日本明慧


中国領事館前の日々

 カナダトロント 王希賢

 【明慧ネット2004年9月8日】私は、今生大法の弟子になり、それも、法を正す時期の大法弟子になり、師父が法を正す時期に共にいる事ができ、光栄にも大法を実証することができることを、とても喜んでいる。

 私の家は中国領事館の近くにあって、今日に至って、私は法を実証することはここから歩きだした。暴風雨もある一千余りの昼夜を通り、4回の厳冬と酷暑を歩いてきて、何年もの春夏秋冬を乗り越えてきた。そこは私の家のようで、少しの時間があれば行くことができるし、同修も代わりに休んでもらえる。条件が整ったときは、毎日4回そこで正念を発してきた。次に私が目撃した一部始終をみなさんに報告する。



 一、師父は私の身の回りにおられる 

 ここは学習者が少ないため、いつも私独りで領事館の前にいた。時々、早起きして、正念を発しに行った。まだとても暗くて、私は夜当番の同修と交替して、1人でそこに座った。早起きする人は、私を見ると:「こんにちは!Good for you!」と言ったり、あるいは親指を伸ばして私を励ましてくれたりする。先生が、この人たちの挨拶をとおして私を励ましている。

 今年4月、ある日、同修の代わりに夜間に請願していた。もう、とうに暖かくなってきたけれど、その日突然変った。私の着ている服は特に少なかった。しかし、心の中に師父が私を加護してくださっていることを知っているので、私は十分自信を持っていた。この時、1人の白人青年がやってきて、自転車をこぎながら、「頑張れ!」と言ってくれた。私は急いで、大声で「ありがとう!」と答えた。涙が口もとに流れてきて、これは師父が常人の口を利用して私を励ましてくれているのではないか!ほどなく、次の当番の同修が1時間早めに着いた。私は恩師に感謝して、千言万語あっても、心の中でひと言だけ:師父は本当によい人だ!

 私は最大の願望がある:真相を、向かい合って更に多くの同胞に聞かせる。大雪が降りしきったある朝、9時か、10時ごろ、その日の雪は特に多かった、副領事の誹謗事件はまだ終わっていなくて、彼が被告とされる小さい展示板は扉の辺に置かれていたが、またたく間に、3名の館内の人がかいた雪で埋められた。私は急いで「埋めないでください!私達は彼を訴えているのだ!」と言った。この頃になると、庭内はさらに多くの雪かき人が増えたし、多くのビザを取り扱う人も皆私の話しを聞いてくれた。それで、私は、初めから真相をちょうど1時間程話した。

 二、 領事館の中の人は知らずに変わっている

 4年前に私達が領事館の前で煉功、請願していた時、領事館の中の人は芝生に水をかける散水機で、私達を追い払おうとした。皆、半身,ずぶ濡れになった。私の着ていたラシャのオーバーは絞ると水が出るほどだった。通りかかりの人が見ると皆驚いていた:70才近くになった人さえ見逃さない者もいた。その後、この人たちは次第によくなって、今水をかける前にそっと私達に教えてくれるようになった。

 4年前のある日、私は玄関の前で真相新聞を配っていた時、以前、会った事があるような人が庭に入ってきて、煉功している私達 (学習者)の後ろへ痰を吐いた。その時、彼が出てくる時にもう一度、このようなことをしたら、私はきちんと話す必要があると思った。私はどうにかして、彼に真相を教えるべきだと考えた。2時間後に彼は頭を下げて私の目の前に歩いていった。その後、私は彼に真相を説明したことがある。彼は私に、「もう、分かった。」と言った。そして私達が成功することを祈った。

 2002年2月の一日、大雪で、私は8時前から、雪をかき始めた。それから、1時間後に、裏の庭から2人の青年が出てきて雪をかき始めたので、私は手伝ってあげた。彼らは息を弾ませていたけど、私はもう70歳近くなのに、息もあがらず、体はとても丈夫だと教えた。以前はいろいろ病気があって、九死に一生を得て、修煉の道に歩んでからこそ今日があったのだ。大法はよいことであることを覚えて下さい!好運になることに違いない。

