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悪党の不法な迫害を受けている、徳恵市の大法弟子の子供たち

 【明慧ネット2005年11月22日】

1.五歳に満たない白鶴ちゃんは、父母が不法に逮捕されて行く後ろ姿を見て泣いていた。

 2000年のある日、吉林省徳恵市の大法弟子・白瑞松さん夫婦は、上京して法輪功の真相を伝えたことで、徳恵市に戻るとすぐに徳恵市公安局の悪党警察によって、不法に家から拉致された。当時、家には五歳に満たない女の子・白鶴ちゃんが一人残されていたが、彼女は怖くて顔が真っ青になっていたという。また、全身を震わせながら、「ママー、パパー」と叫んだというが、悪党警察は、白鶴ちゃんを完全に無視し、白鶴ちゃんの父母を不法に拉致してその場を去ったという。

 当時、隣人達は、そんな白鶴ちゃんのことを、心からかわいそうだとは思っていたが、邪悪が気を狂わせて大法弟子を迫害していたので、怖くて誰も白鶴ちゃんの面倒を見てくれなかった。父母が悪党警察に不法に拉致され、一人ぼっちになった五歳に満たない白鶴ちゃんは、凍死と餓死するしかなかった。このような命に危険が迫っていた時、大法弟子のWさんはこっそり白鶴ちゃんを自分の家に連れて行き、白鶴ちゃんを保護したのである。しかし、白鶴ちゃんは、やはり悪党警察の魔の手から逃げ出すことはできなかったのである。悪党警察は、Wさんが白鶴ちゃんを保護している事を調べ出し、Wさんの家まで追って来たのである。その後、Wさんに「おい!早く子供を放せ!そうしないと、お前も捕まえるぞ。」と叫んだのである。そこで、Wさんは正義をもって、「君達はこんな人間性のない事をして恥ずかしくないのか!君たちが本当に私を不法に逮捕しても、私は白鶴ちゃんを放さない!」と答えた。その結果、悪党警察は本当にWさんを不法に逮捕し、「社会秩序を乱した」と言う理由で、Wさんを労働教養所へ送ったのである。五歳に満たない子供の命を救うための行為が、「社会秩序を乱した」と言う罪名になるこの社会は、どのような社会なのだろう。

2.王洪田さんの遺児は、非常に困難な状況に陥っている。

 大法弟子・王洪田さんが不法に迫害され、この世を去った後、彼の小さな二人の娘と妻は、収入がまったくなくなったのである。子供が学校に行くには、費用を必要とし、食事を含む日常生活の費用も必要なので、収入が完全にない彼女達は、現在、非常に生活が困難な状況に陥っているのである。

3.欒淑杰さんの息子は行方不明になっている。

 2003年の春、大法弟子・欒淑杰さんは、街で徳恵市大華工場の二人の保安員に不法に拉致された後、労働教養所へ送られた。その後、同年12月15日、欒淑杰さんの夫・張学東さんも街で、悪党警察に不法に拉致された。元々、欒淑杰さんの家族は十歳ぐらいの一人息子がいる幸せな家庭であったが、悪党の不法な迫害により一家離散となったのである。そこで、欒淑杰さんの息子は、糸のない凧あげのように行方不明になってしまったのである。

4.姜春賢の遺児は、母を思い出すたびにお墓の前で泣いている。

 大法弟子・姜春賢さんは、2004年1月18日、徳恵市法院と公安局の悪人達により、不法な判決を受けた後、黒嘴子女子監獄へ送られた。その後、一カ月内に迫害されて死亡したのである。死亡した時、姜春賢さんの全身には傷痕が残っていた。黒嘴子女子監獄の悪党警察は、姜春賢さんの家族を脅迫して、姜春賢さんを火葬することにサインさせた。悪人達は、自分達が犯した罪悪を隠すため、サインしないと不法に逮捕する、と家族を脅した。現在、姜春賢さんの一人残された娘は、母を思い出すたびに、姜春賢さんのお墓の前で泣きながら、「お母さん!」と泣き叫ぶしかできないのである。

5.六歳の明遠くんは、お父さんとお母さんを求めている。

 大法弟子・姜春賢さんが不法に判決を受けた当日、不法に一年以上も監禁されていた大法弟子・孫迁さんも、悪人達によって、いわゆる「法廷」で不法に懲役12年もの判決を受け、吉林第二監獄へ送られた。また、同年(2004年)12月14日の午後、孫迁さんの妻・馬春麗さんは、街を歩いているところで、徳恵市の悪党警察により、不法に黒色のビニール袋に入れられ、徳恵市公安局に拉致されたのである。現在、馬春麗さんは、330日以上も絶食で、この不法な迫害に抗議しているが、体はすでに極度に痩せ、皮と骨しかなく、非常に危険な状況になっている。更に、孫迁さん・馬春麗さん夫婦の一人息子である六歳に満たない孫明遠くんは、両親がおらず愛情不足で寂しい生活をしているのである。

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2005/11/22/115014.html