日本明慧


悪党の暴威を受け、方桂明さん、汪秀雲さんは家族に長期に監禁され死亡

 【明慧ネット2006年1月7日】四川省成都崇州市崇陽鎮小羅村の法輪功学習者・方桂明さんと汪秀雲さんは、悪党江沢民ごろつき集団の脅迫と恐喝を受けた家族に、長期にわたって家に閉じ込められ、それぞれ2001年7月、2003年春に冤罪が晴れることなく死亡した。

 方桂明(女性)さんは、法を得る前に深刻なリューマチと半身不随を患い、身動きできず、自立できなかった。97年に幸運にも大法に出会い、修煉して半年も経たないうちに、体は完全に回復し、病気が無くなり体が軽くなり、心身ともにかつてない喜びで満ちた。その後、方桂明さんは家族3世代の家事を全部引き受けた。同時に彼女の変化を見て、縁のある人は次から次へと法を得、修煉を始めた。

 99年7月20日後、大法の不思議さを見てきた方桂明さん家族は、悪党江沢民ごろつき集団の脅迫と恐喝を受け、本心はうらはらに、方桂明さんを家に監禁することにした。現地の610オフィス、悪党村支部に脅迫された家族は、すでに70数歳の方桂明さんを、1軒の20平方メートルも足らずの小屋に監禁し、彼女と外部の連絡を一切断ち切った。方桂明さんは心身ともにひどく傷つけられ、2001年7月に冤罪が晴れることなく死亡した。享年73歳だった。

 汪秀雲(女性)さんは、法を得る前に体中病気だらけで、心身ともに崩壊寸前だった。97年に法を得て、わずか修煉して1ヶ月で、身体はすべて回復し、顔は赤みがさしてつやつやし、飛ぶように歩くまでになった。もともと殆ど自立できていなかった汪秀雲さんは、家の全ての家事を引き受けたほか、畑仕事まで担当した。

 99年の7月20日以降、邪悪な江沢民ごろつき集団と中国共産党の各級の悪霊に恐喝され、脅迫されたもと、汪秀雲さんの家族は生きていくため、邪悪に屈し、汪秀雲さんを長期にわたり家に監禁した。汪秀雲さんは何度も拒否したが、家族は悪党の暴威を恐れたため、依然として汪秀雲さんを長期にわたり18平方メートルの小屋に監禁した。汪秀雲さんは自由がなく、心身ともに大きなダメージを受け、2003年の春に冤罪が晴れることなく死亡した。享年63歳だった。

 崇陽鎮興曇村の法輪功学習者・劉志芬さんは、2001年1月6日に、数人の警官が家に強行で侵入して来て、不法に連行された。精神も肉体も苦しめられ、2月4日に迫害により死亡し、体はやせこけて皮と骨だけになった。親族達が彼女の死亡の真相を追究しようとすると、警官は「すでに火葬場に送った。あなた達は江沢民に理を言いに行きなさい!」とわめいた。さらにテレビで「劉志芬が煉功して薬を飲まないので、死亡した」とデマをでっち上げた。崇陽鎮城関五大隊の法輪功学習者・陸瓊芳さん、杜玉清さんは、2003年に悪らつな警官・張天田と崇州市の悪らつな警官に残酷な拷問をかけられた後、ベッドに横たわり、それぞれ2003年9月中旬、2004年2月にこの世を去った。

 現在、崇州市610オフィスはまだ法輪功学習者を迫害し続けている。彼らは郷派出所、鎮派出所、治安室などに、私服警官を派遣させ、法輪功学習者を監視させ、学習者の家を家宅捜査させ、さらに学習者のお金を横領した。


(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/1/7/118193.html