日本明慧


大法弟子・劉杏雲さんの迫害による死亡の詳細

 【明慧ネット2006年1月10日】河北省唐山市唐海県の大法弟子劉杏雲さんは2005年11月18日に迫害により死亡した。劉杏雲さんは生前、数回にわたって連行、拘禁、恐喝、家宅捜査されるなどの迫害を受けた。劉杏雲さんの死亡に対して、唐海県政府、県公安局およびいわゆる「転化学校」の校長胡玉華などは責任を負わなければならない。

 65歳の劉杏雲さんは唐海県文化館の元職員。1995年に法輪功の「真・善・忍」に惹かれ、修煉の道を歩み始めた。そのとき、多くの人々が法輪功の修煉を通じて善に向かい、道徳が回復し、体が健康になるよう、劉杏雲さんはいつも自宅で大法の録音、ビデオを放送し、人々に法輪功の良さを教えた。時々、ビデオを見にくる人が室内、庭を埋め尽くしていた。

 江沢民のならず者集団が法輪功を迫害してから、劉杏雲さんは2000年12月に北京へ陳情しに行ったため、悪らつな警察官に唐海県看守所に連行され拘禁された。精神的な打撃を受け、煉功を許されず、劉杏雲さんの体は見る見るうちに悪くなり、各種の病気にかかってしまった。警察官は家族に3千元を強要し、劉杏雲さんを釈放した。劉杏雲さんは家で法を勉強し煉功を通じて、回復した。

 2001年、劉杏雲さんは県の看守所に連行され、洗脳と「転化」の迫害を受けた。劉杏雲さんの体が再び悪化し、高血圧、高血糖および胃腸炎など多種の病状が併発し、警察官は責任逃れのために、やむを得ず彼女を釈放した。しかし、条件は5千元の罰金を払わなければならない。劉さんはこれを拒否したが、警察は銀行と結託して5000元が完済するまで、劉杏雲さんの年金を凍結していた。

 2001年から2003年の間、警察官は劉杏雲さんを見舞いに行った3人の法輪功学習者を連行し、劉杏雲さんの家宅を不法に捜査し、劉杏雲さんとその家族に大きな傷害と精神的打撃を加えた。

 2004年10月、唐海県公安局の不法職員およびいわゆる転化学校の校長胡玉華は10人をつれて再び劉杏雲さんの家を不法に捜査し、劉杏雲さんを洗脳班に送ることを企み、家族に4千元の「転化」費用を求めた。当時劉杏雲さんの夫は足が骨折して休養していた。悪らつな警察官に「この数年来、あなたたちに数回迫害され、彼女の体はこんなふうになってしまい、刑務所も受け入れない。彼女に万が一のことがあったら、誰が責任を負うのか」と詰問した。胡玉華は何かあったら、県が責任を負うのと言った。

 今度の迫害で劉杏雲さんの血圧は突然220/140にのぼり、仕方なく連行が断念された。劉杏雲さんは数日後病院に送られ、医療費だけで4万元(日本円で約60万円)かかり、家族に大きな負担をかけた。2005年春、劉杏雲さんは釈放された。長期にわたる迫害で、劉さんの体は急激に悪化した。2005年10月27日再び病院に送られ、心臓病、腎臓の衰弱などの併発症があり、生命が危険な状態に陥った。

 体調が少し回復した劉杏雲さんはその後家に戻った。地元の法輪功学習者は彼女を見舞いに行ったため、11月17日、県公安局政保科、県経委、県文化館、城関派出所など6人は610弁公室(法輪功取締本部)に指図され、午前8時から再び劉杏雲さんの家をかき乱しに行った。危篤状態の劉杏雲さんはショックを受け、翌日にこの世を去った。劉杏雲さんは亡くなって3日間後遺体が埋葬されるまで、悪らつな警察官は毎日家族を監視した。


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/1/10/118319.html