日本明慧


負けない弟子になろう

 文/大陸大法弟子

【明慧ネット2006年3月16日】昼の発正念が終わって、ご飯を食べずに自転車に乗って同修の李さんのところへ行った。

 道はとても遠く、風に向かって走り、途中でおなかが空いた。李さんの家に着いたとき、ちょうとご飯をたべるところだったらいいなと思った。着いたら、まさに李さんは餃子を煮ているところで、李さんは、「さっきあなたのことを話したばかりで、そこへあなたが来た」と言いました。私たちはあまり面識がない。住んでいるところも随分離れていて、普段各々自分のことをやっているが、今度、初めて彼の家に行った。夫婦二人でご飯を用意してくれて、逆に悪いと思った。李さんは、「同修に会えて嬉しい、自分の親戚に会うより親しみを感じる」と言った。この一言で私の距離感は消え去って、心がひとつになった。

 食後、交流を始めた。彼は昨日師父の説法を読んでいる内に泣きだしたと言いながら、涙が彼のおとなしい顔から流れて、声が出なくなった。彼の言葉は一つひとつ心の底から流れ出るように聞こえ、師父を固く信じ、師父のことを話すと、すぐ涙がこぼれた。彼は邪悪に面するとき、心中にあるのは師父と衆生を済度することだけだと話した。同修の師父に対する固い信心と自分は比べ物にならない、本当にこのような同修を誇りに思い、師父にこのような弟子がいることをうれしく思う。

 交流中、私は2003年、2004年に読んだ古い週刊明慧にあった文章は、同様に師父に対する固い信心を持っていて、私は見るたびに涙がこぼれそうだと話した。李さんは「そうですね、私はある文章を見たが、ある同修が師父の新しい経文を持って、労働教養所へ拘禁されている同修を見舞いに行き、同修を見た時嬉しそうに、お父さんから手紙が来たよというものですね」と言った途端二人は泣きだした。

 「お父さんから手紙が来たよ!」、それは弟子の師父に対する至誠、信心の、内心からの声であって、それは長く家に帰れず、離散の苦しみに耐えた子供の師父に対する、心からの思いです。この言葉が帰り道でずっと耳に響いて、思わず涙が流れた。先日、同修に「あなたは一晩眠らずに師父の法を通読できますか」と聞かれたとき、私は残念だが「できない」と答えた。

 かつて何年間、ずっと自分に分からなかったのは、なぜ同修達は精進できるのに自分はどうしても精進できず、同修達は天安門へ行く勇気があるのに自分にはないのか。資料を作る時、同修は自転車で何十里の道を走って、謄写原版、紙、印刷用インクを届けてくれ、すべてを用意してくれ、自分はやるだけでいいのに、なぜ熱意がなかったのか。この状態を突破できないのかがとても苦痛だった。それから法を覚え始め、しかし確かな変化はなかった。つい邪悪に隙を乗じられ、家にいられなくなって、2年間あっちこっちで漂流してしまった。家を出た時に、ゴミを拾っても、法を実証し、資料を作らなくても、稼ぐお金を資料点に送る。私にはすべてがなくなって、私にあるのは師父と大法しかないと感じた。私は遠くを眺めて、師父に「弟子は師父に付いていきます」と決意した。

 漂流の日々、私がいるところに資料を作る人はいないので、ずっと作りたいと思っていた。一度夢の中で、一人の同修が走ってきて、バトンを渡してくれて、私はバトンを引きついで、暗い夜に全力で前へ走って、口の中で絶えず言った。「法正乾坤、邪悪全滅!(法は乾坤を正し、邪悪を全滅)」。これは師父がよく行うよう励ましてくださっていると悟ったが、しかし、どうやってよく行えるかは分からないので、ただ自分にできること、書く、資料を配ることをやった。

 2005年の春、私は一つの場所を借りて、資料を作り始めた。妻は「あなたはお金を稼ぎに行かないのですか」と言った。私は「私達は修煉の道でまだ中途半端なので、この時間を利用して、法をよく勉強し、自分を高めて、よりよく法を実証することができる。今食べるには困らないし、他のものを求めなくてもいいのだ」と言いました。私は資料を印刷する以外、すべての時間に法を勉強したり、週刊明慧をみたりした。自分が高まったかどうかは分からないが、ただたえず執着を見つけ、しかもだんだん深く探し、自分の根本的な執着を見つけ、取り除いた。例えば、以前私は法会に参加したくない、法会で私は何も言う事はないから、他の人の言うことも私を高める作用もないと思っていた。同修は「それはあなたがいつも得ようと求めているからだ」と指摘した。私はとても嬉しかった、これは私のためではないだろうか。

