日本明慧
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【明慧ネット2006年3月27日】私は「明慧週刊」218号に載った師父の思い出の文章を見て、とても心が打たれました。 以前、私は20種類以上の病気を患っており、一年中私の血管の中には西洋の水薬が流れ、胃の中には漢方薬が詰められていました。目からは涙が流れ、本当に生きていることは死ぬことよりも辛いものでした。96年5月に私は幸運にも大法を得、煉功を始めて2カ月も経たない内に、全身の病気は一掃され、歩くのも風を切るように軽やかになりました。私の身体の変化があまりにも大きかったので、身内も隣近所の人々も皆法輪大法の不思議な力に感服しました。私は師父になんと感謝を申し上げればよいのかわかりませんでした。 私は師父の講習会に参加したことはありませんが、たくさんの不思議な出来事を経験しました、ここで私は自分の心に永遠に忘れられない一つの出来事を述べたいと思います。 97年の夏のある日、煉功場では師父の説法ビデオを流す予定でした。その時天気がくずれ、どんよりとした空は今にも大雨が降りそうでした。補導員は「誰か別の煉功場に行ってビデオテープを借りてきてくれませんか?」と言ったので、私が借りに行くと答えました。 その時すでに小さい雨粒がぱらぱらと降り始めていました。急いで出かけたので雨具を持っていなかった私は、大雨になったらどうしよう? 私は濡れでもかまわないが、ビデオテープが濡れてはならないと思い、師父に「師父! 私を手伝って下さい、私が借りてきた後で雨が降るようにしてください」とお願いしました。 私がビデオテープを借りてきて、敷居を一足またいだとたん、天地を揺るがすような雷が炸裂しました。まるで天が崩れたかのように、どしゃ降りの雨がざーざーと降ってきました。私は感激を抑えきれず泣き出してしまいました。それから後は大雨が降るたびに、その日のことが私の目の前にはっきりと現れてきます。 狂気じみた邪悪な迫害の中で、なお更、師父の加護と師父が私の代わりに苦難を受け入れてくださったことを感じました。私は更に精進して、師父が私たちに与えて下さった衆生を救い済度する偉大な使命をやり遂げたいと思います。 私は学力が低く、僅か3年余りしか勉強しなかったので、文章を書くことはとても難しいことです。私は同修の熱心な助けを借りて、うまく書かなければという恐れる心を取り除いて、やっと明慧に投稿しました。不適切なところは、同修の慈悲の指摘をお願いします。
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