日本明慧


獅子の目が赤くになった、私たちどうする?

2003年5月5日 文/北米学習者

【明慧ネット】赤目石獅物語をご存知かも知れない、国内はSARS病が流行し,恐慌状態に入り混んで、ある学生が述べた: 

"人が集めるところへ行くことはとても怖いです。ゴールデンウィークには5日間も休みましたが、毎日外には出られず、しかも先生に報告しなければなりません。牢屋にいる感じがしていました。とても孤独でした!人々が脆くなり、回りの人がSARSに罹るととても怖くなった。今良く分かったのは:癌にかかった人が半分ぐらい恐怖で死んでしまったという事実。人は本当に脆いですね。"次から次へやってくる天災と人災に見舞われる現在は,真相を伝えるとき相手の理解を期待したり,他の人の気持ちが混じり込んていたり、自分の自信が相手の理知ではない話に左右されたりした、という心があった。実際今正法は大いに速められ一刻の猶予も許されないところに置れている。今の常人は非常に危機の瀬戸際に立っている、私は《転法輪》の中の一くさりを思い出した:  

“病気にかかったら、彼は病院へ行くでしょう。西洋医学で治らなければ、漢方に行きます。漢方でも駄目で、民間の秘伝の治療法も試しつくしたあげく、最後にふと気功を思い出すかも知れません。運試しに一度気功の世話になってみようと思って、いやいやながらやってきます。”彼らはもう選択の余地がない、彼らを心と向かって、面に差し向え、何の原因で今の疫病が起きたの、彼らの心の奥底を導いて根本の抜け出す道を彼ら自ら受け入れ、風説のような大法を試用するではなく慎重に神聖の大法を対応すべきで、正法の出発点から 人々に真相を伝え、人々の心の災いもとを取り除かれ、もし言葉使い時慎重さ欠けると衆生を救う効果にならず、世の人が大法への不敬を招く恐れがあった。