日本明慧
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文/笑梅 【明慧ネット2004年12月20日】母はおおよそ三ヶ月間ニューヨークにいて、先週の週末に帰って来ました。母は大変若返りしました。そもそも家では普通のおばあさんのように、時々くどくど言っていましたが、今は静かになって、とても優しくなりました。そして顔はいつも微笑んでいます。 ある日私が地下鉄に乗ったら、すぐ一人の若い外国人に誘われて、私は彼の側の空席に座りました。座った後で、私は「転法輪」を読み始めました。彼は本を指して「この本は何の本か」と質問をしたようです。私は「China, Falun Gong」と答えました。すると、彼は色々と話し掛けてきましたが、私は彼の言葉がぜんぜん分かりませんでした。彼の言葉の意味も推測できませんでした。それで、すぐ王さんを呼んで来ました。王さんは彼と話しました。彼の感動の表情を見て、私は王さんに「彼は何を言いましたか」と質問した。「貴方は彼の母さんに似ています。貴方の顔を見たら、優しいと思いました。彼は凄くうれしくて、法輪功を習おうと決意しました」と王さんは言いました。それから、その若者は財布から母さんの写真を取り出して私に見せたが、私はその写真を見て、似てないと思いました。私は外国人の顔とはぜんぜん違いますが、もしかして、前世に若者との縁があったのかなと思いました。 金曜日の夜は恒例の読書会を行っています。ある時地下鉄駅はとても暗らかった。なぜかわからないがその日は特に人が多かった。人が押し合って、道が見えないのに、手元に山のような荷物とオーバーを背負って、嫌になっていた時、1人の若者がやって来て、私の手を引っ張って前へ歩いて行った。私はすごく感動して、「Thank you, Thank you」としか言えなかった。私はきっと師父が彼に私を手伝うように手配して下さったのだと思った。 ある時とても眠くて、晩御飯を食べた後、九時ごろに寝ました。十一時になったころ皆が正念を発するために私は誰かに起こされた。皆が正念を発した後で、私は「行くぞ。資料を配ろう」といいました。皆笑いました。今は夜中で、貴方は寝ていたので何も分からなくなったでしょうと言われました。私はその日だけ早く寝たが、また皆を笑わせた。 酷刑実演は今回ニューヨークで真相を伝えることの大切な一部として、ほとんど毎日しています。化粧をした後で、順番に三つの酷刑を実演します。吊刑と小さい箱と電撃刑です。演じることだけですが、人が一つの姿勢を何時間も続けるのは、我々六十代七十代の人にとってはとても大変でした。私は酷刑を実演する時、常にコントロールできない涙が流れました。中国大陸の学習者達は実際にこんな酷刑を受けても、やはり師父と大法を信じているのだと思うと、私は彼らに涙が出るほど感動させられました。私は単に酷刑を実演しているだけでも、辛くてたまらない感じがします。ある人は自分の利益を重んじて、進んで実演に参加しないことを見て、私は本当に師父に申し訳ないと思いました。 (中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2004/12/20/91805.html) |