小タンタンの物語
文/トルコの大法弟子
【明慧ネット2004年10月5日】私はずっとトルコに住んでいる。去年国内にいる年を取った母は、3年も私と会っていなかったので、トルコに来て私に会うことにした。母の小さい外孫で私の妹の息子の6歳のタンタンも、是非私に会いたいということで、二人で万里をはるかに越えてトルコにきた。
会ったとき、私は小タンタンの発音がまだはっきりしていないことに気がついた。もう6歳になっているのに、彼が話し終わっても、なにをいっているか誰も分からない。更に一言一言聞き直して、結構時間がかかって、ようやく彼と会話ができるのだ。祖母と彼のお母さんは大変心配している。幸いに小さい時から育てている祖母は、彼が言っている大部分の意味が分かり、半分は翻訳することができる。小児科の医者と心理の医者は、成長しながらよくなるよと言うそうだ。
出国の前に、おじいさんは小さいタンタンの頭を撫でて、感傷的にまた面白半分に、「タンタン!おまえはもう6歳になっているのに、中国語さえはっきり言えないけれど、国外へ行って外国語をしゃべると他の人がわかるかも知れない、おまえの叔母さんのところで、よく外国語を学んでみてごらん。」というと、かれは、分かったようなわからないような様子で、すこしうなずいた。
こうしてトルコで20数日間すごして国へ帰った。2週間の後に母から電話があって「小タンタンが帰国してから、突然話をするのがとてもはっきりして、発音がきれいになったよ。どういう原因か分からないが、今回外国へ行ってうまくなった!」という。
もちろん、母は修煉者じゃないし、また法輪功をあまり信じていないが、しかし私が修煉した後の心身の変化から、彼女は法輪功に対して新しい認識とよい印象を持っている。この数年来、人に会うと法輪大法はよいといい、法輪功が冤罪をきせられていると言う。しかしこの小タンタンが、今回突然はっきりした話が出来るようになった玄妙な道理は、常人にはもちろん分からない。慈悲の師父が小タンタンの多くの業力を取り除いて、子供の知恵を開いたのだ!「私の師父のエネルギー場が小タンタンの体を整理したのよ。」というと、お母さんは、信じるような信じないような声で「そうかしら?とても不思議ね!」と答えた。
これは2003年2月におきたことだ。先月も、年を取った母に電話した時、母はまだこのことを覚えていて賛嘆した。
そう言えば、この小タンタンには非常に不思議な事があった。彼が4,5ヶ月の時は、私は国内にいて、いつも彼に会っていたが、彼が泣く時は誰が抱いても止まらない。ひっきりなしに泣いて、いつも私が抱くとすぐに泣きやみ、静かに大きな目で私の頭の上をじっと見ている。目の玉はずっと回転して小さい頭も少しぐらぐらした。光っているものを見ているようで、非常に不思議な様子だった。私は心の中で分かっていた。彼は回転するカラーの法輪が私の頭のてっぺんにあるのが見えたのだ!この情景は、母と妹が見ていてよく知っている。すべてただ奇怪だと感じて、母は「この子は、何か見ているようだ!」と、独り言を言った。
彼が3歳の時、ある飯店の中で、おとなしく坐っていないで、長さ1メートル、幅40センチくらいの板で、普通は、大人でもやっと引っ張ることができるような広い長い形の厚い木を引っ張って歩いた。8ヶ月の時に、まだしっかりと立つことができないとき、片手で枕元の5ポンドのお湯が入った大きい魔法瓶を持ちあげた。見ているのも危ないほどだった。幼稚園では、昼寝は全然しなかった、とても元気でエネルギーに満ちていた。またとても優しくて、お母さんがお金に困っていると聞いたら、ベッドの上で枕を台車のように引きずって米を売る行商人を装って商売の声を掛け始めた。また、お母さんに、ぼくが大きくなったらきっとよくなるよと慰めた。
小タンタンは普段はとても腕白で、どんなおもちゃでもすべて壊して、壊れてないおもちゃは、ひとつも残っていなかった。99年の冬、いつも私の家(あの時私は国内にいた)に来ていたが、私が座禅を組んで煉功するのを見て、3歳の彼も真似して座禅を組んだ。私は彼に師父の像を見せて、これが師父だと教えたら、彼はしっかり覚えた。2000年の初め、私はネット上で師父が山の中で座っている写真をダウンロードした。そして彼にこれは誰だと聞くと、彼は1メートルほど離れたところでおもちゃで遊んでいたが、ちらっと一目見ただけで「師父だ!」と答えた。家に帰った後に夜中に自分で座って、20数分ぐらい座禅を組んだそうだ。また、夜中に一度目が覚めて大いに泣いてお母さんを探し、私の妹が「お母さんはここにいるよ!」というと、彼は涙をためて「あなたはママじゃない!」といった。また一度、夜中に目が覚めて、厨房に行ってテーブルの上にあるにケーキを食べるといった。私の妹はないと言ったが、彼はテーブルの真ん中を指して「見て!そこにあるよ!」(彼は法輪が見えたのだろうか?)と言った。
妹は、とても怪訝に私にこれらのことを言った。私は心の中で分かっていた。そこで彼に師父の済南講法の録音テープ14本を複製して、その上2本の煉功音楽と2本の“普度、済世”の音楽と共に18本のテープを箱に詰めて彼にプレゼントした。あのとき彼は3歳であった。小タンタンはその時から法を得た。私は彼にいつも師父のテープを聞くように話した。妹は「タンタンはとても腕白で、何をあげてもばらばらにして、彼に多くの赤ちゃん用の録音テープを買ってあげても、まだ聞いてないのに、テープを全部抜き出してひもにして遊ぶのよ。」といった。ただ大法のテープは、いつも出してあちこち並べても、テープは抜かないで、聞き終わってから、またみなきれいに並べる。意外にも1本を初めから最後まで聞くことができて泣かないという。妹が「あなたは聞いてわかるの?」というと、彼はうなずいてわかったと言い、何ヶ月かですべて次々に聞き終えた。彼のお母さんは、「彼はふだん、多動病みたいにいつも動きまわっているのに、何と不思議!」と思ったと言う。
彼が4歳の時、私はトルコに行った。ある日電話で、母は私に何人かの女友達が家に来て、政府がどんなに法輪功を迫害しているか話し、「外で法輪功の事を言わないほうがいい!すべて法輪功がよくない。」と言った。小タンタンは別の部屋で遊んでいたが、その言葉を耳にして走ってきて「誰が法輪功がよくないと言うの?ぼくは法輪功を修煉しているよ。」と言った。あの時彼はまだ4歳だ。彼はどこで法輪大法がよいことを知ったのだろう?彼は心の中から分っているのだ。彼の生命の本性から分かっていたのだ。子供の心が清らかだというだけではなかった。
小タンタンは今学校へ行っている。授業中、先生は小タンタンが唯一人彼女に協力して問題を考えるよい生徒だと言い、いつも彼を褒めて励ましている。
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2004/10/5/85833.html)
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