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真・善・忍の信念を堅持している高収入のサラリーマンの物語

 【明慧ネット2004年11月2日】 詹志堅(化名),30歳くらいで、身長は1メートル80センチもあります。顔立ちは端正で、見た目も格好良くて、立派な感じがする人です。彼は、1996年から法輪功を修煉し始めました。

 1999年7月20日から、江氏集団は、法輪大法に対して、気が狂ったかのように迫害をし始めました。そこで、詹志堅は、北京の天安門広場に行って法輪大法の真実を伝えましたが、不法に捕まえられました。両親が様々な努力をしたことで、彼はやっと看守所から出ることができました。江氏犯罪集団の法輪功学員に対しての、不法な監禁・判刑および“打って死んだら自殺として取り扱う”と言う残忍な迫害事実は、詹志堅の両親に極度の恐怖感を与えました。そこで、彼の両親は全ての貯金と精力を使って、彼をイギリスに留学さました。詹志堅は、イギリスで金融分野の修士号を取ったばかりでなく、国際的にも認める会計士の資格も得ました。中国国内の会社から見れば、彼は金融分野において、必要不可欠で非常に重要な人材でした。そのため、帰国した彼は、すぐ沿海の経済発達地域のある都市の外資会社で財務責任者として働き、年収は20万元以上も超えることができました。両親の立場からみれば、数年来の精神上と物質上の投資にお返しがあったのです。だんだん偉くなっていく息子でしたが、そんな息子が、江澤民によって不法に迫害されている法輪功修煉者の一員であることに対して、両親は非常に恐怖感を持っていました。もし、息子に何かあったら、将来はどうしようと言う恐怖感に脅かされた詹志堅の父母は、迫害を避けるため、美しい嫁と一緒に、法輪功の修煉を放棄するように、詹志堅の“思想工作”をしました。しかし、詹志堅は巨大な両親の圧力に動揺せず、かえって、法輪大法を修煉することは一番大事なことであると両親に諭しました。絶対に法輪大法の修煉を放棄しない詹志堅を見て、彼の母は気がおかしくなり、自ら悪党警察と一緒に、息子を邪?的洗脳班に拉致し、彼を“転化”しようとしました。しかし、洗脳班で、詹志堅は様々な魔難や色々な人々の“転化言葉”に対して、穏やかな心態で対応し、真・善・忍の信念を堅持しました。詹志堅が監禁されてから一年後、美しい妻は悪党警察の威脅(詹志堅に対して判刑すると言う威脅)に耐えられず、涙を流しながら離婚のことを口に出しました。彼女は、離婚の言葉で、詹志堅の法輪功に対する修煉を放棄させようとしたのです。しかし、詹志堅は静かに次のように答えました。“ごめんね。私は、君につらい生活をさせたね。もし、君が私のことを愛していないなら、私は離婚に同意し、全部の財産を君にあげるよ。しかし、もし君がやはり私のことを愛しているなら、私と一緒に堅持することを望んでいる。黒暗はきっと去る。そして、法正人間の時期は遠くない将来で私たちを待っているよ。”しかし、彼の妻は結局、彼と離婚することにしました。

 “あなたには、良い仕事・高収入・美人の妻・幸せな家庭があって、非常に幸福だと思っているが、なぜこれらを全部要らないと言っているの。あなたは、何が欲しいの。”と、ある警察が彼に聞いた時、彼は次のように答えました。 “私は、法輪大法の修煉を一番にしている。私も、良い仕事・高収入・美人の妻・幸せな家庭が欲しい。しかし、江澤民が法輪功に対して不法な迫害を行い、全ての幸せを奪った。江氏集団は法輪大法学員に対して迫害するばかりでなく、国と国民に対しても悪いことをしている。貴方たちは、心から深く考える必要がある。絶対に、江氏集団と一緒に悪いことをしないでください。良いことをしたら良いことがあって、悪いことをしたら悪い目に遭うのですよ。”

 このように、詹志堅は洗脳班で真・善・忍の信念を堅持して、一年半後、無条件で釈放された。正々堂々と洗脳班から出た詹志堅は、すぐある有名な外資会社の財務主管として就職でき、新しい勤め先で、熱心に仕事をしているのである。そのため、周りの人々から非常に良い評判を受けている。彼は、このように自分の実践的な行動で大法を証実したのです。

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2004/11/2/88150.html