若い教育関係者が受けた迫害:軍靴で私の胸を踏みつけ、ビンタ、足指を蹴る
2003年3月28日 文/大陸大法弟子
【明慧ネット】私は1997年から法輪大法を修煉した。修煉後、私の性格は明るく変わり、度量が広くなり、人のために自分の利益を犠牲にし、まじめにこつこつと仕事をし、名も利も求めず、生活は情熱とあこがれに満ちていた。しかし、1999年に江沢民を首魁とした政治ごろつき集団が大法を迫害して以来、私の生活と仕事は酷い嫌がらせと迫害を受けた。610オフィス(法輪功対策本部)と学校が共犯となり、何度も脅迫し、私の信仰の自由の権利を奪い、私に法輪大法の修煉を放棄するよう強制した。99年7月、同じ事務所の同修が外出したことで、彼らは私が事情を知りながら通知しなかったと無理やり言い、給料を2000元カットした。99年10月、また様々な言い訳で私を鎮の小学校に派遣した。
2000年11月、迫害に抵抗するために、私は北京へ行って陳情することを決めた。国務院陳情局に自分が法輪功を修煉してからの巨大な変化と法輪功は国と民衆にとって百益があって一害のない事実を伝えたが、陳情局はただの江沢民らが大法を迫害する魔窟に過ぎなかった。それで私は天安門城楼の下へ来て、人々にこの千古奇冤を訴えた。多くの人が注目する中で、私は二人の悪警察に後ろから両手を縛られ、凶悪に喉を締められた。警車の中で、悪警察は勝手に殴り蹴り、立つことを許さなかった。私が侮辱に屈服せず、立ち上がると、一人の警察が私を地面に押し付け、私の体の上に乗った。訊問の過程の中、悪警察は凶悪を極め、私を長時間椅子に座らせ、壁に押し、軍靴でひどく私の胸を踏みつけ、ビンタ、足指を蹴った……。その後、拘留所の少年犯号房に監禁された。彼らは過ちを犯した子供達を教育するのではなく、返って彼らの罪をそのまま放任するのであった。そして大法弟子に対して虐待と人格侮辱を行った。私は体に傷があったため、彼らは長時間私を寝させないで私を迫害した。迫害を拒絶するため、私は断食、断水で抗議を行った。悪警察らは私の手足を縛りつけ野蛮に強制的に食を注ぎ込んだ。鼻を挿し血が出るとまた口から挿し込む。私が強烈に抵制したため彼らは何も仕方もなく、私を冷たく凍り、湿気の多い牢屋に投入した。十日後、私の体が極度に衰弱したのを見てから始めて釈放した。
ちょうど私が同じ職場の同修と共に休暇を取って北京へ行った時、本校校長と保衛科の悪党ら、派出所は一緒に私の両親に対して脅かし、両親の精神に厳重な傷を与えた。私が家に戻った後も、国安大隊と職場の幹部は何の理由もなしに、私を市看守所に監禁して迫害を行った。看守所の中で警察と犯人は共犯となって、悪警察は犯人を放任し、そそのかして我々法輪功学習者に対し殴り蹴りと脅かし、侮辱し、そして直接私達を強迫してタバコを吸わせ、酒を飲ませ、人を罵らせた。他にはまた私の両親を騙し罰金をさせた。まず保証金を出すために銀行に保存してあげるのだと言い、後になって活動資金だと言い変わり、1000元の手続き費に続き,5000元の罰金を要求し、私の両親は3000元しか借りられなかったので、そのままにやめることにした。それに毎日25元の食事費を出した。でも私の両親が彼らに2ヶ月の食宿費の領収書を求めたら、領収書がないと答えた。そして再三にわたって私の両親に私にこの内情を知らせるなと強調した。
邪悪は未だのさばっているが、きっと雲が去り、日が上る時が来るだろう。私は邪が正を抑えることはできないと堅信する。悪事を働く者は必ず自分で悪果を食うに違いない。
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