日本明慧


法を心にとめて、正念で邪悪な迫害を排除する

文/大陸大法弟子

【明慧ネット2004年2月28日】私は河北省扶寧県の大法弟子で、転化された学習者に働き掛ける時、常に法の上で認識していなかったため、邪悪に隙に乗じられました。正念を発することに気が抜けていたため、彼女の家族は私を県の610に訴えました。当時、このしらせを聞いて、正念を発して邪悪を取り除き、これらのすべてを認めませんでした。

一週間後、まだ法の上で認識せず、人間の考えでたいした事はなかったと思いました。このように放任した考えが邪悪に隙に乗じられて、下記のような一幕が現れたのです。

2003年6月12日午後、石門寨鎮派出所と扶寧県公安局は、いかなる手続きも踏まずに私の家の家財を略奪しました(当時私は家にいませんでした)。匪賊のように私の家をひっくり返して物を探しました。師父の写真、《転法輪》、《経文》と正法スローガンなど全てを持ち去られました。そして、私を逮捕するのに何度も家や会社(臨時仕事)に来ました。そのために私は家があっても帰れず、仕事を持っていても出勤できない状態でしたので、妻と娘に大きな精神的圧力をもたらしました。

2003年7月5日の晩、私は家に戻りました。6日の午前、鎮の悪警が私を家から派出所に連れて行って、まるで犯罪者であるかのように取り調べ、私の持っている物はどこから来たのかと尋問しました。私は犯罪者ではない、私のやっていることは一番正しいことで、あなた達は私に聞く資格なんかないと心の中で思いました。私が彼らに答えなかったので、彼らは繰り返し私に聞きました。私は彼らに真相を説明しましたが彼らはまた“あなたの物は、一体どこから来たのか?”と聞きました。私は彼らに言いませんでした。彼らは私がおとなしくないと言って、私を殴りました。私が腕でさえぎると彼らは私を縛って殴り付けました。この時、私は師父を思い出しました。私には師父がいると思った瞬間、彼らは私から手を放しました。私を犯罪者専用の椅子に錠で掛けておいて、彼らは食事に行きました。午後帰ってきてまた私に聞きました。私は真っ直ぐに彼らを見つめると彼らは私と視線を合わせる勇気もなく“何故そんな目で私を見ているのか?私達を憎んでいるのか?”と聞きました。私は“恨みません!あなた達を見ているとあまりにも可哀相です。あなた達に真相を説明するのはあなた達を救い済度するためです。”と言いました。彼らは:“私はあなたに救くってもらわなくても良い、あなたがこれ以上本当のことを話さないと県に連れて行くよ。”と脅かしました。他の一人は“あなたのこの小さい体ではとても無理だよ。”と付け加えました。

県に行く途中で、私は正念を発して空間場を一掃し、彼らの背後にあるすべての邪悪な要素を一掃しました。そこに着くと、彼らは“何か聞かれたら、それに答えるよう。法律の手続がある。”と私に言いました。私はすぐ師父の話を思い出しました。“いかなる環境であろうとも邪悪の要求、命令、指図に合わせてはいけません。”(《大法弟子の正念は威力があるのです》)彼らは私に姓名、住所など聞きましたが私はなにも答えませんでした。彼らはとても怒って、その中の一人の若者はモップのハンドルを取って、パンと戸にぶっつけて、私を打つぞという勢いを見せ付けました。私は一つの念を動かしました。“彼は私を打つことができない。なぜなら私は大法弟子であり、私のやっていることは一番正しいことであるからだ。”最後に仕方がなく、彼らは自分達で過程を書いて私に署名をさせようとしましたが私は断固として署名を拒否しました。彼らは仕方なく“署名拒絶”と書き入れて、15日間私を拘留することに決定しました。私は“あなた達の言う通りにはさせない、6、7日で私は出て行く”と考えました(この一念は純粋ではありませんでした)。その日の夜、私は留置所に送り込まれました。

翌日の朝、私は煉功しているところを劉国という見張りに錠を掛けられて、食事の時部屋を開けて、私を放しました。彼らが食事をしている時私が煉功したら、劉国ともう一人の付という見張りが私の肩を縛って、劉国が手を田叩くと手錠がかみ合って、手錠の歯が肉の中に入り込んで来ました。私と他の犯罪者を部屋に閉じ込めて、彼らは食事に行きました。

