日本明慧


80歳あまりの大法弟子が真相を話す中でのいくつかの体験

 文/大陸の大法弟子

【明慧ネット2006年3月5日】私は大陸の80歳あまりの大法弟子です。師父のご加護のもと、雨風のなか今日まで歩いてくることが出来ました。

 法を得る前私は共産邪党の党文化宣伝に深く毒害されていました。50年代、私は共産主義青年団(共青団)と労働組合に参加し、頭の中は階級闘争の間違った理屈でいっぱいでした。私はなんでも悪党が言ったことを行い、これを闘い、あれを闘い、国家主席の劉少奇、林彪を批判していました。百姓たちをも批判し、是非も分からずに悪いことをたくさんしました。しかもそれは人に抜きん出るためで、名誉、利益を求める心も働いて、しまいには自分も批判される対象になりました。

 《共産党についての九つの論評》を読んだ後、私は昔のことを思い出しました。党文化の毒害のもとで道徳思想も変異し、たくさん悪いことをしてしまい、業を尽くして、ばちが当たったこともありました。退職後、さまざまな病気にかかり、三回も入院治療し、薬をたくさん飲み、注射もたくさん打ち、点滴もしました。死にたくても死ねず、生きていても苦しく、苦痛きわまりありませんでした。

 幸運にも1997年に法輪大法を得て、偉大なる師父は私を地獄から引き上げ、宇宙の法理を教えてくれました。それから、私は大法に従い、心性を上げ、思想を昇華させ、道徳を回復させ、無病状態になりました。私は受益した後、大法を広め始めました。

 「7.20」の後、江魔頭が指示した止むことのない迫害に遭いました。私は上京して法を実証しようとしましたが、まだ行かないうちに凶悪な警察に家に送り返され、5000元を請求されました。それから私の名前はブラックリストに載り、尾行され、電話も盗聴され、邪悪の使徒は私を捕まえて洗脳班にいれられ、煉功をやめる保障を書くよう強制されました。彼らがどんなに脅し、せまっても、私は彼らの言いなりにならなかったので、彼らは仕方なく私を家に帰しました。

 《共産党についての九つの論評》を読んだ後、共産悪党の狂言、悪、暴力の本質知りました。この本質を世の人々に教えなければ多くの人が救われなくなります。そこで、私は家の人とともに迅速に悪党とそれに所属する組織から抜け出したほか、「三退」をすすめることを日常の真相を話す中に取り入れました。

 私は友達に真相を話し「三退」させたほか、知らない人にもそうしました。師父がかつて、あっさりと人を救うことを放棄してはいけないとおっしゃられたのを思い出し、私もかつての同修を訪ねてみて、彼らがまだ修煉をしているかどうか尋ね、どのように修めているのかを知る必要があると悟りました。

 十月下旬、私は師父の新しい経文と大法の資料を持って二年間会っていなかった同修をたずねました。その同修は引越しして連絡が途絶えていたため、私は彼女を見つけられるように師父にお願いしました。この広い大地のどこを探せばよいというのでしょうか?私の心に突然一念が生じました。やっぱり彼女が引っ越す前に住んでいたところを訪ねてみよう。そこで私は自転車に乗って50分かけて彼女のところに着きました。するとなんとあるスーパーの前で彼女に会ったのです。さっきの一念は師父が諭してくれたのだと私は悟りました。彼女は非常にびっくりして喜んで私を彼女の家に連れて行きました。私は話題をそらさずに私の次元で真相を話し、師父の一連の経文に対する私の感想を話し、《共産党についての九つの論評》が現れたこと、そして離党の波が押し寄せていること、天が中共を滅ぼすことなどを彼女に教えました。この二年余り会っていなかった同修は私の話を聞いた後、離党、離団声明を書き上げ、私にネット上で発表するように頼みました。

 長い間出てこなかったもう一名の同修もまた、師父の新しい経文と大法の資料および《共産党についての九つの論評》を持っていなかったのですが、それを見た後すぐに一家三人の離党、団、隊の声明を書き上げました。

 11月10日になると、私に離党、団、隊の声明を出す人は50人を超えました。実は同修たちはみなよい人たちで、よくないのは自分たちがうまく行えなかったからでした。

 私は真相を話し、三退をすすめることは人を救い、済度する心にかかわっていると悟りました。私はこのように悟り、このように行動し、自分で次元が上がっていると感じ、大法の威力のおかげで、私の心の中は人を救い済度することでいっぱいになりました。自分はまだ多くの執着があることを知っています。歓喜心を起こさず、法を荒らす鬼どもが私の隙をつかないようにし、しっかり法を学び、法を実証する道でさらに精進していきたいです!

 私と連れ合いはともに修練していて、彼女は彼女の方法で真相を話していましたが、効果はいまひとつでした。私は単刀直入に彼女の不足を指摘すると、彼女は指摘を受け入れられずに、お互いに理屈を主張しあって矛盾が生じました。その後、各自内側に向かって探し、内に向かって修めると、寛容、善の心、慈悲を得ることができ、その気持ちは言葉では表しがたいものでした。 しだいに私たちの真相を話す効果は非常によくなりました。それから私たちは心を静めてしっかりと法を学べるようになり、私は一週間で《転法輪》を一回読み、新しい経文も読みました。

 明慧週刊は私たちの交流に絶好の場所でした。私は国内外の同修がたくさんの仕事をしているのを知り、彼らが書き出した文章は人を深く感動させ、私が明慧に投稿するきっかけにもなりました。夜中の静かなときに原稿を書き、自分で読んであまりよくないと思うともう一度書き、次々と明慧にたくさんの原稿を送り、多くが発表されました。

 私は最大限の努力でこのような原稿を書きました。不適なところがありましたら、慈悲でご指摘ください。

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2006/3/5/122103.html