日本明慧


発正念のときにみた光景——人を救うことは目の前に迫っている

 文/東北大法弟子

 【明慧ネット2005年12月10日】私は大法弟子としてあまり精進しておらず、脱党を勧めることも、ある時はよくできたり、悪かったりする。ある時は何カ月経っても数人しか脱党してくれなかったこともあった。この光景は師父がわざと私に見せ、私を教えてくださったことである。

 ある日、私はベッドに座って正念を発していた。すると、突然目の前に一つの奇怪な場面が現れ、一つのエレベータみたいなものがゆっくりと私の前で止まって、ドアが開いた。中には十数人いて、みな裸で、ガリガリに痩せ、手錠、足錠がはめられ、顔色は灰色で、人間ではないようだった。私は好奇心をもって彼らを見ていた。このとき、意外にも彼ら全員は私にひざまづいた。私はどういうことかわからないまま、エレベータは再び動き、地下へ移動し、その後に第二番目のエレベータが私の前に現れ、最初とまったく同じ光景だった。私にひざまづき、急いで地下へ行った。その後、また第三番目、第四番目と、すべてが同じ光景だった。私は考えた、「私は彼らを知らないのに、なぜ私にひざまづくのだろう?(悟性が悪すぎる)」。

 正念を発した後、私は先に見た場面が忘れられなくて、エレベータが地下へ行くのは地獄という意味ではないか?それらの人が手錠、足錠に嵌められたのは、罪があるからではないか?彼らが私にひざまづいたのは、私を知っているからだ。これは私の衆生が地獄へ行くことを意味しているのではないか?私はとても悲しくなった。私が精進しなかったため、衆生を地獄へ行かせた。私はとても後悔した!今思い出しても、心が震える。同修よ、修煉の最終段階で、精進しないと、失うのはあなたに無限の期待を託している衆生だけでなく、甚だしきに至っては一つの世界を失うことになるのですよ!

 最後に師父の経文で終えよう。『最後になればなるほど、精進すべき』の中で師父はおっしゃった。「認識したらすぐ追いついてくると思います。しかし、皆さんはこの最も偉大な神の道に、回り道を少なくし、自らの将来に悔いを残さず、次元の距離を開くことなく、これこそ私と皆さん、そして皆さんに期待を託している衆生の願いなのです」。

 同修よ、精進しましょう!

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2005/12/10/116226.html