殴られた青い傷痕が残されていた。当時陶善根が家族に話したことによると、看守所で犯人たちが彼のお腹を酷く殴った。彼の奥さんが彼の硬くなったお腹を触った。陶善根が家に帰った後、ただ三日間で、重傷のためこの世を去った。

陶善根が寧晋の悪警察に連れさられてから迫害によって死ぬまで、わずか4ヶ月で、一人の元々健康な人間、連れ去られる前には畑で農作業をしていた優しい老人でしたが、このように江沢民政治ごろつきとその悪党の手先が彼の貴い命を奪った。私たちは国際社会、国際人権組織、国連機構に対して、正義を支持し、中国大陸の人たちが信仰のため殺される目に遭わされる犯罪行為を止めさせるよう呼びかけている。