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武威刑務所:胡尚学さんは迫害されて右眼は失明

 【明慧ネット2006年1月2日】甘粛永昌県の法輪大法学習者・胡尚学さんは不法に12年の判決を言い渡され、武威刑務所で迫害され、右眼はほとんど失明した。血圧も高くなり、医者は直ちに治療しないならば、永遠に失明する可能性はあるといった。家族は重病のための服役中の一時出所を要求したが、刑務所の悪辣な警官は釈放しなかった。
2005年12月初め、家族は面会に行ったが、悪辣な警官は面会を許さなかった。その後、胡尚学さんは移送され、どこに移送したか、警察は言わなかった、ただ酒泉に移送したという。

 胡尚学さん(66歳・男性)は、甘粛永昌県焦家庄水磨管村六組に住んでおり、焦家庄郷河灘村獣医診察部の従業員だ。1999年9月のある日の夜、永昌県公安局の李国玉(同音)などが3人一緒に獣医診察部を騙し、ドアを開けさせて勝手に家財を没収し、ビデオと録音機を奪い、そして獣医診察部の主任の陳凱泰(同音)と一緒に胡尚学さんに仕事を放棄させ、胡尚学さんはそれから生計の道を失った。99年末、李国玉などが勝手に獣医診察部から法輪大法の書籍、煉功音楽、師父の肖像、録音機、イヤホンとマイクロフォンなどを奪った。

 2000年元旦、胡尚学さんは仕方なく職場から離れ、獣医診察部で引き継ぎの手続きをするときに、県公安局に不法に強制連行され、県留置場に拘禁、迫害された。当時は北方の最も寒い冬だった、悪辣な警官が室外で水をかけると、水がすぐ凍り、胡尚学さんに氷の上で腕立て伏せを強い、氷の上に置いた手を上げようとすると、手の皮はすでに破けた。留置場の警官は続けて胡さんにやらせた。このように続けると、胡さんの手のひらの皮膚は全部破けて取られた。警官は残酷に胡さんを迫害した。彼に修煉を放棄させて、上司から賞金を得るためだった。

 20日後、胡さんの息子さんは県公安局局長の劉富漢(同音)に釈放を要求し、やっと釈放できた。この20日の間、李国玉などは胡尚学さん、張延勇さん、岳佩福さんなど何人もの学習者をひもで縛って、車で河灘村へ移動し、所謂「批判・闘争会」を行い、全村の人の前で大法を誹謗した。

 2000年12月、県公安局は胡さんに会議に参加するように通知した。実は彼に法輪功を修煉するかどうかの態度を表明させたく、もし修煉すると言うなら、県留置場で拘禁して、続けて迫害する企みだった。拘禁期間中、胡さんの血圧は高くなり、頭がくらくらして歩けなくなり、病院は高血圧だという。家族は留置場に釈放を求め、留置場は責任を負うことを恐れて、胡さんを釈放した。

 2002年3月14日朝、李国玉、白済聯(同音)などが胡さんの家に行き、家財を没収し、大法の真相資料を奪い、胡さん夫妻を留置場に拘禁した。2カ月後、5月14日、永昌県公安局、司法部門は県体育館で所謂「公捕大会」を開き、30数人の大法弟子の両手を手錠に嵌め、胸の前に大法を誹謗する看板を掲げた。民衆がいっぱい座った体育館の中で所謂「判決書」を読み上げ、悪辣な警官は学習者を押しながら、街で所謂「パレード」を行った。

 「パレード」ののち、胡さんの妻はその場で不法に3年の判決を言い渡され、蘭州市平安台労働教養所に送られ、その後、蘭州市楡中県柳溝河女子労働教養所で迫害された。その後、胡さんは不法に12年の判決を言い渡され、蘭州市大沙坪刑務所に拘禁され、また武威刑務所に転送され、迫害されて右眼はほとんど失明した。家族は重病のための服役中の一時出所を求めたが、刑務所の悪辣な警官は釈放しなかった。


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/1/2/117823.html