写真報道:“4・25”平和陳情は弾圧の口実にはならない
【明慧ネット2004年4月27日】数年来、大陸の国家安全局は様々な所で次のような虚言をまき散らしてきた。すなわち、“それほどまでに多くの人が抗議に行ったからこそ、いかなる国も弾圧しているのだ”と。また多くの人は、マスコミの(悪意に満ちたデタラメな)宣伝の影響を受け、法輪功学習者の(行った事件として、江の悪意に満ちた邪悪な指示のもと、ねつ造・報道されてきた)“4・25事件”や“中南海の包囲・攻撃(を法輪功がしたと江一味がねつ造してきたこと)”が弾圧の原因だと思っている。実際のところ、第一に、“4・25事件”は政府当局に対する攻撃などではなく、平和的な陳情であって、完全に法律と情理に叶うものである;第二に、法輪功学習者の陳情は非常に平和的で、善良で、政府に対する信頼にもとづいた行為であり、敵対行為ではない;第三に、“4・25事件”の当日、国務院(中央政府の呼称で日本の内閣に相当)の総理自身の強い関心のもと、法輪功学習者と投書・陳情オフィスの指導者は、友好的な面談ののち、すぐにひとつの認識に達し、法輪功学習者が陳情した理由である、天津で起きた(警察の)暴力による(学習者の)逮捕事件を合理的に解決しているのである。
それでは、適切に解決された陳情の問題が、なぜまた弾圧の口実となったのであろうか? 弾圧はどのようにして形成されていったのか? その答は言わばシンプルなもの、かつ、デタラメなものなのだ:“4・25”夜のこと、その日の日中に防弾自動車に乗り、陳情者の群れを“盗み見”し、いかなる真正面からの行動も取らなかった江沢民は、正当な理由もなく耐え難き嫉妬心から、毛沢東が壁新聞を書き文化大革命を発動したことの真似をして、その夜、すぐに政治局に一通の手紙を書いている。個人の意思と非合法な手段により、政府総理の当時の見識ある決定をひっくり返したのである。1996年より密かに始められた法輪功に対する迫害を、全面的に公に進めたのだ。これは中国の法律にとっての悲しみであり、さらに言えば、二十世紀の希望と善良の首根っこをつかんで絞め殺す、最も邪悪な行為なのである。
本当にすべての国家が、平和的陳情に憎しみと暴力をもって対応するものだろうか? 1999年7月20日、公に(中国当局が)弾圧し始めて以来、世界各地の法輪功学習者はずっと各地の中国領事館前で平和的請願を行ったり、迫害で死亡した同修に哀悼の意を表したり、迫害を制止するよう譴責し、呼びかけたりしてきたのだ。(海外に点在する)中国領事館は、あえて平和的に請願する人達に暴力をふるわなかった。なぜなのか? 言論の自由、信仰の自由は国際社会で普遍的に尊重され、法律の保護を受け、中国領事館の江沢民に追随する極めて少数の者らも自らが滞在する国の法律に対し、遠慮せざるを得ないからなのである。
下記は一部の国と地区で“4・25”平和陳情五周年を記念して行ったことの報道写真である(これらすべての写真は、各地法輪功学習者が自発的に撮影し、無償で提供し、明慧が編集・整理したものである)。
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/4/27/73272.html)
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