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8月に、新たに61人の迫害による死亡が確認された(写真)

文/黒龍江大法弟子

 【明慧ネット2005年9月5日】(明慧記者・古安如の総合報道)明慧ネットの統計資料によると、2005年8月に、迫害により死亡した法輪功学習者が新たに61人確認された。1999年7月20日から、中国共産党及び江沢民政治集団は、公然と法輪功を迫害して以来、現在まで迫害により死亡した法輪功学習者は既に2800人を超えている。

 新たに確認された61人の死亡者は、以下の省、自治区と直轄市に分布している:遼寧省、黒竜江省(9人)、四川省(8人)、山東省(7人)、吉林省、河北省(5人)、甘粛省、湖北省、貴州省、安徽省、北京市、重慶市(2人)、湖南省、陝西省、江西省、天津市、上海市(1人)、住所地不明(1人)。

 61人の中に、女性が25人で、全体の41%占めており、年齢が50歳以上の人が33人で、全体の54%を占めている。また、61人中の28人が2005年に死亡した人であり、先月の8月だけで6人が死亡している。年齢一番若い人が、21歳の遼寧省瀋陽市大東区の時培峰さんである。共産党当局の隠蔽工作や厳しい情報封鎖により、死亡の確認が遅れたケースは少なくない。

 以上の数字は、迫害の残酷さおよびこの残酷な迫害が現在にも進行していることを明らかにした。以下にはいくつかの実例を紹介する。

 実例1: 30歳の呉春竜さんは、佳木斯労働教養所の迫害により死亡

 呉春竜さんは、黒竜江省佳木斯市の法輪功学習者であり、佳木斯労働教養所に監禁され、迫害されていた。呉さんは、骨しか残ってない状態まで痩せて、意識が朦朧に陥り、話もできなくなった危篤状態になってから、やっと2005年4月30日に家に送り返された。帰宅後、呉春竜さんは家族と友人の周到の看護を受けて、少し回復の兆しが見えたところ、また佳木斯労働教養所の指示を受けた松林派出所に糾弾と恐喝を受けて、体の状態が悪化し、2005年8月20日に亡くなった。
亡くなる一週間前の呉春竜さん

 実例2: 康雲嶺さんは、路頭に迷っているうちに死亡

 康雲嶺さんは、36歳、吉林省遼源市竜山区西寧街11委3組の住民である。彼は、1993年に大法を得て、長春と大連で師父の説法会に参加したことがある。大法が迫害されてから、彼は、大法に固い信念を持ち、修煉を堅持し続けることにより、不法に逮捕、監禁されたことがある。

 2004年7月5日、康雲嶺さんは、真相資料を持って遼源市から東豊県に行く途中に悪人に告発されて、東豊県警察署の魏東、于の2人に拘束、殴打された後、東豊県留置場に拘禁され、持っていた1700元の現金と4通の預金通帳も没収された。7月7日に、康雲嶺さんは、迫害を抗議するために絶食し始めて、その間に強制的な食事注ぎ込みをさせられて、体が深刻なダメージを受けて、かなり虚弱で危篤になった。留置場は責任を逃れるために、家族に2000元の保釈金を強要した後、康雲嶺さんを釈放した。

 家に帰った後にも、警察の糾弾が止まず、やむを得なく、康雲嶺さんは、家を離れて路頭に迷う生活を強いられた。遼源市国保大隊の追跡に追われて、生活が困窮の状態に陥った康雲嶺さんは、体重が40キロまで減少して、精神と肉体の状況が極限に陥り、2005年8月18日に亡くなった。
亡くなる一ヶ月前の康雲嶺さん

 実例3:詹業安さんは、迫害により全身麻痺になって死亡

 詹業安さん(女、57歳)は、貴陽市医学院の職員である。彼女は、法輪功の真相を伝えることにより、貴州省女子労働教養所に長期にわたり監禁され、迫害されて、全身不随になり、ミイラのように痩せた状態になった。2005年5月の末、瀕死状態になった彼女は、やっと家に帰らせたが、間もなく2005年6月16日に亡くなった。

 実例4:寧軍さんは、残酷な体刑により死亡

 寧軍さん(男性、50歳余り)は、放送大学卒業で、黒竜江省牡丹江市西安区西2条路の住民である。1996年、法を得て修煉しはじめてから、厳しく自分を律して、絶えず心性の向上に励み、修煉前に不正に入手した余分の住宅を返上した。まだ、彼は自費で大法の書籍、放映設備を購入して、みんなために師父の説法録画と録音を放映し、煉功動作を教えていた。

 1999年12月から2004年9月まで、寧軍さんは、前後にして現地の公安局、留置場および労働教養所に拘禁され、体刑された後、5年間の刑罰を下された。2004年9月、寧軍さんが、刑務所で危篤状態と診断されたが、11月になってやっと治療を受けるために仮釈放された。

 寧軍さんは家に帰ってからも、依然として法を勉強して、他の学習者を励まし、周りの人に法輪功真相を伝えていた。しかし、長期にわたった迫害により、寧軍さんは体調が回復できず、2005年8月12日に亡くなった。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2005/9/5/109797.html