日本明慧
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文/中国大陸大法弟子 【明慧ネット2005年10月2日】1994年8月20日から、すでに11年間が過ぎました。今、師父が延吉の伝法場で法を伝えられたことを思い出すと、師父の一つ一つの言動、弟子に対する充分な心配り、そして極めて感動させられた場面は、ずっと私に永遠に忘れがたい記憶を残しました。まるで師父が目の前にいらっしゃると同様に、師父を懐かしむ涙が知らず知らずにあふれて、懐かしく本当にとても懐かしく、たいへん師父が懐かしいのです! 伝法場で師父はいつも弟子のことを思い、常に弟子の師父に対する千載一遇の心を思いやって、伝法の前に、いつも見えているかどうか、聞こえているかどうかを確認し、みんなが見える、聞こえると答えるまで度々椅子の高さやマイクを調整してくださいました。師父は、法を教え終わって学習者に功を教える時でも、片時も休まれず、ひっきりなしに場内をまわられて、学習者の動作が正確でないのを発見されると、自ら手を取って教えておられたのです。 師父は毎日2時間近く法を流暢に説かれ、講義の原稿は一切ありませんでした。8日間の後、師父が話されたことは必ず実行なさり、真の修煉者の体はすべて浄化され、病気が無くなり、歩くのも全身軽くなりました。師父がくださった法輪が回転しているのを多数の人は感じられ、天目を講じられた時、多くの弟子は異なった空間の光景が見えました。また、師父が、法身が弟子を保護するとおっしゃったら、一部の人は本当に見えたのです。99年「7.20」に、国家新聞出版所の江魔に従う悪者は、『転法輪』は師父の書いた本ではないと嘘をでっち上げたが、自ら師父の伝法班に参加した弟子は、師父のすべてを見て感無量で、感動がいっぱいです!誰が、彼らの人を騙す虚構を信じるものですか? 延吉に着いた翌日のことですが、私は朝6時に起き、5時間かけて、10軒のホテルを訪ねて、登録室で師父の名前を探していましたが、しかし、どうしても探し当てられず、とても残念だと感じ、もし探し当てたら必ず師父が泊まられた旅館へ移ろうと思いました。伝法班が終わって、延吉を離れる前の日に、私は同行の4人に「今日はカメラを持って、延吉の風光を少し観光しましょう」と提案しました。私達が泊まった電力ビルの4階を降りて歩道に着いたとたん、私の小さい娘が「師父が来ている!」と叫びました。その時私は師父が車で来られていると思い、道路の方を見たが、娘はまた「師父は来ているよ!」と叫びました。私は娘の叫ぶ方向に沿って見ると、師父はすでに徒歩で私達のそばにいらっしゃいました。私達は急いで師父をお呼びすると、師父はほほえんで私達と握手してくださいました。その時私は、師父は本当に弟子の心を知っておられる、師父を探し当てられなかったのに、今日師父は意外にも自ら弟子を見にこられた、あまりに弟子を感動させられたと思いました。師父は私達のカメラを見ておられました。私達の提案の下で、師父は少しの躊躇もなく私達5人といっしょに写真を撮ってくださいました。 私達5人は、師父の徒歩で去られる高くて大きい後ろ姿を見て、申し合わせたかのように口をそろえて「また延吉の風光を観光するのか?偉大な師父と記念写真を撮ることよりも立派なことがあるのか?」と誇って言いました。 ある人は私達と師父がいっしょに映った写真を見た時、「どこで撮った写真ですか?」と尋ねたので、私は思わず「路上で撮ったのです」と教えました。相手は「あなた達の師父はあまりにやさしく、師父の行為は本当におもわず涙が出るように心から感動させるのです」と語りました。 伝法班ですでに、師父は全宇宙でもっとも最大の超常人であると悟ったため、数年来、私は、大法や師父に対する正しい信念を少しも疑わず動揺せずに、ずっと師父が自分に按配してくださった修煉の道に精進しています。現在正法の洪の勢いはすでに「法正世間」が到来する前の最後の最後の時に来ています。師父、安心してください、弟子は必ず師父の話を聞き、「三つの事」をしっかりと行い、正しい念と正しい行いで、すべての障害を解体し、真相を広く伝え、神の正念を持って衆生を救います。たとえ天が崩壊し地が陥没するとしても、命に関わっても、固く師父に従い、最後まで歩み、修煉しようと思います。
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2005/10/2/111559.html)
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