日本明慧


周口市の警察は、法輪功学習者の張思営さんを迫害

 【明慧ネット2006年1月19日】張思営さん(48)は、周口市川えい区のバルブ工場の元社員で、若い頃軍隊に入隊したことで、いろいろな病気にかかった。中共当局は毎月の党費を求める以外、張さんの病気にまったく無関心だった。張さんは、病気治療をいろいろと試したが、効き目がなく、幸い、法輪大法に巡り会い、修煉を始めて間もなく、20何種類の病気が不思議に治った。張さんが喜ぶ一方で、 1999年7月20日、江沢民は、個人の嫉妬心から、法輪功に対する血生臭い迫害を始め、国民を守るべき警察は一変して政治の用心棒になり、無実の国民を弾圧し始めた。

 張さんは法輪功を修煉したことで、99年10月25日、砂北の警察支局の劉運動、陳建国に不法に強制連行され、周口看守所に3カ月拘置されて、1万6千元あまりをゆすり取られた。2000年9月25日、黄金キ、李徳仁、劉運動により政保大隊へ移され、縄で縛られて、小便を失禁するまで殴られ、その後また周口看守所へ連れていかれた。他の受刑者は警察に指図されて、各種の手段を使って張さんを苦しめ、右脇の軟骨が3本折れた。

 残酷な迫害を3年間経験して、張さんは2003年12月、やっと帰ってきたが、1カ月も経たないうちに、610オフィスの王天義と、経済貿易委員会の凶悪役員の李培民に精神病院へ不法に、強制連行され、中枢神経を破壊する薬物を注射された。それから、張さんの大脳の反応は鈍くなり、生活も自分で処理できない状態になった。

 この状態でも、迫害は続いた。2005年11月26日午前6時過ぎ、凶悪な警官の王俊福、韓勇、賀成功らは張さんが商売に出かけている間に、不法に家に押し入って、家財を差し押さえ、服や敷布団、一時退社証明書をすべて持って行き、また張さんの弟の嫁さんも連れていった。11時過ぎ、家に帰った張さんは入り口の所で、警察官・李育正、賀成功らに囲まれ、三輪車の上のものをすべて略奪され、強行に周口看守所へ連れて行かれた。

 周口看守所で、張さんは看守所の規則を覚えず、書類に拇印を押さず、決して悪らつな警官の要求に協力しなかった。また絶食で抗議したため、11月29日、宋万祥、余発順が他の受刑者に指図して野蛮に灌食して、荒々しく張さんの食道をつき破った。張さんが大声で「法輪大法は素晴らしい」、「真、善、忍は素晴らしい」を叫んだので、10数人の警察は驚きあわてて、恐れた。

 2005年12月26日、汪勇と許という警官は張さんに拇印を求め、断られたため、他の受刑者に張さんの腕を捻挫させるよう指図し、翌朝7時過ぎ、秘密に張さんをトウ河労働教養所に送った。

 トウ河労働教養所が受け入れを拒否するのを恐れ、王俊福、賀成功、李育正らは、張さんが法輪功学習者であることと、体の調子がよくない情況を言わず、労働教養所に受け入れさせようとしたが、張さんは真相をはっきりと説明したため、労働教養所は同情して、断固として受け入れを断った。韓勇は怒って張さんを車に入れ手錠をはめて、許昌労働教養所へ向った。凶悪な警官は、張さんが麻薬密売人だと嘘を付いて、無理やりに張さんを門に押し入れたが、検査の結果、体調不合格のため受け入れられなかった。

 この6年来、張さんは6回にわたり、不法な連行をされて、悪党に長期にわたって迫害された。張さんの親族は怯え、妻は離婚して、他の人と再婚し、息子は父親を認めなかった。親族と友人も金銭を取られるのを恐れ、張さんと付き合わなくなり、80数歳のお母さんと助け合って生きるほかなかった。しかし、お母さんも悪らつな警官の長期の恐喝と攪乱によって、精神的に大きな圧力をうけて、いつも高血圧、心臓病で入院している。親子の生活は極めて苦しい状況だ。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2006/1/19/119001.html