 私は足があまり痛いため、座禅は通常30分やっていた、それで十分だと思っていた。しかし、同修は「もし30分で十分であれば、師父はなぜ一時間を設定したのですか」と言った。私はパッと分かって、座禅を一時間にした。また誰と交流しても、自分の法理に対する理解を深めることができた。例えば、長期に家にこもって外に出られない同修と交流したときも、同修はいつも自分が看守所で見た拷問された同修の惨状に言及した。私は「邪悪が拷問したのは彼の人心だ、彼が殴られたのを見て、自分も殴られるのを恐れて、法を正さないことをしないでください」と言った。その時初めてはっきり分かった。修煉は直接人心を指していて、見本はなく、正と反の見本を含めて、もしあなたが見本だと思うと、その見本はあなたに害があると思う。

 ある日、妻は週刊明慧を持って行った。帰ってきてから情緒が不安定になり、顔色は悪い、何があったのかと聞いたら、妻は「夫婦二人で、看守所で殴られた事ばかりを言ったから、もう行かない」と言いました。私は思わず大声で笑った。法理がはっきり分かって、高いところから物事を見下ろして、現象を透視して、本質を見るなら、邪悪を怖がることはない。突然、ある日初めてなぜ旧勢力の按排を否定するのかが分かり、偉大な慈悲の主佛が自ら訪れて、無量の衆生を救い済度するためであり、この宇宙大穹が延々不壊のためでもあり、師父が守ってくださっているので、師父は絶対低能な生命に自分の弟子が関与されるのを許さない。かれらはその資格はない、私は師父の按排の沿った道しか歩まない。だから、修煉体験に「私のすべては法の中で正されるので、誰でも私を左右する資格はない、左右することはできない」と書いた。私は恐れる心があるが、私ははっきりと分かっている、それは人間の理にしたがったことであり、邪悪は機会を見つけ隙に乗じてくる。でも、私にもっと分かるのは、私には師父がおられ、私は師父が按排してくださったことをやっている。宇宙の中で最も正しい事、衆生を救い済度している。私が作った資料、小冊、『九評』などで、みな衆生を救い済度している。衆生を救い済度することを邪魔することは、師父から許されない、宇宙の法理も許さない、それは邪悪が自ら死を求めることと同じだ。

 以前自分は時々大法と離れているような、大法の中にいるような感じがして、この状態から突破できず、どこから問題を解決できるのかが分からなかった。今は分かった。それは、自分は大法と距離があって、師父と距離があり、自分を突破しようとするならば、法を多く勉強することしかない。法を勉強するに従い、なぜ師父がいつも私たちに法を多く勉強してほしいのかが分かった。かつてある同修は物事をするのも法のうえに立っていないので、いくら彼に話しても悟らず、闘争心が生じた。ある日煉功が終わって、突然師父のことを思い出した。師父は私たちのためにあらゆる苦労を耐えられた。もう師父に迷惑を掛けないよう、師父は、私たちに協力し合い、助け合うことを望んでおられる。師父を思い出すと、まだ何か放下できないものがあるだろうか。同修がよく行えなかったことは自分が黙々と補充すべきだ。こう思うと、心の中に余裕ができた。この変化は大量に法を勉強し、『明慧週刊』を読み、同修と深く交流し、自ら自分の誓約を実現した結果だ。

 ここまで書いて、同修に言いたいのは、自分は迷いの中の苦しか知らず、師父はどのように心配しているのは分からなくてはいけない。自分が歩んでいる道が歩きづらく、師父が家に帰らせる道を按排してくださった時の苦労と忍耐が分からなくてはいけない。自分の道をよく歩んで、ほんの少し怠けても、師父にその分の苦労を掛けることになる。同修間の少しの間隔も師父に迷惑をかけることになる。師父のことを多く考えよう。私たちはみな師父の弟子であり、子供であり、同修は世界で最も親しい人であり、みな同じことをやっていて、あなたができないことは、私がやる、あなたがやりたくないことは私がやる、あなたの足りないところは私が補充する、文句なしに行う。

 弟子として、偉大な師父に会ったとき、唯一の希望は、師尊が微笑んでくださることを願っています。

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/3/16/122945.html