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湖北省の作家趙立山氏は秘密裏に不法な10年の刑を言い渡された

2003年11月6日 文/大陸の学習者

【明慧ネット2003年11月6日】大法学習者の趙立山氏は、元中国作家協会会員で、湖北省文化連合作家で、雑誌《現代》の副編集長である。彼は1999年7.20、江沢民政権が公然と法輪功を迫害しはじめた際、毅然として北京へ陳情に行った。2001年9月28日法輪功の真相を伝えたため、不法にも逮捕され、拷問にかけられたうえ自白を強いられ、留置所に不法に2年あまり監禁された。その間、あらん限りの虐待を受け、最近秘密裏に懲役10年を言い渡され、監獄へ移送された。

かつて、趙氏は体調がきわめて悪く、半身不随に陥って入院し、人生の無常を深く感じ、苦悩していた。96年に法輪功の修煉をはじめた後は、心身とも浄化され、無病となり身体は軽く、心も清らかなとなり、素晴らしい体験した。その後は、心性向上のために厳しく自分に要求をし、修煉の道を歩んでいった。修煉体験の交流の中で、「自分が30数年間に上る古参の共産党員であるが、真に道徳高尚な人間になること、俗事から離脱し、私心の無い完全に他人の為の人になることを希望していたが、内心から実行することは出来なかった。しかし、法を得て修煉した後に、一歩一歩実現できるようになった」と語った。

とても才気のある人であり、創作、編集した作品は、数回の賞を授与されていた。修煉前は、職務、肩書きなどのことで、心のバランスを失い、人と人とのトラブルのために悩んだ。しかし、修煉することにより、名利の束縛から解放され、心は安らかになった。大法の無私の与えを少しずつ、黙々と自分の行動で、周りの人たちへと返した。強風が吹いても、大雨が降っても、厳冬に雪が降っても、毎日カセットレコーダーを持って、煉功場へとやって来た。細やかに皆の面倒をみると共に、新しい学習者には動作を教えたてあげた。

仕事上では、礼儀正しくまじめであり、文壇の人々からも尊重された。家庭では、ほとんどの家事を引き受け、病気がちな妻に優しく気を配り、過去、気短に妻を傷つけたことを深く反省した。若い作家の中では、人望の厚い先輩であり、多くの作家からしばしば贈答品を送られた。彼が口を酸っぱくして断ったが、贈答品は絶えなかった。そのため、その値段を超えたお金を返送し、「法輪大法を修煉していること、理解をしてほしいこと、自分に一つの浄土を与えてほしい」と告げた。多くの人が、彼のまじめな行動に深く感動した。友人は、趙氏をこのように言った:「仕事を真面目にする。真面目に生活する。法輪功を真面目に修煉する」と。

社会の気風がますます悪くなり、物欲に乱れている時代、人々は彼から放出される道徳の光芒に驚いた。趙氏は熱情的で、朗らかで、広く友を作る人であり、20数年の軍隊生涯の中では、一兵士から将軍に至るまで多くの友が出来た。みな彼の善良と正直を知っていた。転職後、10数年間地方文芸の世界で、数え切れない友人、読者、学生らと付き合った。彼が不法に逮捕され、酷く殴られた理由が只、一語真の話をしようとしただけだと聞き、みなは信じられない思いでいる。公安局、検察、裁判所によって、権力による暗い時代に戻ったような感じがした。趙氏は人々の心を深く掴んでおり、時間の推移によって、この憂慮は深くなる一方である。

この二年あまりの間、趙氏は、正しい念で正しい行いをし、屈することはなかった。しかし、江沢民政権が操る“610オフィス”は、厳密な監視とコントロールを行い、最近は“強制転化”を図ろうとしている。現在、血圧が不安定(低170〜高220)となり、顔は青白く浮腫、半身不随の病歴があった人にとってこれらは極めて危険なことである。二年間もの非人道的監禁、労役、拷問は、この人々に敬愛される作家の心身を、いったいどのくらい痛めつけたことであろうか?すでに60歳を超えた彼は、更に多くの迫害と虐待を耐えられものであろうか?この世に強制的に人の信仰を奪うことより恥ずべきことはない。

現在趙氏は“真・善・忍”を放棄しないため、刑事犯さえ持っている親族からの面会をも剥奪されている。法輪功を修煉しない親族で、看守に要求に合う場合だけ面会できる。趙氏の妻は若い時から指導者を勤め、40数年も共産党員であった。彼女は、一生共産党と政府のために奮闘したが、どのようにこれらの善良且つ正直な自分の夫に対するこれらの待遇を受け止めるのか?彼女の体はかなり衰弱し、骨と皮ばかりとなっている。毎日夫の写真を見ながら、涙と嘆息を繰り返している。