日本明慧


迫害を受けた大法弟子の証言をタイプしながら認識したこと

【明慧ネット】(編集者注:この文章は中等教育を受けただけの同修によって書かれた。彼女の夫も又大法弟子である。彼らの二歳の子供は、迫害を避けるために放浪している間に生まれた。この夫婦は田舎育ちでコンピューターの知識は何もなかった。しかし衆生を救うために多くの障碍に打ち勝ち、コンピューターの使い方を学んだ。彼らはしばしば師父の経文や明慧ネットの記事をダウンロードし、大法の真相を知らせるために同修に配り、一般人の手に届くようにした)。

中国における大法の迫害前は、私はコンピューターの使い方を知らなかった。私はよく、これら早く上手にタイプ出来る人達を羨ましくおもった。しかしながら、法を正す仕事で必要なために、私はコンピューターの使い方と、速度はとても遅いがタイプの仕方を学んだ。

江沢民の訴訟のために、多くの迫害実証材料を整理する必要があった。このために、世界各地の大法弟子は自分が受けた迫害の体験と、迫害の場所と詳細を記録し、これらの犯罪を暴露しようとしていた。これらの情報は、他の同修がインターネットを通じて入手出来るよう、コンピューターに記録する必要があった。私の仕事はこれらの事例をタイプし、法廷審問の時に全ての情報がいつでも入手可能であるようにすることであった。しかし、審問の日が近づいても、私のタイプの速度が遅いために材料はまだ山のように積まれていた。同修の証言の大きな束を見て私は苛立ち、早くタイプを終えてしまいたかった。あまり重要と思えない文を私は除去して、同修にイーメールで送った。返信が来て、各事例は書かれた通りに正確に写すことが重要であり、いかなる文も除去してはいけないと、言われた。私はこれは、大法の仕事をもっと誠実に厳格に扱う必要があるという、師父のヒントであると認識した。しかしながらその時私は、問題の根元を見つけるために内面を見ることをしなかった。

「当地の悪行を当地の人々に暴露する」という記事に対する師父の意見が掲載された後、同修達は師父の意見に従って各々、江沢民の法輪功迫害方針に従った当地の者達から、迫害を受けた話を書き始めた。彼らの話をタイプしながら、私はまだ早くタイプし終えようとする苛立ちに執着していた。しかしながら、私はこの執着を素早く見つけ、それを放下する決心をし、その放下する過程で自分が持っていた他の多くの執着が暴かれた。

私は二歳の子の世話をしなければならず、家事をし、大法弟子がやるべき三つのこと(法の勉強をする、正念を発する、真相を伝える)を釣り合いよくやらなければならなかったので、常に時間が足りないと感じ、疲れており、法の基点から問題を見ることがなかった。手書きの文字がはっきりしなかったり、文法が正しくない、又は訂正のマークが複雑だったりすると、益々私のタイプの速度は遅くなり、私は文句を言い始めるのだった。ある海外の大法弟子は、自分の家族の迫害について話す度に彼女の心はひどく痛むが、それでも話さなければならないと言ったのを覚えている。各同修にとって、自分が体験した酷い迫害を思い出す時、自分が苦しんだ苦難を表現することは大変難しかった。ところが私は彼らの苦難を理解する慈悲の心を用いなかった。代わりに私は、彼らの書き方が悪いだとか、それが私のタイプの速度を遅らせ、私の時間を無駄にすると文句を言った。それは全て私の利己的な観点に基づくものであった。基本的に私は大変自分本位な心を持っていた。これらの同修は、命懸けで邪悪を暴露する決心をしたのである。それなのに私はタイプに少し余計に時間が掛ると文句を言っていた。法を正す時期における、これらの同修の言葉の一言一言が、かれらの一つ一つの動作が、たの空間での正邪の戦いを現わしている。今になってこの問題を考えて見ると、それはとても簡単なことのように見えるが、それは私が遠の昔に放棄すべきであった執着の一つを暴き出した。師父は言った、「真にこのように向上することができれば、皆さんが純粋で淨らかな心の状態の下で行なうことこそ、最も良い事であり、最も神聖なことです」。(「再認識」精進要旨) このように、私達は大法の仕事をしている間も自分を修めることを決して忘れるべきでなく、大法に基づき厳格に自分に要求するべきである。

私は何度も自分の体験を書きたく思ったが、そうしなかった。私はこの問題の根元を既に認識したし、これはほんの小さな事であるからと、自分に言い聞かせた。しかし、それを法の角度から見ると、それは又この変異物質が、私が書くことを阻害していることに気付いた。又気付いたのは、これを書く過程で私は変異物質を拒否し、排斥していたということである。彼らは排斥されるのを恐れて、私の心に止めさせる為の様々な理由を作ったのであった。