しばらくすると私は大変な痛みを感じました。手が膨れ上がって、耐えられないほどでした。私は他の人に頼んで彼らをさがして手錠を開けてもらおうとしました。しかし、私はまたこの考えが間違っていると気付きました。私には師父がいるのに人に頼みごとなんてしてよいものか?このように思った瞬間、手首はまるで油を注したかのように滑って、手錠は自然に動くようになりました。師父が助けてくださっていることを私は知っています。しばらくして、犯罪者がトイレに行くと言って見張りにドアを開けてもらいました。犯罪者が“彼も放して下さい。”と言ったら見張りは私に煉功しないでと言いました。私は彼を相手にしませんでした。結局私を放しました。2日経って、彼らはまだ食事をしていない私を見て“煉功ばかりしてないで食事をしないと駄目だよ。明日まで食事をしないと灌食するからね。”と言いました。私は“それは、あなた達が法を犯すことです。”と答えました。他の人は私に“馬さん、食事を取ってください。明日本当にあなたが食事を取らないと縛って灌食しますよ、それじゃ終わりです。”となだめました。劉国は“あなたが食事を取らないことは共産党と張り合うことではないか?”と言いました。私は“どの憲法上で食事を取らないと党を反対することだと規定していますか?”と質問すると彼らは返す言葉がありませんでした。また2日が過ぎました。彼らは、これ以上食事を取らないと人糞を入れ込んでやると私を脅しました。“それは、あなた達が悪い事をすることであって、悪いことをしたら必ず罰が当たります。”と私は言い返しました。私の心の中には“私は李洪志の弟子であって、その他の按配は一切必要ありません、一切認めません。彼らには実行する勇気がなく、したがってすべてが解決できます。”という師父の言葉が思い出されました(《2003年元宵節アメリカ西部法輪功解法》)。610の人間や、科学技術協会の人間らが私を訪ねて来て“国家が制止しているものをやることはできない。”と言いました。私は“真、善、忍に律して良い人になるのは間違っていません。以前修煉していない時、私は多病でしたが修煉してから病気は全部よくなりました。以前家族は仲が悪かったですが修煉、法の勉強、心の修め、徳を重んずるなど我慢して善を持って人に接したら家族も仲が良くなりました。これでもこの大法が悪いと言えるのですか?”と説明しました。彼らは返す言葉がなく、私が余りにも深く惑わされていて、頑迷に非を認めなくなってはいけないと言いました。彼らは仕方がなく、1冊の本を取り出して私に見せました。本の表紙には大法を破壊するにせの訴訟実例が書いてあったので、私は断固として本を受け取りませんでした。所長は本で私の顔を打ちましたが私はそれでも本を受け入れなかったので他の見張りに指示して私の部屋にまで本を送り付けました。私はこれの本がこれ以上人々が毒されてはいけないと思って、それを持って行って廃棄しました。

私は犯罪者に私の修煉過程でどのように恩恵を受けたか、自噴事件の真相などを説明すると彼らは全部信じてくれました。彼らは私に食事を勧め始めて、果物などを私にくれましたが私はすべて受け取りませんでした。最初、彼らは理解できませんでしたが真相説明を通じて私は迫害されていて、法を犯したわけではないことが分かりました。私達はただ真、善、忍を信仰して良い人になっているだけです。人民に良い体を持たせない、人民に良い道徳を持たせない江沢民こそが人民を滅亡に推し進めているのです。私は絶食して、彼らが無条件で私を釈放するようにさせます。

絶食が6日目を迎えた時、私はまだ多くの大法の仕事が待っているし、そろそろ出て行かなければと思いました。また法を勉強もしなければと思って、私は師父に助けを求めました。7日目の午前9時頃、犯罪者は私に“馬さん、あなたは勝ちました。彼らはあなたを帰らせるとあなたの家に電話をかけました。”と伝えました。それを聞いて、私の常人の心が動き出して、喜びました。私は11時に人が迎えに来ると思い込んでいましたが結局来ませんでした。私はまだ目覚めずに、午後3時には必ず人が迎えに来ると信じていました。しかし、結局来ませんでした。私は間違っていると気付いて、自分の中で原因を探しました。師父は“修煉の他の方面と過程においても、歓喜心が生じることに気を付けなければなりません。このような執着心はとても簡単に悪魔は利用されるのです”(《転法輪》)と述べました。私は魔に隙に乗じられたのではありませんか?私は直ちに正念を発してこれらの私を迫害しているすべての邪悪と精力と邪悪の生命を取り除いて、それらを解体させました。私の正念が終わったちょうどその時、見張りが来て私に“あなたの家はどうなっているのかい?何回電話しても人が来ないんだよ。”と言いながら私に電話をさせました。電話が終わると見張りは申請を書かないかと私に聞きました。私が書きますよと言ったら、彼は体が良くないので期限前に出て行って、何日後に補充すると書きなさいと教えました。それを聞いて私はまだ私を迫害する気なのか、絶対に邪悪に合わせないと決心しました。私は書けるけど書きませんと言いました。結局、彼らは私を釈放しました。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/2/28/68762.html