 いつも秋風の落葉の時に、領事館の人は北から南へ掃いて行き、私達は南から北へ掃いていた。それぞれの落葉が合流するまで掃いた時、私はいろいろな感慨にふけってきて、心はぽたぽた滴っている血で一杯だ。私達は元来同根で生れたのだ!邪悪な江××が私達を別れさせるのだ。私をブラック・リストに載せて、今は中国の家に帰らせないのだ!私の家で法を学び、煉功する92歳のおふくろを見舞うことができない!この人たちが早く目が覚めなければ、彼らの本当の天上の家にも帰れない!いつもこの時に言いたいことはたくさんあるが、小さな声でひと言しか言えない:多く明慧ネットを見て、曙光は前にある。

 三、世間の人は目覚めている 

 2001年のある冬の日、北風が強くて、大雪が降りしきっていた時、私は縁のある人が早くくることを期待していた。やはり思い通りに、1人の上品で礼儀正しい若者が私のところに歩いてくると、彼は「あなたはこんなに年取っているのに、こんなに厳寒の日に、何のために一人で、ここで真相を説明するのか?」と私に聞いた。私は単刀直入に彼に教えた:「中国人はあまりに深く、偽りの事件のでっちあげにごまかされていて、真相が分からなくなり、気の向くままに天法をそしっている。有罪なのだ。どんなに寒くても、やはりやりがいがある!」
 私達はとても長い間、話して、彼は本当に真相が分かった。そして私達の1月30日の大型返礼の宴に参加することを承諾した。

 ある酷暑の朝のことを覚えている。トロント大学の男子学生が私に聞いた「こんなに早くから、そんなに年を取っているし、家にいて小さい孫とすこし遊んであげればよかったのに!毎日いくら、もらえるのか!」私は彼に教えた。「一文もない。」彼は信じようとしないので、そこで私は思い切って彼に教えた。「私は工科を学んだので、あなたのような大学生に数学を教えた事がある。チョット、数学の問題を計算しよう。私の師父は1億人の弟子がいる。99年から今まで、国内の大法の学習者は生命の危険を冒して、海外の大法の学習者は寝食を忘れて、毎日表に出て真相を伝え、世間の人を救っている。私達が多く稼がないとしても、毎日1ドルで1本の飲む水を買うだけでしたら、今まで1千余りの日夜で、それはつまり1千億米ドルになる。あなたはこんなに大きな金持ちを聞いたことがあるのか!」と。彼は感嘆して「あっ!もとはこのようなのだ。あなた達に「億」帆順風を祈る!」また特に私に1億の「億」だと教えてくれた。

 四、我が身をもって教えさとすこと 

 領事館の前に往来する人は多くて、彼らは私の事を知らないが、彼らは私が大法の学習者であることを知っている。だから毎日、毎回いずれも私の一番よい服を着ている。自分の適切ではない服装は大法学習者の全体のイメージに影響するわけにはいかない。ある日覚えているが、1組の夫妻が館内から出て、女性が私に「こんなに着る物が少なくて、寒くないの?」と聞いた。私は「今私は大法を修煉していて、寒さに強くなった。過去万病の時、少ないと駄目だった。私は修煉してから、このように長年薬は飲んだことがなくて、一文もかけなかった。信じなければ、私の健康カード番号を持ってちょっと調べることができる。」この時にあちらの体のよくない夫の懐疑の目は羨望になった。 最後に、《洪吟(2)》の中の「正念正行」を以って同修と互いに励ましあいましょう:



            正しい念正しい行い



            大覚者は苦を畏れず

            意志は金剛鋳造の如く

            生死に対する執着なく

            堂々と法を正す道を歩む


 


(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/9/8/83684.html