吉林省第三看守所は董麗華さんを8日間にわたって手錠をかけ体を曲げたまま放置した
文/吉林市大法弟子
【明慧ネット2004年11月6日】2004年10月15日に、吉林市龍潭区鉄東の董麗華さんが舒藍県上営鎮で娘の結婚披露宴に出席し、結婚式が始まる前に彼女がビル内で真相資料を配っていたところを、真相を知らない世人に捕らえられ、地元の公安機関に不法に逮捕された。その後、吉林市古川路派出所に拉致されてから、その晩の内に吉林市第三看守所に送られた。
看守所の中でも、董麗華さんは法輪大法を堅く信じ、煉功をも堅持し続けてきた。悪徳な警察である李××は彼女に強制的に死刑囚人の服装を着させて、鉄の鎖を一つの塊に巻いてから、手枷と足かせをかけた。鎖が一つの塊に巻いてあったため、董麗華さんの手足に手錠がかけられてから、全身はただひとつの固まりのように曲げることしかできなかった。足はまっすぐ伸ばせず、背もまっすぐなれず、ただ地面の上に座って身を縮めることしかできなかった。
董麗華さんはこのような虐待を120時間も続けられ、トイレに行くときも解かれずに、人に持ち上げられてトイレに送られて行った。ベルトを解くときでさえも、他人の助けが必要だった。このような全く非人道的な迫害の下で、彼女は他人に迷惑をかけたくなく、それと同時に悪徳な警察の不法な迫害に抗議するため、董麗華さんは断食を始めた。最後に彼女の心臓の鼓動が120から150回/分に達したにも関わらず、不法な人員たちは続けて彼女に対して強制的な灌食を行い、またその中に薬をいれこんだ(何の薬なのかは分からないが)。毎回灌食を行うときパイプを2〜3回入れて、ひいては4〜5回もなると人は非常に苦しく感じ、時には窒息することもあった。
吉林市第三看守所はこのようにして大法弟子を迫害していた。これは江沢民の宣伝する中国の人権の最も良い時期である。ここで挙げなければならないのは、不法に拉致されて入所した大法弟子たちは食事を一回でも食べないと、このような残酷な方法による灌食を強いられるということである。
わずか8日ばかりの間に、董麗華さんの体重は9キロも落ち、心臓は非常に大きなダメージを受けた。このような情況の下で、吉林市の悪徳な警察は依然として彼女に対する迫害を止めなかった。古川路派出所、龍潭公安分局、吉林市公安局法制科の王××は依然として董麗華さんを長春市黒嘴子女子労働教養所に送り込んだ。だが彼女の身体は極度に衰えており、労働教養所は受け入れることを拒絶したため、その日に吉林市に送還された。
董麗華さんは今年45歳。1998年8月に法を得てから、法輪功を修練して心身ともに受益した。元々あった心臓病、尿病などの各種の病気も、大法を修練してから治療を受けずに自然に回復した。彼女は大法の奇跡および威徳を深くその身で感じた。1999年7月20日に、江沢民は不法に法輪功を迫害し始めてから、董麗華さんは一人の極普通の大法弟子として、大法のために真相を伝えた。2000年に北京に陳情しに行くとき、不法な人員に拉致され、吉林市に帰ってきてからまた古川路派出所、龍潭公安分局などの部門に強制的に3年の労働教養に処せられた。労働教養所の中で、警察が煉功することを禁止し、その上長時間による重労働を強制し、朝5時に起きてから夜11時まで、食事を除いて常に労働するように強いられた。董麗華さんは心身ともに大きな打撃を受け、煉功する前の病気を再び患うようになった。労働教養所は重病のため、保証人を立てて一時の出所を許可する際、家族に保証金を2000元交付させたが、今日に至っても返還されていない。
董麗華さんは2001年1月18日に労働教養所から帰宅したが、2002年9月11日の夜に街の中を歩いているとき、昌邑区の警察二番隊の秦姓ら三人に会い、彼らは全く国家の法律を無視し、強制的に董麗華さんに対して身体検査を行った。そのポケットの中からチョークを見つけ出して、大法のスローガンを書くためのものだとでっちあげ、即座に董麗華さんを看守所に拉致し、その後、また労働教養所に送った。労働教養所に入所する前に、秦姓の警察は彼女の看病を理由にして、家族から300元を騙し取り、今日に至っても返還されていない。このように董麗華さんは再び労働教養所で一年間迫害されることになった。
関連の電話:
吉林市第三看守所所長劉学志:自宅:0432−2578266
教導員:劉長軍:0432−7807299
副所長黄建民:0432−7807298
副所長ソウ茂華:自宅:0432−2017071
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2004/11/6/88531.htm)
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