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北京市朝陽区六里屯街道弁事処による迫害:2人が死亡、1人が植物人間

 
 【明慧ネット2006年1月8日】6年以来、北京朝陽区六里屯街道弁事処は、610オフィスは法輪功学習者を迫害して、2人が不審死、1人が植物人間になった。数十人が不法に監禁され労働教養を処せられ、刑罰を下され、洗脳センターまたは精神病院に送られて苦しめられた。

 ここで、迫害の具体的な例をいくつか挙げる。

 2000年、六里屯街道弁事処は法輪功学習者・周麗英さんを不法に連行しようとし、周麗英さんはベランダから飛び降りた。その後周麗英さんを北京市法学教育センターに送って洗脳を強いた。釈放された後周麗英さんは、やむを得ず、息子と二人で流浪生活に陥った。すでに5年も経ち、今なお行方不明である。

 2003年3月3日、六里屯街道弁事処は、法輪功学習者・張俊鳳さんと張俊鳳さんの妻・徐俊英さんを不法に連行し、また妊娠している息子の嫁・宋徽さんを連行しようとした。脅迫などの迫害により、宋徽さんは流産し、胎児はこのように迫害されて死亡した。68歳の張俊鳳さんはその後、15年の刑罰を言い渡された。息子はもと鉄道公安官で、巻き添えになり免職され、倉庫の守衛員に左遷され、給料も半分にさせられた。また張俊鳳さんの家を監視するように人員を派遣し、今なお張俊鳳さんの家族は監視され続けている。

 2003年9月、610オフィスは法輪功学習者・韓金桂さんを不法に連行し、韓金桂さんの血圧が高いと知りながらも、依然として韓金桂さんを六里屯街道弁事処の2階の椅子に縛り、その後また八里庄精神病院に送り、いわゆる「治療」を加えた。韓金桂さんが釈放された後も、家を監視されたり、家族を脅迫されたりした。精神病院で受けた虐待により、韓金桂さんが家に帰ってから脳出血を起こし、病院に運ばれて緊急処置を受けたが、今なお半身不随で、話をすることができず、植物人間となった。

 2003年9月、六里屯街道弁事処の悪党の役人は、法輪功学習者・蘇薇さんを不法に連行し、2年の労働教養を処した。労働教養所で、六里屯街道弁事処の悪党の役人は北京市女子労働教養所5大隊長・陳某と一緒に、いろいろな方法で蘇薇さんを苦しめた。7ヶ月間も正常に眠らせなかった。毎日壁に向かって立たせ、同時に両手を両方にまっすぐ一直線に伸ばさせた。トイレに行かせず、ズボンのまま用を足すしかなかった。3ヶ月も顔を洗わせず、6ヶ月も入浴させなかった。これは同じ部屋の受刑者を侮辱させるために、臭い匂いがするようにさせたのだ。長期にわたり立たされたため、蘇薇さんは足がひどく腫れ上がり、そして下腹部まで腫れあがってきた。23号の靴を履いていたのが、腫れた後24号の靴でさえ履けなくなった。全身が腫れ上がり、皮膚が黒紫色になり、透明で、指でそっと引っ掻くと血が滲んでくる。このように休む間もなく虐待されたことにより、蘇薇さんは、しっかり立つことができなくなり、しょっちゅう転んでしまっていた。その上、次第に精神がぼんやりとし、ぶつぶつと独り言を言い、何を言っているかが本人も分からない状態になった。蘇薇さんは釈放された後も依然として監視されている。

 法輪功学習者・寧培福さんは、六里屯街道弁事処により、労働教養を処せられた。労働教養での各種の残酷な拷問により、寧培福さんは修煉する前に患っていた白血病が再発し、2004年の始めに死亡した。

(中国語:http://minghui.org/mh/articles/2006/1/8/118187.html