日本明慧


ニューヨークへの旅で感じたこと

 文/日本法輪大法弟子

 【明慧ネット2004年9月17日】

 1、全体的に協力し、共に精進

 法を正して最後になり、宇宙の正邪大戦が到来した時、私達日本広島地区の同修は交流を通じて、ニューヨークへ行き、真相をはっきり説明する重大な意義を認識できた。“私達は大法から得るばかりでなく、大法が私達を必要とするとき、私たちは大法が必要とするところに行くべきであり、師父が私達に教えた通りにするべきだ。”と言う同修がいた。仕事が忙しくて、ニューヨークに行けない同修は資料を印刷する費用を分担したりした。同修らは更に互いに助け合っていた。こうして私達5人は8月12日にニューヨークへの旅を始めた。

 2、街頭で資料を配布

 ニューヨークに到着した時、日本からやってきた同修は計9名だった。8月14日の朝、私達はマンハッタンのウォール街に向かった。各国からやってきた同修と共に真相を伝え、衆生を救い済度した。最初の数日は、みなウォール街とバッテリー公園の二箇所で資料を配った。資料を受取る人が非常に少ない時、私の常人の心が芽生え始めた。特に立派な服装をした人達が私の傍を通りながら頭を高く上げて見下ろす様子はまるで私を敵視するかのようだった。私は何度も資料を渡そうとしたが、暫くしても真相資料は一枚も配れなかった。焦ると、足元もおぼつかなくなり、足の裏もかゆくてたまらなくなった。本当にどこかに行って休みたかった。この一念が出た途端、私はすぐ間違っていると認識した。私ははるか遠い日本からニューヨークに休みに来たのか?それとも衆生を救い済度しに来たのか?心を正しく持ち、正念を多く発して、邪悪の要素を取り除き、更に多くの人々に真相を知らせようと自分に厳しく要求した。心理状態を正しく調整すると、慈悲心もおのずと出てきた。資料を配るとき、英語で”Excuse me”と話し掛け、心からは強大な正念を発した。数分経つと、真相資料を受取る人がますます多くなり、資料を読み終わると、現地の連絡人の電話番号を聞き、法輪功を学びたいという人もいた。彼らが私の日本式英語を聞き取れないとき、私は身振り手振りで彼らに伝えた:“私を見てください。私は元気で、力一杯です。法輪大法は素晴らしいです。”彼らは私のすでに成算があるような様子を見ると、私が何を話そうとするかが分り、別れるときは“FaLun Gong OK”と言った。私は彼らに“Thank you!”と答えた。このような人が数多く私達が真相を伝えることを待っている。私達の一挙一動は相手を真に感動させ、相手の心を動かし、衆生を救える。法を勉強し、法を良く理解すればこそ、真相をはっきり伝えることも良くできる。

 3、被害者を演じて感銘

 私達は酷刑のデモンストレーションを見たとき、老年弟子が全ての警察と被害者を演じているのを発見した。彼らはとても苦労していた。私達日本弟子は自ら一部の役を演じることを要求した。みなが互いに協力しあって、警察を演じたり、被害者を演じたりし、互いに気を使い、互いに役を替ったりした。みんな大法の中で修めた慈悲な場、同修らの正念を感じた。

 私が初めに演じたのは鉄の籠に閉じこまれている被害者だった。頭は上げられず、腰はずっと曲げていて、両手は籠の上部に吊るし上げられていたので、およそ一時間演じると、とても辛かった。その次は鉄の籠に縛りつけられている役を演じた。通行人が通る度に、警察を演じる同修が私の首を後ろに引っ張ると、痛いだけではなく、呼吸することさえ難しくなった。その次は虎の腰掛け(刑具の一種)に座っている役を演じた。まだ縄で真に縛ってなく、ただ脚の上に縄を置いただけで、既に腰が痛くなり、脚が痛くなって、非常に苦しかった。私達がここで演じる酷刑はほんの氷山の一角に過ぎない。私達はただ酷刑をデモンストレーションするだけだったが、中国大陸の大法弟子は百種類以上の酷刑を受けている。かれらは殴られて体が傷だらけになったり、不具になったり、顔を傷つけられたり、いろんな精神的な虐待も受けている。これらを考えると私の涙は絶えず流れてきた。私はその時ただ被害者の役を良く演じようと思っていた。中国大陸で迫害されている同修らの代わりにニューヨーク市民に向けて法輪功が受けている迫害の真相を伝えた。そして更に多くの人々に真相を知って貰い、騙されている衆生を救い済度して、私達の先史の大きな願いを完成しようと思った。同時に更に多くの学習者がニューヨークにやってきて、真相を伝え、世人を救い済度する活動に直接参加されることを望んだ。

 以上は私がマンハッタンで真相を伝えたときの体験の一部であり、適切でないところについては同修らの慈悲なる指摘を願う。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/9/7/83562.html